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夕餉まで少し時間があったので、私はアーロンを辺境伯本城――別名、砦――の中へ案内することにした。
「こっちが主廊下。非常時には壁が落ちて、完全に閉じられる仕組み」
「……鉄格子ではなく石壁ごと、か。古いが実に合理的だ」
早速、アーロンは革張りの手帳を取り出してメモを取り始める。何かと几帳面な人だ。
「見ての通り、うちは“屋敷”じゃないの。戦闘と指揮が前提の本城よ。基本的には中央棟に政務、南棟に訓練場、北棟にギルド関係、東西が宿舎と生活区域って分けてる」
「建築様式は相当古いな。魔法防壁の展開基盤も、明らかに一世代前だ」
「でも魔法使いが多いから、今でも対応できてる。術式陣を張り替えて運用してるし」
「現場適応力が高いというのは、辺境らしさか……」
「うちの家系、“与えられたものを使い倒す”のが得意なの。新しい魔道技術が王都から来るのは遅いし、自分たちでやるしかないからね」
階段を上がりながら、私は壁に掛かった地図を指し示す。
「ここが魔物の侵入を想定した退避ルート。砦から城下への抜け道。訓練用だけど、実戦でも使えるわよ」
「その“実戦”が、どの程度の頻度であるのかが怖いのだが」
「月に一度くらい、境界付近で“中規模”の魔物群が発生する。季節変動で大型が来る時は週一。年に一度、想定を超える“群れ”が流れてくるから、その時は総力戦」
「……王都が遠いのも納得だな」
私たちは見張り塔へ続く階段を抜け、屋上の展望回廊に出る。そこからは、魔物の森と人の領地の境界が、夕日に照らされて赤く光っていた。
「見える? あの濃い緑が“魔の森”。空を飛ぶ魔獣も出るから、屋根は全て傾斜強め」
「城下の家屋も全て急勾配だったな。なるほど、構造の意図が読める」
「どうしてそこまで考察入れるの……?」
私は思わず呟いてしまう。アーロンは手帳を閉じながら、少しだけ表情を緩めた。
「合理的な設計を見ると、嬉しくなる質なんだ」
「……変なところでマニア気質なんだね、あなた」
「褒め言葉として受け取っておこう」
日が落ちかけて、空が茜に染まり始める。私は砦の天辺から辺境の街を見下ろしながら、ぽつりと呟く。
「ここは、厳しい場所だよ。けど、私にとっては一番“地に足がついた場所”でもある。静かに暮らしたいと思うなら、この砦の中で自分の居場所を作らないと」
「君は戦うつもりなんだな。FIREを目指しながらも」
「戦わないと、FIREできないもの。誰も傷つかない世界になって、はじめて私は退ける。だからその日まで、頑張るよ」
アーロンは黙って頷き、手帳の最後のページを閉じた。
「……じゃあ、その日が来るまで、俺も一緒に頑張るとしよう。戦わずにFIREなんて、君が許さないだろうから」
私はちょっとだけ微笑んだ。
「うん。許さないよ」
風が吹いて、砦の鐘が夕食を告げる。訓練を終えた兵士たちの声が、城下へと流れていく。
私は心の中で静かに思う。
――さあ、明日からが本番だ。
「こっちが主廊下。非常時には壁が落ちて、完全に閉じられる仕組み」
「……鉄格子ではなく石壁ごと、か。古いが実に合理的だ」
早速、アーロンは革張りの手帳を取り出してメモを取り始める。何かと几帳面な人だ。
「見ての通り、うちは“屋敷”じゃないの。戦闘と指揮が前提の本城よ。基本的には中央棟に政務、南棟に訓練場、北棟にギルド関係、東西が宿舎と生活区域って分けてる」
「建築様式は相当古いな。魔法防壁の展開基盤も、明らかに一世代前だ」
「でも魔法使いが多いから、今でも対応できてる。術式陣を張り替えて運用してるし」
「現場適応力が高いというのは、辺境らしさか……」
「うちの家系、“与えられたものを使い倒す”のが得意なの。新しい魔道技術が王都から来るのは遅いし、自分たちでやるしかないからね」
階段を上がりながら、私は壁に掛かった地図を指し示す。
「ここが魔物の侵入を想定した退避ルート。砦から城下への抜け道。訓練用だけど、実戦でも使えるわよ」
「その“実戦”が、どの程度の頻度であるのかが怖いのだが」
「月に一度くらい、境界付近で“中規模”の魔物群が発生する。季節変動で大型が来る時は週一。年に一度、想定を超える“群れ”が流れてくるから、その時は総力戦」
「……王都が遠いのも納得だな」
私たちは見張り塔へ続く階段を抜け、屋上の展望回廊に出る。そこからは、魔物の森と人の領地の境界が、夕日に照らされて赤く光っていた。
「見える? あの濃い緑が“魔の森”。空を飛ぶ魔獣も出るから、屋根は全て傾斜強め」
「城下の家屋も全て急勾配だったな。なるほど、構造の意図が読める」
「どうしてそこまで考察入れるの……?」
私は思わず呟いてしまう。アーロンは手帳を閉じながら、少しだけ表情を緩めた。
「合理的な設計を見ると、嬉しくなる質なんだ」
「……変なところでマニア気質なんだね、あなた」
「褒め言葉として受け取っておこう」
日が落ちかけて、空が茜に染まり始める。私は砦の天辺から辺境の街を見下ろしながら、ぽつりと呟く。
「ここは、厳しい場所だよ。けど、私にとっては一番“地に足がついた場所”でもある。静かに暮らしたいと思うなら、この砦の中で自分の居場所を作らないと」
「君は戦うつもりなんだな。FIREを目指しながらも」
「戦わないと、FIREできないもの。誰も傷つかない世界になって、はじめて私は退ける。だからその日まで、頑張るよ」
アーロンは黙って頷き、手帳の最後のページを閉じた。
「……じゃあ、その日が来るまで、俺も一緒に頑張るとしよう。戦わずにFIREなんて、君が許さないだろうから」
私はちょっとだけ微笑んだ。
「うん。許さないよ」
風が吹いて、砦の鐘が夕食を告げる。訓練を終えた兵士たちの声が、城下へと流れていく。
私は心の中で静かに思う。
――さあ、明日からが本番だ。
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