7 / 11
6
しおりを挟む
夕食前、簡単な着替えを終えて廊下に出ると、どこか安心する人の気配があった。
「お嬢様」
マルグリットが穏やかな声で呼びかけてくる。
騎士としての風格を残しつつ、今は私の側仕え兼、お母さん的ポジションだ。
「父様が戻られましたよ。執務室にいらっしゃいます」
「ありがとう。じゃあ、すぐ行くわ」
隣にいたアーロンが軽く一礼する。
「彼女が……?」
「うん。紹介するわ。マルグリット・ノワール。元騎士で、今は私の護衛兼付き人。あと、たぶん、私の人生でいちばん甘やかしてくれる人」
「そんなことありませんよ」とマルグリットは笑って言ったが、否定の気配は微塵もなかった。
「なるほど。保護者枠というやつですね」
アーロンが軽く口角を上げると、マルグリットは興味深そうに彼を見た。
「アーロン様ですね。ご到着はもう少し先かと思っておりましたが……噂通り、なかなかに逞しそうなお方」
「それはどうも。……とりあえず婿候補として見守っていてください」
「ええ、じっくり見させていただきますよ。ふふ」
マルグリットが去ったあと、私はアーロンに小声で耳打ちした。
「ちょっと怖かった?」
「いや、むしろ好感が持てた。君が懐く相手には、それなりの理由があるだろうしね」
執務棟へ向かう途中、私は少しだけ気持ちを引き締める。
「父様とは……久しぶりなの。ちゃんと話せるの、洗礼式前以来かも」
「じゃあ挨拶、緊張するな」
「私よりあなたの方が緊張する立場じゃない?」
「……まあ、義父になるかもしれない相手だからね。会うのは二度目だけど」
私はそこで足を止めた。
「え? 二度目?」
「君が知らないだけ。僕がまだ十歳くらいの頃、一度王都で会っているよ。父に連れられてね。挨拶だけだったけど、印象は強かった」
「そんなことあったんだ……」
ちょっと複雑な気分。私はレティシア・アルベリーヌ。辺境伯家の長女。なのに、当主と今後の義理の息子候補の接点を知らなかったなんて。
執務室の扉をノックすると、すぐに返事があった。
「入れ」
重厚な扉を開けると、そこにいたのは風格を感じさせる男性――私の父、レオナール・アルベリーヌだ。
片腕を包帯で吊っているものの、その姿勢は矍鑠としている。老いたというより、“鋼の体を一部預けただけ”という印象のままだ。
「レティシア。戻ったか」
「ただいま戻りました、父様」
私は丁寧に礼をとった。その隣で、アーロンが一歩前へ出て膝をつく。
「アーロン・エクレール。改めて、ご挨拶させていただきます」
「……宰相の三男坊。あの時より骨が通った顔になったな」
レオナールがわずかに頷く。
「王都で会ったあのとき、目付きだけは良かった。手合い次第では跡継ぎにどうか、とも考えていたが……レティシアがここまで育つとはな」
「……恐縮です」
「だが、まだ様子見だ。ここは戦場に近い。口先だけでは生き残れんぞ」
「承知しております。ですので、こうして早めに来させていただいたのです」
「ふん。……少し話していけ。レティシア、お前も」
父の口調は厳しい。でも、それは安心の表れでもあると私は知っている。
だから私は、少しだけ頷いた。
「わかりました」
扉が閉じられた執務室の中で、辺境伯と宰相の息子が交わす言葉が、静かに、しかし確かに未来の礎になっていく――そんな予感がした。
「お嬢様」
マルグリットが穏やかな声で呼びかけてくる。
騎士としての風格を残しつつ、今は私の側仕え兼、お母さん的ポジションだ。
「父様が戻られましたよ。執務室にいらっしゃいます」
「ありがとう。じゃあ、すぐ行くわ」
隣にいたアーロンが軽く一礼する。
「彼女が……?」
「うん。紹介するわ。マルグリット・ノワール。元騎士で、今は私の護衛兼付き人。あと、たぶん、私の人生でいちばん甘やかしてくれる人」
「そんなことありませんよ」とマルグリットは笑って言ったが、否定の気配は微塵もなかった。
「なるほど。保護者枠というやつですね」
アーロンが軽く口角を上げると、マルグリットは興味深そうに彼を見た。
「アーロン様ですね。ご到着はもう少し先かと思っておりましたが……噂通り、なかなかに逞しそうなお方」
「それはどうも。……とりあえず婿候補として見守っていてください」
「ええ、じっくり見させていただきますよ。ふふ」
マルグリットが去ったあと、私はアーロンに小声で耳打ちした。
「ちょっと怖かった?」
「いや、むしろ好感が持てた。君が懐く相手には、それなりの理由があるだろうしね」
執務棟へ向かう途中、私は少しだけ気持ちを引き締める。
「父様とは……久しぶりなの。ちゃんと話せるの、洗礼式前以来かも」
「じゃあ挨拶、緊張するな」
「私よりあなたの方が緊張する立場じゃない?」
「……まあ、義父になるかもしれない相手だからね。会うのは二度目だけど」
私はそこで足を止めた。
「え? 二度目?」
「君が知らないだけ。僕がまだ十歳くらいの頃、一度王都で会っているよ。父に連れられてね。挨拶だけだったけど、印象は強かった」
「そんなことあったんだ……」
ちょっと複雑な気分。私はレティシア・アルベリーヌ。辺境伯家の長女。なのに、当主と今後の義理の息子候補の接点を知らなかったなんて。
執務室の扉をノックすると、すぐに返事があった。
「入れ」
重厚な扉を開けると、そこにいたのは風格を感じさせる男性――私の父、レオナール・アルベリーヌだ。
片腕を包帯で吊っているものの、その姿勢は矍鑠としている。老いたというより、“鋼の体を一部預けただけ”という印象のままだ。
「レティシア。戻ったか」
「ただいま戻りました、父様」
私は丁寧に礼をとった。その隣で、アーロンが一歩前へ出て膝をつく。
「アーロン・エクレール。改めて、ご挨拶させていただきます」
「……宰相の三男坊。あの時より骨が通った顔になったな」
レオナールがわずかに頷く。
「王都で会ったあのとき、目付きだけは良かった。手合い次第では跡継ぎにどうか、とも考えていたが……レティシアがここまで育つとはな」
「……恐縮です」
「だが、まだ様子見だ。ここは戦場に近い。口先だけでは生き残れんぞ」
「承知しております。ですので、こうして早めに来させていただいたのです」
「ふん。……少し話していけ。レティシア、お前も」
父の口調は厳しい。でも、それは安心の表れでもあると私は知っている。
だから私は、少しだけ頷いた。
「わかりました」
扉が閉じられた執務室の中で、辺境伯と宰相の息子が交わす言葉が、静かに、しかし確かに未来の礎になっていく――そんな予感がした。
1
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた
いに。
恋愛
"佐久良 麗"
これが私の名前。
名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。
両親は他界
好きなものも特にない
将来の夢なんてない
好きな人なんてもっといない
本当になにも持っていない。
0(れい)な人間。
これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。
そんな人生だったはずだ。
「ここ、、どこ?」
瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。
_______________....
「レイ、何をしている早くいくぞ」
「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」
「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」
「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」
えっと……?
なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう?
※ただ主人公が愛でられる物語です
※シリアスたまにあり
※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です
※ど素人作品です、温かい目で見てください
どうぞよろしくお願いします。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さくら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる