突然の花嫁宣告を受け溺愛されました

やらぎはら響

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「え?」

 暁尚里は自分でも呆れるようなまぬけな声を喉から出した。

「今言ったとおり、店を閉めることにしたんだ」

 白髪まじりの黒髪を撫でつけている気のいいおじさんという風体の黒崎が、すまなさそうに眉を下げている。
それを尚里は呆然と見やり、何とか動揺を抑えて言葉を発した。

「えっと……体でも悪くしたんですか?」
「いや、違う」

 思わずよぎった想像を否定されて、尚里はいくぶんほっとした。
 けれど、ならば何故と平均的な身長の自分より拳ひとつぶん背の高いこのカフェのマスターを見上げる。

「俺が海外まわるのが好きな事は知ってるな?」

 こくりと尚里は頷いた。
 黒崎は海外を旅行するのが趣味で、このカフェの中にも各国で買って来たものが所狭しと並んでいる。
 カフェを始める前は一人で、あちらへフラフラこちらへフラフラと全世界を回っていたらしい。

「年齢的にも無茶できるうちにもう一度、世界を回りたくてな」

 黒崎の年齢は四十九歳だ。
 確かに体力的なことを考えたら世界を放浪するのには、黒崎がラストチャンスと考えてもおかしくはない。

「悪いな」
「いいえ」

 眉を下げる黒崎に、尚里はそばかすの浮いた地味な顔立ちに微笑を浮かべた。

「新しくカフェをやりたいって夫婦に貸すことにしたんだがな、そこでバイトとして働けないか打診したんだが」

 駄目だったのだろう。
 このこじんまりとした店で黒崎と尚里が二人で回してちょうどいいのだ。
 夫婦で営むなら、バイトは必要ないだろう。
 わざわざ自分の身の振りを考えてくれたことを嬉しく思い、尚里はことさら明るく声を跳ねさせた。

「またバイト新しく探すから大丈夫ですよ」
「すまん」

 うなだれる黒崎に、尚里は話題を逸らすためにそれでと言葉を紡いだ。

「アルバナハルに行くんですか?」
「行きたいんだけどなあ……あそこは自然保護に力を入れてるせいで観光業に力を入れてないから入国が難しいんだよな」

 うーんと髭のある顎を撫でながら黒崎が唸る。

「マナの使い手も多いんでしたっけ?」
「そうそう」

 肯定の言葉に尚里は、マナかあと呟いた。
 マナというのはこの地球上にある超能力のことだ。
 自然の力を恩恵として、水や風などを操ると言われている。
 現代日本では自然なんてほとんどないので、あまりマナの使い手はいないらしい。
 当然ながら尚里もそんな力を操る人間は会ったことも見たこともなく、眉唾ものだった。
 太平洋の海に浮かぶ小さくはない島国、アルバナハル王国。
自然豊かで、地球でもっともマナの使い手が多いと言われているらしい。
それだけで尚里にとってはおとぎ話のような世界だった。

「一生に一度は行ってみたいんだよなあ」

 アルバナハルは黒崎の憧れの国だ。
 この店内にも雑誌やネットから印刷したアルバナハルの写真や記事が、他の国の写真を圧倒するほどの数で飾られている。

「地下資源も豊富なのにAI分野や医療まで発達してて、義手なんかの開発も凄いんだよ!」

 興奮気味に語る黒崎に、くすりと尚里は苦笑を零した。
 アルバナハル好きの黒崎によるこの話は、実は耳にタコが出来るほどだったりする。

「自然が豊かで綺麗だから、それを壊さないように入国制限をしてる、でしょ」
「そうそう!小国でも無視は出来ないっていうな。国王のいる国家元首の完全君主制なんだけどな、唯一今の最高軍事司令官は国王と同等の地位らしいぞ」

 それは珍しいと尚里は関心した。
 普通は国王と同等の人間なんていないだろうに。

「しかもその司令官なんだけど、そいつは花嫁探しをしてるらしくてな。我先にってなってる人間は多いんだよ」

 これがまたいい男でなーとスマホをスイスイと黒崎が操る。
 ほらと見せられた画面には、黒い軍服に身を包んだ銀髪の男が写っている。
 あいにく不明瞭な画質の写真だったので、顔は整ってるらしいことしかわからないが。
黒崎はとても楽しそうだった。
 こんなにアルバナハルが好きなのかと思わず関心してしまうけれど、黒崎は途端にしゅんと肩を落とした。

「まあ、そういうわけだから、本当に悪い」
「いえ、アルバナハルにも行けるといいですね」

 にっこりと黒崎が気にしないように笑って見せる。
 黒崎がまだ何か言いたそうだったけれど閉店時間を過ぎていたので、尚里は看板下げてきますとそそくさと入口のドアから出て行った。
 あとにはチリンとベルの音だけが小さく鳴った音だけが響いた。
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