神が授けたチートは確かに強いが、使うたびに黒歴史が更新されていく件

藤原遊

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朝の訓練場には、汗と熱気と気迫が満ちていた。

「はっ──!」

木槍を手にしたレティシアが、標的の藁人形を貫く。
その動きは一分の隙もなく、まるで鍛え抜かれた戦士そのものだ。

跳躍、回転、魔力の制御――そして最小動作で最大威力を引き出す突き。

「……これでFIREを目指してるって言うんだから、まったく説得力がないよな」

アーロンがぽつりと呟いた。

訓練場の一角、日除けの影からその様子を見守りながら、彼は《測定》の石板に軽く視線を走らせる。

表示される数値はすべて“規格外”だった。
筋力、敏捷、魔力操作精度、耐久性、判断速度。どれも兵士の平均をはるかに超えている。

そしてそのすべてが、自然に見えるよう調整されていた。

「姉さま、強いでしょ?」

声の主は、訓練場の隅で素振りを続けていたノエルだった。
小さな手に木剣を握り、額にはうっすらと汗。

「ねえ、アーロン兄さん。“FIRE”って、なんのこと?」

ノエルが小首を傾げて問いかける。

アーロンは少し笑って、答えた。

「うん、ちょっと変わった言葉だけど……“FIRE”っていうのはね、『もう働かなくても生きていける状態』って意味なんだ。戦わなくてよくなって、安心して暮らすってこと」

「……姉さまが、それを?」

「そう。君のお姉さんは、あれだけ強いのに“必要とされない世界”を目指してる。……本当に、すごい人だよ」

ノエルは少し黙り込んで、それから小さく笑った。

「姉さま、昔からずっと訓練してたもん。僕が眠ってる間も、夜明け前も。何回もこっそり見たよ」

「……積み重ねだな」

「でもね……その分だけ、姉さまは疲れてる時もある。無理してるの、気づかれないようにしてるけど、僕はわかるんだ」

アーロンは訓練場の中央で次の槍の構えに入るレティシアを見つめた。

剣から槍へ、そして魔法へ。
すべての動きが、磨き上げられた流れの中にある。

「本当は、少し休ませてあげたいんだけどな。……姉さま、止まらないんだよ」

「じゃあ……僕が、止まれるようにしてあげる」

ノエルはもう一度木剣を構え、今度は力強く振り下ろした。

「僕が姉さまの代わりになれるように、強くなる。姉さまのFIREのために、頑張るよ」

アーロンはその言葉に、静かに頷いた。

(……本当に、強い家族だ)

レティシアが作ろうとしている「安心して引ける世界」。
それを支えるために、この家族の一人ひとりが今日も鍛えている。

そのことに、アーロンは静かに胸を打たれていた。
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