【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~

ねるねわかば

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ギルベルト1

6,気にかける

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 ルースライン領での別れの朝。

 きっと大きな不安を感じているだろうというギルベルトの予想に反し、リゼはにこやかに家族と挨拶を交わしている。むしろ見送るアルフレートたちの方が辛そうだった。

 やがて馬車が出発し、騎乗したギルベルトも後に続く。
 馬車の窓から顔を出し、遠ざかる家族に笑顔で手を振るリゼの頬には涙が見えた。家族に心配をかけまいとずっと堪えていたのだろう。
 こぼれ続ける涙を見ても、ハンカチを差し出すことすらできない馬上の身がもどかしかった。


 何度か休憩を取りながら王都を目指す。
 食事をしながらリゼに訊ねた。

「失礼ながらリゼ嬢は書類の書き方をどちらで学んだのでしょうか。女学校ではそのようなことは教わらないかと思うのですが」

「読み書きは領の子供たちが行く学校で学びました。それ以降は学校には行っておらず、兄たちに教わったり、あとは見よう見まねです。報告書は不備がないように兄に確認をしてもらいました」

 驚いたことに、あの報告書はリゼの創意工夫の賜物だったらしい。
 確かに高等学校で学ぶものとは良くも悪くも違う。読みやすくはあるが、世間一般の公的書類と比較して恣意的と言える部分もあった。しかしおそらくアルフレートに指摘されたのか、そのような点はすぐに改善されていた。

「あれほど読み手のことを考えた書類は見たことがないと室長が言っていました。様式や前例に倣わないからこその発想だったのですね」

「素人の思いつきで始めたことですが、兄の役に立てていたのなら良かったです」

 リゼがそう言ってはにかんで笑う。
 褒められたことよりもアルフレートの役に立てたと喜ぶリゼは、彼女自身の能力の高さを自覚していないようだ。
 そんなリゼをギルベルトは謙虚で好ましく思うと同時に、自身の価値をもっと知るべきだともどかしさを募らせた。



 リゼが王都に来てからというもの、ロランツの機嫌がすこぶる良い。リゼの様子や予定などをこちらが聞かずとも細かく教えてくれる。
 ある時、ロランツがギルベルトに訊ねた。

「リゼは明日は王都散策に行くんだけど、どこかお薦めしたい店などはあるかい?」

「女性が好む場所についてはわかりかねます。ですが明日は査察の準備で休暇を取っていますので、散策に同行してもよいでしょうか?」

「ええっ、ギルベルトがかい? まあリゼも知り合いに会えて喜ぶかも知れないな。では使用人にそのように伝えておくよ」


 実のところロランツからリゼの話を聞くたびに、ギルベルトは彼女が無理をしていないかと気になっていた。

 ルースラインを発った日、リゼが家族には見せまいと堪えた涙をギルベルトは知っている。その後彼女が寂しい思いをしていないか、それを隠してまた一人で泣いていないかと、そればかりが気がかりだった。

 ロランツから王都散策の話をされたのはちょうどそんな折で、良い機会だとギルベルトは同行を申し出たのだった。


 およそ一月ぶりに会ったリゼは、以前と変わらない快活な笑顔を見せてくれた。
 よくよく考えると、ギルベルトが心配するようなことをあのロランツ夫妻が気にかけないわけがない。自分の迂闊さに呆れつつも、リゼの元気な顔が見られて胸を撫で下ろした。

 リゼと共に王都を歩く。
 リゼは見るもの全てに好奇心に満ちた眼差しを向けている。ギルベルトにとっては慣れ親しんだ街並みだが、今日はやけに新鮮に映るから不思議だ。リゼが王都の街に関心を寄せる様子が、初々しく微笑ましいせいだろうか。

 リゼが案内人の話に耳を傾けている間、ギルベルトが何気なくあたりを見回していると、近くの雑貨店に飾られたリボンが目に入った。
 白地に繊細な光沢が織り込まれたリボンは、彼女の髪にきっとよく映える。ギルベルトはリゼを貸し馬屋に案内したあと雑貨店に戻り、そのリボンを購入した。
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