病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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夏の陽は高く、空はどこまでも青かった。
だが、その光に照らされた王都は、いつもの季節と違う静けさに包まれていた。

市場には活気がある。兵食や保存食がよく売れ、商人たちはせっせと荷を運び、金が動いていた。
だがその裏側で、宮廷の空気は一段と張り詰めている。

「どうやら、本格的に“動き”が出てきたようね」

カミラがそう言って、リリーナの執務室に書簡を差し出す。
いつもは簡潔な文面を好む彼女が、今日ばかりは句読点まで怒気を孕んでいるようだった。

「第一王子派の貴族たちが、“現王の老い”と“第二王子の幼さ”を盾に、政権の暫定委任を主張し始めてる」

「……宰相ではなく、王族の誰かに?」

「ええ。もちろん、その“誰か”とは、ヴァルセリオス殿下のことよ」

リリーナは静かに目を伏せた。
春に戦が起きて以来、貴族たちは表向きは沈黙を保っていたが、夏に入り、国境への警備費用や兵糧の配分を巡って、政治の舞台が急にざわつき始めていた。

「直接王に訴える者まで出てきたわ。さすがに処罰されたけれど……」

「……処罰されたこと自体が“強引な弾圧”として囁かれてる。民心の分裂を招くには、十分ね」

窓の外では、夏の蝉がけたたましく鳴いていた。
熱に浮かされたような空気は、まるで国全体の動揺を映しているかのようだった。

「第一王子ご自身は?」
「表向きは沈黙。けれど、最近では公務の席で発言も増えているし、王への進言も多くなってると聞いたわ」

リリーナは考える。
兄ヴァルセリオスは、妹である彼女には常に優しかった。
けれど、政において“王”という駒が不安定になると見た時、彼の周囲が彼自身を動かすだろうことは、分かっていた。

「……少し、動きましょうか」

その言葉に、カミラが眉を上げた。

「何を?」

「奨学生の中で、地方勤務についている子たち。彼らに“王都への報告と応援”という名目で、情報網を強化してもらうわ。混乱時には中央への信頼が大切になる。彼らの言葉で、“信じてよいもの”を根付かせるの」

「なるほど……顔の見える庶民上がりの文官たちなら、民の反発も抑えやすい」

「それと、商人たちには“この騒動で得をする者”が誰なのか、少しずつ囁いてもらいましょう。情報の出所は曖昧にね。混乱を招くものは、まず疑われるべきだと」

「……相変わらず容赦ないわね、あなた」

「今は、優しさを振り回している場合じゃないの」

それでも、リリーナはふっと目を細めて笑った。
その微笑には、誰よりも冷たく、そして誰よりも優しい“姉”の矜持が宿っていた。

アクアマリンが、胸元で小さく揺れた。
ユリアンはまだ何も知らない。
けれど、嵐は確実に近づいている。
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