病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

文字の大きさ
31 / 69

30

しおりを挟む
秋――それは本来、すべてが満ちる季節であるはずだった。

けれど、今年の王都は沈黙していた。
風に揺れる穂は、まばらで痩せている。農村から届く荷馬車の数は例年の半分、積まれた麻袋は驚くほど軽かった。

「……これが、今年の集荷量の最終報告です」

エドガーが差し出した文書を、リリーナは黙って受け取った。
その数字は、目を疑いたくなるほどに少ない。平年比、およそ六割。
それも、乾燥や病害によるものではなかった。

「徴兵による人手不足……ですか」

「はい。若手の農民や作業者の多くが戦地か、徴用隊に組み込まれています。加えて、戦乱の噂が広まり、近隣村からの商人も王都入りを敬遠し始めています」

「……都市部の価格高騰が起きるわね。すでに小麦と根菜の値は二割以上上昇していると聞いています」

「下層の者たちは、今年の冬を越せないかもしれません」

書簡を手にしたまま、リリーナは目を伏せた。
胸元では、ユリアンから贈られたアクアマリンが、淡く冷たい光を灯している。

「戦に民を取られ、農を、街を、日々の営みを守る者すら奪われていく。……それで、何を守ると言うの?」

自問のような呟きだった。けれど、傍らにいたエドガーは、その言葉に鋭く視線を向けた。

「殿下」

「……奨学基金の一部を、救済食糧の購入に回しましょう。冬が来る前に、主要都市の配給網を整備する。それと……」

リリーナは振り返り、机の上にあったもう一枚の書簡――庶民からの寄付申し出書を手に取った。

「“民が民を救う”という形も必要だわ。教会と連携し、奉仕による報酬制度を設けましょう。自らの手で街を守ることは、彼らの尊厳にもなるはず」

エドガーはその提案に即座に頷いた。

「リリーナ様、第一王子殿下の陣からも、被害報告が増えてきています。今後はさらに厳しい冬になるかと……」

「だからこそ――支えるわ」

リリーナは静かに微笑んだ。
誰の目にも、それは聖女の微笑だった。
けれど、誰よりも早く“戦火の裏で崩れる国家”を見ていたのは、他でもない彼女だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

喚ばれてないのに異世界召喚されました~不器用な魔王と身代わり少女~

浅海 景
恋愛
一冊の本をきっかけに異世界へと転移してしまった佑那。本来召喚されて現れるはずの救世主だが、誰からも喚ばれていない佑那は賓客として王宮に留まることになった。異世界に慣れてきたある日、魔王が現れ佑那は攫われてしまう。王女の代わりに攫われたと思い込んだ佑那は恩を返すため、身代わりとして振舞おうとする。不器用な魔王と臆病な少女がすれ違いながらも心を通わせていく物語。

呪われ公爵様は偏執的に花嫁を溺愛する

香月文香
恋愛
月の明るすぎる夜、公爵令嬢のイリーシャは、双子の弟が殺される場面に遭遇する。弟を殺めたのは、義理の兄である「呪われた子」のユージンだった。恐怖に震えながら理由を問うイリーシャに、彼は甘く笑いながら告げる。 「きみを愛しているからだよ」 イリーシャは弟の地位を奪い公爵家当主となったユージンと結婚することに。 ユージンは重すぎる愛でもってイリーシャを溺愛するが、彼女は彼を許せなくて——。 ヤンデレに執着された発狂寸前ヒロインによる愛と憎悪の反復横跳び。 ※他サイト(小説家になろう・魔法のiらんど)にも掲載しています

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。 御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。 「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」 自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。

【完結】これはきっと運命の赤い糸

夏目若葉
恋愛
大手商社㈱オッティモで受付の仕事をしている浅木美桜(あさぎ みお)。 医師の三雲や、経産省のエリート官僚である仁科から付き合ってもいないのに何故かプロポーズを受け、引いてしまう。 自社の創立30周年記念パーティーで、同じビルの大企業・㈱志田ケミカルプロダクツの青砥桔平(あおと きっぺい)と出会う。 一目惚れに近い形で、自然と互いに惹かれ合うふたりだったが、川井という探偵から「あの男は辞めておけ」と忠告が入る。 桔平は志田ケミカルの会長の孫で、御曹司だった。 志田ケミカルの会社の内情を調べていた川井から、青砥家のお家事情を聞いてしまう。 会長の娘婿である桔平の父・一馬は、地盤固めのために銀行頭取の娘との見合い話を桔平に勧めているらしいと聞いて、美桜はショックを受ける。 その上、自分の母が青砥家と因縁があると知り…… ━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ 大手商社・㈱オッティモの受付で働く 浅木 美桜(あさぎ みお) 24歳    × 大手化粧品メーカー・㈱志田ケミカルプロダクツの若き常務 青砥 桔平(あおと きっぺい) 30歳    × オフィスビル内を探っている探偵 川井 智親(かわい ともちか) 32歳

男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

百門一新
恋愛
男装の獣師ラビィは『黒大狼のノエル』と暮らしている。彼は、普通の人間には見えない『妖獣』というモノだった。動物と話せる能力を持っている彼女は、幼馴染で副隊長セドリックの兄、総隊長のせいで第三騎士団の専属獣師になることに…!? 「ノエルが他の人にも見えるようになる……?」 総隊長の話を聞いて行動を開始したところ、新たな妖獣との出会いも! そろそろ我慢もぷっつんしそうな幼馴染の副隊長と、じゃじゃ馬でやんちゃすぎるチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...