妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊

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第3章 護衛席の距離

3-2

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視察は順調に進んでいた。
村の子どもたちは笑顔で駆け寄り、農夫たちは殿下に深々と頭を下げる。
俺はそれを横で見ながら、妙な胸の熱を覚えていた。

(ゲームじゃこんなリアルなイベントなかったよな……)

泥にまみれた手、素朴な笑顔。
現実の王国って、こんなにも人の息遣いがあるんだ。

そんな中、殿下がふとこちらを振り向いた。
「……リステア。君は人々と打ち解けるのが早いな。」

「そ、そうですか? ただ話しかけただけですよ?」

「“ただ”できる人は少ない。」

(ちょっと待って、褒められてる? この人に?)

どこか気恥ずかしくて、つい話題を逸らす。
「いえ、殿下こそ……リリィのほうが社交はずっと上手いですよ!」

「……リリィ嬢が?」

「はい! リリィは努力家なんです!」

気づけば、スイッチが入っていた。

「まず、紅茶の淹れ方が完璧で! 角砂糖の数で相手の好みを見抜くんです!」
「それから裁縫も上手で、孤児院に寄付するドレスを毎月――」
「あと、花の名前全部言えます! 植物図鑑三冊暗記してます! すごくないですか!?」

「……。」

「それに、朝はいつも早起きで! 俺が寝坊すると起こしに来て――」

(あ、やばい、俺、ただの親バカ兄貴みたいになってる。)

止まらない。もうブレーキが効かない。
「でもリリィって控えめで、誤解されやすいんです。
 あいつ、人を想うほど不器用で……それが、俺にはちょっと似てるのかもしれません。」

「……似ている、か。」

殿下がぽつりと呟いた。
金の瞳が、俺ではなく、俺の口元を見ている。

(え? なんで今、口……? 紅茶ついてる?)

慌てて指で口をぬぐう。
殿下は微動だにしない。
その穏やかな視線に、なぜか心臓が落ち着かない。

「リステア。」

「は、はいっ!」

「君が話すと、聞き入ってしまう。」

「……え?」

「リリィ嬢の話をしているのに、不思議と、君自身のことを聞いているように思える。」

(なにそれ意味深っ!?)

「い、いやいやいや! 俺はただ妹の紹介をですね! 妹推しなんです!!」

「わかっている。だが――」

殿下は少しだけ目を細めた。
「その“誰かを信じて語る声”は、簡単に真似できるものではない。」

静かに吹き抜ける風。
木陰の光が彼の金の瞳を照らし、まるで溶けた琥珀のようだった。

(やばい。なんか今、空気が……変だ。)

どくん、と鼓動が跳ねた瞬間、
近衛が「殿下、そろそろお時間です」と声をかけた。

救われた気分だった。

「そ、そうですね! はい! えっと……妹の話はまた今度!」

「……楽しみにしている。」

(ちょっと待って今“楽しみにしている”って言った!?)

その日、俺は一日中考えていた。
――妹プレゼンのはずが、なぜか王太子の目が柔らかくなっていた気がする。

いや、気のせいだ。たぶん。
……たぶん。
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