ほとりのカフェ

藤原遊

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青森県三沢市は、どこかのどかで、どこか国際的な街だ。アメリカ空軍基地があることから、道を歩けば英語の看板や外国人の姿を見かける。けれど、それも地元の人々にとっては日常の一部に溶け込んでいる。

小川原湖のほとりに佇む「ほとりのカフェ」もまた、この街の一部だった。地元の人も、基地関係者も、誰もが肩の力を抜いて訪れるこの場所は、どんな人にも「少しだけ自分に戻れる時間」を与えてくれる不思議な場所だった。

その日の午後、カフェの扉が静かに開いた。中に入ってきたのは、三沢市で暮らすシングルマザーの高橋香織と、その小学生の息子・大輝だった。

「こんにちは。」
香織は小さな声で挨拶すると、カウンターの中にいる店主の康平が「いらっしゃい」と微笑み返した。大輝は少し緊張した様子で母親の手を握りながら、店内をきょろきょろと見回している。

「寒いですね。ホットチョコレートでもどうですか?」
康平が声をかけると、香織は少し迷った後、「お願いします。それと、大輝にジュースを。」と注文をした。

カフェの窓際に座った二人。香織は窓の外に広がる湖を眺めていた。冬の光が氷のように冷たく、それでいて透明感のある空気を漂わせている。その風景を見ながら、香織はふと、自分の生活について考えた。

シングルマザーとしての毎日は、簡単なものではなかった。大輝がまだ幼い頃に夫と別れ、それ以来、彼女は地元のスーパーで働きながら必死に子どもを育ててきた。経済的な不安は常にあったし、大輝には父親がいないことをどう説明すべきか迷うことも多かった。

「ママ、これ、甘くて美味しいよ。」
大輝がホットチョコレートを一口飲んで笑顔を見せる。その顔を見て、香織は少しだけ心が軽くなった。

その時、カフェの扉が再び開き、一人の男性が入ってきた。迷彩柄のジャケットを羽織った彼は、背が高く、金髪が陽の光にきらめいている。店に入るとすぐ、カウンターに座り、康平と何か話をしている。彼はアメリカ空軍の兵士、マイケルだった。三沢基地に駐留する彼は、休みの日にはよくこのカフェに足を運んでいた。

大輝がじっと彼を見つめていることに気づいたマイケルは、振り返ってにっこりと微笑んだ。「ハロー。」
その明るい声に、大輝は少し驚いたように目を丸くした。

「英語の先生じゃないんだね?」
大輝が小声で母親に尋ねると、香織は困ったように笑いながら、「先生じゃなくて、お仕事でこの街にいるんだと思うよ。」と答えた。

マイケルは手に持っていたカップを置くと、席を立ち、大輝のテーブルに近づいてきた。「ジュース、美味しい?」と片言の日本語で話しかける。

大輝は少し戸惑った様子で頷いたが、そのうち好奇心が勝ったのか、「あなた、ここで何してるの?」と尋ねた。

「僕は兵士だよ。でも今日は休み。君の名前は?」
そのやりとりを見ていた香織は、最初は少し警戒していたが、マイケルの誠実そうな態度に次第に安心感を覚えた。

その日から、マイケルと大輝はカフェで顔を合わせるたびに少しずつ言葉を交わすようになった。マイケルは大輝に英語の簡単なフレーズを教えたり、アメリカでの生活について話して聞かせた。大輝はその話を目を輝かせながら聞き、少しずつ英語にも興味を持ち始めた。

香織は、そんな二人のやりとりを見ながら複雑な気持ちを抱えていた。息子が誰かと楽しそうに話しているのを見るのは嬉しかったが、それが自分の手の届かない「外国人」であることに、不安も感じていたのだ。

「お母さん、大丈夫?」
ある日、マイケルが香織にそう尋ねたとき、彼女は驚いたような顔をした。

「あなたの息子、すごく頭がいい。僕は……ただ友達になりたいだけ。」
不器用な日本語で話す彼の言葉に、香織は胸がじんと熱くなった。

マイケルとの交流を通じて、大輝は少しずつ英語を学び、自信をつけていった。そして、香織自身も彼との会話を通じて、自分の中にある壁が少しずつ崩れていくのを感じた。

ある日、大輝は「湖のノート」にこう書き込んだ。

「英語はちょっと難しいけど、楽しい。」

康平がその文字を見つけ、静かに微笑む。新しい形の家族のような絆が、「ほとりのカフェ」を通じて少しずつ育まれていく。カフェはただの場所ではなく、人々を繋げる温かな場だった。
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