乙女ゲームの悪役令嬢は前世の推しであるパパを幸せにしたい

藤原遊

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再会とさらなる誤解

閑話 悪役やってたころの回想

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夜の静けさが部屋を満たしていた。月明かりが窓から差し込み、机に広げた書類の端を照らしている。次なる破滅フラグをどう回避するか、その策を練ろうとしていたアイリスの手は、いつの間にか止まっていた。

「……私、今と全然違ったわよね」

思わず独り言を漏らし、椅子に寄りかかる。ふと目を閉じると、遠い記憶が蘇る。前世の記憶が蘇る前、何も知らずに「悪役令嬢」として振る舞っていた頃のことが。

「あなたのような平民が、この場にいるなんて100年早いですわ!」

冷たい声が耳に響く。自分で放ったその言葉に、胸がちくりと痛む。相手は社交界にでたばかりの少女だった。

「そ、そんなことありません……!私も努力して、この場にふさわしい人間になりたいと思っています!」

相手は必死に反論しようとしていたが、あの頃のアイリスはそんな言葉を鼻で笑っていた。

「努力ですって?笑わせないで。あなたが何をしようと、私たち高貴な者には追いつけませんわ」

周囲にいた貴族たちは、アイリスの言葉に小さく笑いを漏らしていた。それが当時のアイリスにとって何よりの満足だった。

(これでいいのよ。私は公爵家の令嬢として、弱者に負けるわけにはいかないんだから)

だが、その日は珍しく、自分の行動が痛いところを突かれる出来事が起きた。

「アイリス、やめておけ」

冷静で低い声が背後から響いた。振り向くと、そこには王太子レオナードが立っていた。鋭い目つきでこちらを見つめている。

「それ以上言う必要はない」

「……レオナード様?」

レオナードの言葉に、アイリスは一瞬たじろいだが、すぐに顔をしかめた。王太子からのその指摘が、心に何かを突き刺した気がした。

だが、その違和感を認めたくなくて、彼女はその場を足早に去った。

「公爵令嬢が平民に譲歩する必要なんてない……」

そう呟いたその言葉に、自分で言い訳をしていた。

当時のアイリスにとって、「公爵家の名誉」は何よりも重要なものであり、それを守るのが自分の使命だと信じていたからだ。

(お父様が期待してくださる以上、私はその期待に応えなくてはならなかったのよ)

幼い頃、お父様が言っていた言葉が、彼女の心を支配していた。

「公爵家の名誉は絶対だ。それを守るのはお前の責務でもある」

冷静で厳しいエルネストの表情。その言葉に、幼いアイリスは深く頷いた。

「わかりました、お父様。私、絶対に公爵家にふさわしい令嬢になります!」

その誓いが彼女の生き方を決定づけた――と、思っていた。

だが、そんな厳格な言葉を口にしつつも、エルネストは娘を全肯定する父でもあった。些細な失敗をしてしまった日、彼は言葉を尽くしてアイリスを庇ってくれた。

「お父様、私、昨日の舞踏会で言葉を噛んでしまいました……」

「それで何か問題が?」

「そんな……だって皆に笑われました!」

涙目のアイリスに、エルネストは穏やかな笑みを浮かべながら肩に手を置いた。

「誰が笑おうと関係ない。お前がルクレール家の娘である以上、堂々としていれば良い。お前が私の誇りであることに、何も変わりはない」

「……お父様」

その言葉に、幼いアイリスは救われたのを覚えている。
その後も、どんな時でも彼はアイリスを全肯定してくれた。

「お前は美しい。そして聡明だ。ルクレール家の宝だ」

そんなお父様を、アイリスは心の底から愛していた。

(私、もっと良い令嬢にならなくちゃいけない……それが公爵家の娘としての務めなのよ)

その思いが、かつての傲慢な態度を生み出した。

「でも……今ならわかる。私、何かを守りたいあまりに間違っていたんだわ」

月明かりが彼女の頬を照らす中、アイリスは目を閉じ、静かに息を吐いた。
お父様の期待に応えたいという気持ち。それ自体は間違っていなかった。けれど、そのために誰かを傷つけるような方法を選んでいた過去の自分を、もう一度見つめ直す必要がある。

「お父様……私はもう昔の私じゃないわ」

決意の言葉が静かに部屋に響く。窓の外では、星がきらめき、夜の静けさが広がっている。

「これからも、お父様の笑顔を守るために全力を尽くす」

その言葉とともに、アイリスは新たな計画に向けてペンを取った。
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