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夏の日差しが濃くなる頃。
城内には、不穏な気配が静かに満ちていた。
毒事件から数か月。
王族の身辺はかつてないほど厳重に守られていた。
特にリリーナの部屋の周囲には、監視役と治癒師、交代制の侍女が配置され、万が一の再発に備えている。
彼女自身の外出も制限され、食事は全て別調理。水も護衛が検品するほどだ。
◆ ◆ ◆
「……君の部屋は、まるで要塞だな」
そう呟いて入ってきたのは、第一王子――ヴァルセリオス。
背が高く、整った顔立ちに上品な金の髪。
朗らかで騎士のような振る舞いを好む彼は、リリーナを見下ろしながら、柔らかく微笑んだ。
「体調はどうだ? 本当によくなったのか」
「ご心配ありがとう、兄上。おかげさまで、こうしてお茶もいただけるようになりました」
カップを手に取って見せると、彼は少し安堵したように息を吐いた。
「君が倒れたとき、ユリアンが泣いていてな。……私も驚いたよ。
あの子が、あんなにも君を大切に思っていたとは」
リリーナは目を伏せ、微笑んだ。
「私も……驚きました。あんなに大きな声で泣いたの、あの子が初めてだったかもしれません」
「私も君が死ぬとは思っていなかったが、あの場では本当に……」
ふと、彼の瞳が曇る。
そして言葉を切って、少しだけ遠くを見るように言った。
「……心配なんだ、リリーナ。君は優しすぎる。だから、敵も多くなる」
リリーナはその言葉に、ほんの少し心を揺らされた。
(この人も、私を案じてくれる。それは本当のこと)
ヴァルセリオスは、リリーナに対して常に“兄”だった。
姉妹のように扱い、レディとして敬い、倒れたあの夜も駆けつけて手を握ってくれた。
──けれど。
(私が毒に倒れたその晩、最も焦ったのは……あなたを王にしたい貴族たちだった)
◆ ◆ ◆
「兄上は、私にとても優しくしてくださいますね」
「当たり前だ。君は私の妹だよ」
「……本当に、優しい。兄上のこと、私は嫌いにはなれません」
一瞬、ヴァルセリオスの目がわずかに見開かれた。
「……それは、何かを遠ざけるような言い方だな」
「いいえ。そうではなくて、確認しただけです。
兄上が“私の敵”ではないことを、信じていたいだけ」
「私は君を疑ったことはないよ」
「それは、ありがとうございます」
だがそれは、“あなた自身”がそうであっても――という言葉を飲み込む。
◆ ◆ ◆
リリーナが茶器を片付けている間、ヴァルセリオスは窓辺に立ち、外を眺めていた。
「……私はまだ、即位について何も考えていない。
誰が王になっても、この国が良くなるのなら、それが一番だと思っている」
「そうですね。私も、同じ意見です」
だが王位というものは、望まずとも“担がれる”ものだ。
リリーナはそのことを、誰よりも知っていた。
◆ ◆ ◆
ヴァルセリオスが去った後、エドガーが部屋の隅から姿を現した。
「姫様、あの方は“敵”ではない。ですが“味方”でもない」
「ええ……でも、たぶん本人はまだ気づいていないわ。
自分が、王にされようとしていることに」
「それが一番厄介ですね」
リリーナは静かに椅子に座り、机の上の“王家の血脈表”を見つめた。
(私たち兄妹は、たまたま王に生まれただけ。けれど、王にされる瞬間に──人は変わってしまう)
だからこそ、今はまだ。
この“兄”との時間を、大切にしたいと思った。
夏の風がカーテンを揺らし、陽光の中に淡い影を落としていた。
城内には、不穏な気配が静かに満ちていた。
毒事件から数か月。
王族の身辺はかつてないほど厳重に守られていた。
特にリリーナの部屋の周囲には、監視役と治癒師、交代制の侍女が配置され、万が一の再発に備えている。
彼女自身の外出も制限され、食事は全て別調理。水も護衛が検品するほどだ。
◆ ◆ ◆
「……君の部屋は、まるで要塞だな」
そう呟いて入ってきたのは、第一王子――ヴァルセリオス。
背が高く、整った顔立ちに上品な金の髪。
朗らかで騎士のような振る舞いを好む彼は、リリーナを見下ろしながら、柔らかく微笑んだ。
「体調はどうだ? 本当によくなったのか」
「ご心配ありがとう、兄上。おかげさまで、こうしてお茶もいただけるようになりました」
カップを手に取って見せると、彼は少し安堵したように息を吐いた。
「君が倒れたとき、ユリアンが泣いていてな。……私も驚いたよ。
あの子が、あんなにも君を大切に思っていたとは」
リリーナは目を伏せ、微笑んだ。
「私も……驚きました。あんなに大きな声で泣いたの、あの子が初めてだったかもしれません」
「私も君が死ぬとは思っていなかったが、あの場では本当に……」
ふと、彼の瞳が曇る。
そして言葉を切って、少しだけ遠くを見るように言った。
「……心配なんだ、リリーナ。君は優しすぎる。だから、敵も多くなる」
リリーナはその言葉に、ほんの少し心を揺らされた。
(この人も、私を案じてくれる。それは本当のこと)
ヴァルセリオスは、リリーナに対して常に“兄”だった。
姉妹のように扱い、レディとして敬い、倒れたあの夜も駆けつけて手を握ってくれた。
──けれど。
(私が毒に倒れたその晩、最も焦ったのは……あなたを王にしたい貴族たちだった)
◆ ◆ ◆
「兄上は、私にとても優しくしてくださいますね」
「当たり前だ。君は私の妹だよ」
「……本当に、優しい。兄上のこと、私は嫌いにはなれません」
一瞬、ヴァルセリオスの目がわずかに見開かれた。
「……それは、何かを遠ざけるような言い方だな」
「いいえ。そうではなくて、確認しただけです。
兄上が“私の敵”ではないことを、信じていたいだけ」
「私は君を疑ったことはないよ」
「それは、ありがとうございます」
だがそれは、“あなた自身”がそうであっても――という言葉を飲み込む。
◆ ◆ ◆
リリーナが茶器を片付けている間、ヴァルセリオスは窓辺に立ち、外を眺めていた。
「……私はまだ、即位について何も考えていない。
誰が王になっても、この国が良くなるのなら、それが一番だと思っている」
「そうですね。私も、同じ意見です」
だが王位というものは、望まずとも“担がれる”ものだ。
リリーナはそのことを、誰よりも知っていた。
◆ ◆ ◆
ヴァルセリオスが去った後、エドガーが部屋の隅から姿を現した。
「姫様、あの方は“敵”ではない。ですが“味方”でもない」
「ええ……でも、たぶん本人はまだ気づいていないわ。
自分が、王にされようとしていることに」
「それが一番厄介ですね」
リリーナは静かに椅子に座り、机の上の“王家の血脈表”を見つめた。
(私たち兄妹は、たまたま王に生まれただけ。けれど、王にされる瞬間に──人は変わってしまう)
だからこそ、今はまだ。
この“兄”との時間を、大切にしたいと思った。
夏の風がカーテンを揺らし、陽光の中に淡い影を落としていた。
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