神が授けたチートは確かに強いが、使うたびに黒歴史が更新されていく件

藤原遊

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夕餉の鐘が鳴る頃、私は食堂の準備を見に行こうと廊下を歩いていた。

そのとき、使用人の一人が足早に私のもとへやってきた。

「お嬢様、奥様が街の教会よりお戻りです。まもなくこちらにお越しになります」

「母様が? じゃあ、ちゃんと出迎えなきゃね」

私は踵を返し、玄関ホールへと向かった。

***

母――クラリス・アルベリーヌは、変わらぬ優しい笑顔で門をくぐった。
聖職者の装束の上に外套を羽織り、手には小さな木箱。街の教会での奉仕活動の帰りだった。

「ただいま、レティシア。あなたが戻ったと聞いて、急いで帰ってきたのよ」

「おかえりなさい、母様」

「少し痩せたかしら? あなた、働きすぎじゃない?」

「そ、それは……」

そこへアーロンが姿を現した。

「奥様。アーロン・エクレールです。以前は遠目からの挨拶ばかりでしたが、改めて、よろしくお願いいたします」

クラリスはやさしく微笑んで、彼の手を取った。

「ようこそいらっしゃいました、アーロンさん。……ご両親から時折お手紙いただいておりましたよ。まあ、こんなに立派になって」

「恐れ入ります」

「でもね、レティシアを泣かせたら、私が一番に怒りますからね?」

「あ、あの……」

「母様……!」

クラリスはおかしそうに笑って、アーロンをひとしきり和ませたあと、家族揃って食堂へ向かった。

***

「父様、母様とちゃんと話した?」

「おう。……ずっと街の教会で無茶してたからな。もう少し本城にいてくれるよう頼んだ」

レオナールが大ぶりの肉をナイフで切り分けながら、わずかに口元をほころばせた。

「そうしたら、私を砦に縛り付けたいなら、もっと甘い言葉が要るって返されたわ」

クラリスが頬を染めて言うと、ノエルが「父様、がんばれ……!」と謎の声援を送っていた。

アーロンは、家族の会話に時折うなずきながら、食器を丁寧に扱い、話題の波に自然に溶け込んでいた。

「アーロンさんは、王都での学校生活、どうでしたか?」

クラリスの問いに、アーロンは少し目を細めた。

「……騒がしく、刺激に満ちた日々でした。ただ、今こうして皆さんと囲む食卓のほうが、ずっと心が落ち着きます」

「まあ……そんな風に言ってもらえるなんて。やっぱり、良い方なのね」

母が私の方をちらりと見る。

「……何か企んでません?」

「さあ、どうかしら」

ノエルが口にパンを放り込みながら、にやにやとこちらを見てくる。

「お姉ちゃんなら大丈夫だと思うけど、アーロン兄さんがいきなり家庭に入ってびっくりしないか心配だったんだ。──うち、けっこう特殊だから」

「ノエルくんの懸念はもっともだが、今のところ大丈夫そうだよ」

アーロンが優しく返すと、ノエルは「ふーん……じゃあ、もう少し様子見」と妙に大人びた口調で結んだ。

「……あの子、実は私より腹黒いのでは?」

「それは……姉様にしか見せない一面があるんでしょうね」

マルグリットがぽつりと呟いて、場が一層和やかになった。

騎士たちの夕餉とは違う、家族としての時間。
けれどその会話の端々には、どこか“この地を守る者たち”としての気概が感じられる。

──この家が好きだ、と思った。

FIREを目指す理由は変わらない。
けれど、守りたい場所がここにあるのも、また事実。

その夜、私は久々にぐっすりと眠れた。
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