病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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離宮の高窓に夜のしじまが広がっていた。
月は翳り、星々さえ沈黙するこの場所だけが、世界から切り離されている。
静けさが雪のように積もり、時間は凍りついたように動かない。
白いシーツの上、呼吸の音だけが密やかに重なる。

ユリアンは、姉の傍らで外套を解く。
王太子となったその姿には、もはやかつてのあどけなさはない。
だがその目だけは——深く、熱く、姉という存在に取り憑かれたまま、何一つ変わらず燃えていた。

「……もう誰にも、姉上に手出しはさせない」
囁きながら、彼は姉の枕元に膝をつく。
リリーナはかすかに眉を動かす。
まだ完全には癒えぬ身体。ふと肩を震わせると、ユリアンの手がすぐにその背を撫でた。

「白いドレスが……血で染まるのを見たとき」
その声は震えながらも低く、感情を押し殺すようだった。
「……僕はこの世界が、姉上を壊すのなら、焼き尽くしてやると誓った」
「ユリアン……」
「言い訳なんて、もうしない。姉上は僕の光だ。
 僕の心臓で、祈りで、——命そのものだ」

言葉の一つひとつが熱を帯び、リリーナの胸の奥へ滴るように沈む。
その指先が、彼女の喉元のリボンに触れたとき、拒む言葉はもう出なかった。

ユリアンの指が震えながら結び目をほどく。
薄い絹が肌から落ち、彼の目がその痩せた肩へ注がれる。
「こんなにも細くて……まだ熱があるのに、僕を庇った……」
「私は、姉だから」
「違う。——違うよ、リリーナ」

初めて名前で呼ばれた。
それはまるで、姉弟という血の鎖を断ち切る一太刀のようだった。
彼は顔を寄せ、まるで聖遺物に触れるように頬をすり寄せた。

「姉弟だから庇ったんじゃない。
 君は、僕を愛していたからだ。
 僕も……そうだった。ずっと」

淡い吐息が首筋に触れ、ぞくりと肌が粟立つ。
リリーナは彼の髪を掬い、手の中で震えるそのぬくもりに、昔日の弟の面影を探す。
だがもう、そこには「幼い日」はなかった。

彼は王冠の重みと引き換えに、理性を捨てていた。
冷たい離宮の部屋で、彼女の熱だけが彼の灯だった。

ユリアンは、そっと胸元のアクアマリンに手を添える。
それは彼がまだ幼く、はじめて作ったお守り。
砕け散ったそれの欠片を、リリーナが大切だと言ったそれを新しいものにも小さな飾りとして付け、リリーナは今も胸に提げていた。

「……今日、姉上に渡すはずだった新しいお守りは、
 もういらないかもしれない。
 だって、君を守れるのは、魔石じゃない。——僕だから」

リリーナは、その青い煌めきを見つめた。
微かに、砕けた過去がそこに透けていた。

——砕けたのは庇護。
砕けたのは弟の仮面。
今、目の前にいるのは、ただひとりの“男”だった。

「……どこにも、行かせないよ」
「……いいの。私も、もう逃げない」

まつげの影に濡れた光を宿しながら、リリーナは微笑んだ。
その唇をユリアンが塞ぎ、夜が深く落ちていく。

——誰にも触れられない。
これは王の誓いであり、
世界にとっての禁忌であり、
ただ一人の姉への、果てなき執着だった。

やがて、風が窓を叩く。
けれど離宮の中、寄り添う二人の影は微動だにせず、
ただ静かに、濃く、濃く、重なっていた。
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