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「……空気が、変わったな」
馬車のカーテン越しに外を見ていたアーロンが、ぽつりと漏らした。
「だろうね。ここからが辺境伯領だよ。
平野と森の境目、人と魔の世界の接点。緊張感くらいは感じてくれなきゃ困るな」
「たしかに……空の色まで違って見える」
「それは気のせい」
肩をすくめながら、私は馬車の窓を開けた。
風が強くなり、森の匂いと鉄の匂いが微かに混ざる。
遠くで、子どもたちの声が響いていた。
「見て。あれ」
視線を向けた先では、十歳前後の子どもたちが、木剣や木杖を持って遊んでいる。
遊んでいる、といっても……振りが鋭すぎる。
「あれで“遊び”なのか?」
「うん。戦いごっこ。でも、同時に訓練でもあるの。
うちの領地では、子どもたちは遊びながら戦い方を身につけていくんだ」
アーロンが黙って見つめるのを横目に、私は軽く笑った。
「王都じゃ、見ないでしょ。ああいうの。
武器屋も防具屋も、食堂と同じくらいの数あるよ。なんなら、街角に訓練場があるくらいだし」
馬車が通り過ぎるたび、通りの人々がこちらに目を向ける。
ざわつきと敬意、そして少しの畏れが混ざった視線。
「そして、あそこがギルド」
広場に面した頑丈な石造りの建物。
入口の掲示板には無数の依頼書が貼られ、剣や槍を携えた男女が出入りしていた。
「冒険者、だな。王都ではほとんど見ない」
「そりゃそう。あれは辺境の文化。
騎士団だけじゃ人手が足りない。だから民間の戦力が必要になるの」
「なるほど……そういう社会構造か」
「うちの領地では、“戦える人”はそれだけで尊敬されるの。
それはもちろん、辺境伯家も例外じゃない。……というか、うちの家系は、危機のときに本物の“力”を見せることでしか、評価されないからね」
アーロンがちらりと私を見る。
「そして、君がその“本物”の中でも、さらに“桁違い”だった」
「言うな……」
小さく呻いて、私は肩を落とした。
「目立ちたくなかったのに。
あんな光の演出とか、神威福音とか……全部、予定外だったんだから……」
アーロンは肩をすくめる。
「君が思っている以上に、君は“特別”なんだ。
それは否定しても無駄だ」
「うるさい」
ぶっきらぼうに言いながら、私は馬車の座席に深く沈み込んだ。
「……でも、まあ。ここなら大丈夫。
王都の騒ぎも、吟遊詩人の歌も届かない。私はここで、静かに暮らすんだ」
「FIREの実行だな」
「そう。FIRE第一段階──弟の育成!」
その言葉に、アーロンの視線が少しだけ緩んだ。
「……ところで、君は王都の貴族学校には通ってなかったよな?」
「うん。任意だったしね。通える状況じゃなかったの」
窓の外を見ながら、私は淡々と答えた。
「父はもう戦に出られないし、ノエルはまだ幼かった。
私がここを支えなきゃいけなかったんだよ。……まあ、代わりに鍛錬はたくさんやったけどね」
「君が通っていれば、王都でもっと早く目立ってただろうな」
「それは避けたかったから通わなかったのよ」
言いながら、私は馬車の窓の向こうを指差す。
「あれが本城。辺境伯家の本拠地。
ま、砦って呼ばれたこともあるけどね。堅牢さが売りだから」
馬車が門をくぐったその瞬間──
「お姉ちゃぁぁぁぁんっ!!」
小さな足音とともに、金色の髪をふわふわ揺らした少年が走り込んできた。
「ノエ──ぐふっ!?」
私は突撃してきた弟に胸元へ全力タックルを食らい、少しだけよろめいた。
「おかえりなさい! ずっと待ってたんだよ!
レティシア姉さまが、神様になっちゃったって聞いて心配して!」
「神にはなってないよ!? ていうか誰のせいで神扱いされてると思って──」
「姉さま……会いたかった……えへへ……」
私の服の裾をぎゅっと握りしめて、ノエルはうっとりした顔で頬ずりしてくる。
「……ふぅ」
鍛えなきゃ、と思っていた。心を鬼にするつもりだった。
──けれど。
「……可愛い……」
この一言が漏れてしまった時点で、私のFIRE計画は早くも難航していた。
馬車のカーテン越しに外を見ていたアーロンが、ぽつりと漏らした。
「だろうね。ここからが辺境伯領だよ。
平野と森の境目、人と魔の世界の接点。緊張感くらいは感じてくれなきゃ困るな」
「たしかに……空の色まで違って見える」
「それは気のせい」
肩をすくめながら、私は馬車の窓を開けた。
風が強くなり、森の匂いと鉄の匂いが微かに混ざる。
遠くで、子どもたちの声が響いていた。
「見て。あれ」
視線を向けた先では、十歳前後の子どもたちが、木剣や木杖を持って遊んでいる。
遊んでいる、といっても……振りが鋭すぎる。
「あれで“遊び”なのか?」
「うん。戦いごっこ。でも、同時に訓練でもあるの。
うちの領地では、子どもたちは遊びながら戦い方を身につけていくんだ」
アーロンが黙って見つめるのを横目に、私は軽く笑った。
「王都じゃ、見ないでしょ。ああいうの。
武器屋も防具屋も、食堂と同じくらいの数あるよ。なんなら、街角に訓練場があるくらいだし」
馬車が通り過ぎるたび、通りの人々がこちらに目を向ける。
ざわつきと敬意、そして少しの畏れが混ざった視線。
「そして、あそこがギルド」
広場に面した頑丈な石造りの建物。
入口の掲示板には無数の依頼書が貼られ、剣や槍を携えた男女が出入りしていた。
「冒険者、だな。王都ではほとんど見ない」
「そりゃそう。あれは辺境の文化。
騎士団だけじゃ人手が足りない。だから民間の戦力が必要になるの」
「なるほど……そういう社会構造か」
「うちの領地では、“戦える人”はそれだけで尊敬されるの。
それはもちろん、辺境伯家も例外じゃない。……というか、うちの家系は、危機のときに本物の“力”を見せることでしか、評価されないからね」
アーロンがちらりと私を見る。
「そして、君がその“本物”の中でも、さらに“桁違い”だった」
「言うな……」
小さく呻いて、私は肩を落とした。
「目立ちたくなかったのに。
あんな光の演出とか、神威福音とか……全部、予定外だったんだから……」
アーロンは肩をすくめる。
「君が思っている以上に、君は“特別”なんだ。
それは否定しても無駄だ」
「うるさい」
ぶっきらぼうに言いながら、私は馬車の座席に深く沈み込んだ。
「……でも、まあ。ここなら大丈夫。
王都の騒ぎも、吟遊詩人の歌も届かない。私はここで、静かに暮らすんだ」
「FIREの実行だな」
「そう。FIRE第一段階──弟の育成!」
その言葉に、アーロンの視線が少しだけ緩んだ。
「……ところで、君は王都の貴族学校には通ってなかったよな?」
「うん。任意だったしね。通える状況じゃなかったの」
窓の外を見ながら、私は淡々と答えた。
「父はもう戦に出られないし、ノエルはまだ幼かった。
私がここを支えなきゃいけなかったんだよ。……まあ、代わりに鍛錬はたくさんやったけどね」
「君が通っていれば、王都でもっと早く目立ってただろうな」
「それは避けたかったから通わなかったのよ」
言いながら、私は馬車の窓の向こうを指差す。
「あれが本城。辺境伯家の本拠地。
ま、砦って呼ばれたこともあるけどね。堅牢さが売りだから」
馬車が門をくぐったその瞬間──
「お姉ちゃぁぁぁぁんっ!!」
小さな足音とともに、金色の髪をふわふわ揺らした少年が走り込んできた。
「ノエ──ぐふっ!?」
私は突撃してきた弟に胸元へ全力タックルを食らい、少しだけよろめいた。
「おかえりなさい! ずっと待ってたんだよ!
レティシア姉さまが、神様になっちゃったって聞いて心配して!」
「神にはなってないよ!? ていうか誰のせいで神扱いされてると思って──」
「姉さま……会いたかった……えへへ……」
私の服の裾をぎゅっと握りしめて、ノエルはうっとりした顔で頬ずりしてくる。
「……ふぅ」
鍛えなきゃ、と思っていた。心を鬼にするつもりだった。
──けれど。
「……可愛い……」
この一言が漏れてしまった時点で、私のFIRE計画は早くも難航していた。
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