君と運命になっていく

やらぎはら響

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 次の日からは三日ほどかけて詳しい検査をした。
 主にオメガの機能に関することらしい。
 検査結果を聞くことになっている日。
 日下部のいる診察室に向かうと、部屋の前にリルトが立っていた。

「あれ?なんで」

驚く伊織に、リルトは真っ直ぐに視線を合わせてきた。

「図々しくすまない。伊織さえよければ検査結果を一緒に聞かせてもらいたい」

 今にもきゅーんと鳴き声が聞こえてきそうな子犬感に、ふぐうと伊織は音にならない悲鳴を胸中で上げた。
 リルトは長身だし顔も整っているせいか冷たい印象にだって見えそうなのに、伊織の前では大型犬か子犬だ。
 可愛さにあらがえない。
 もっとしっかりしろと自分で自分を叱りつけるしかない。
 検査結果を聞きたいと言われて、そういえば一応番候補だもんなと思い出す。
 だったら不具合なんかも知っておきたいだろうし、知る権利もあるだろう。

「大丈夫、いいよ」

 頷くと、ほっと息をつかれてありがとうと言われた。
 二人連れだってノックをしてから診察室に入る。
日下部にリルトも同席していいか尋ねると、頷いて椅子を進められたので並んで座った。
 検査結果は正直芳しくなかった。

「発情期の予兆はまだありませんね。妊娠も発情期も今のところ確実とは言えません。フェロモンは少量なら出ていますけど、感知するのはしばらく難しいでしょう。こちらは投薬で様子見することになります」

 それはもう、ただのベータでは。
 説明を聞いた感想はそれだった。
 日下部にどこか痛ましそうに見られるけれど、ベータとして生きてきたので特に何も変わらないなとしか思えない。
 うっかり生返事にならないように唇を引き結んだ。

「治療で回復はしますが、どこまでとは確約できません」
「わかりました」

 チラリと横目にリルトを見ると、真剣に聞いていた。
 神妙な様子は、本人の伊織よりもしかしたら重く受け止めているかもしれないと思わせる。
 それにしてもオメガとして不良品だなと思った。
 こうなるとリルトとのマッチングは終わりだろうか。

(こんなんとマッチングしても仕方ないもんな)

 番だとかはよくわからないけれど、リルトのことは嫌いじゃない。
 むしろ好感が持てている。
 せっかく知り合ったのになという気持ちが浮かんだ。
 以上ですと言われたので一礼して立ち上がると診察室を出た。
 このあとはどうするんだろうと思っていると、そっと背中に手を添えられた。

「面会室に行こう」
「あ、うん」

 促すように小さく押されたので歩き出す。
 横を歩くリルトを盗み見て、もしかして今日で会うのは最後だろうかと懸念が浮かぶ。
 それは何だか残念だった。
 まだ三回目だけれど、この可愛い子犬みたいな人と会うのは楽しいと感じていた。
 いつもの面会室に扉を開けて入ると、望月が待機していた。

「お預かりしていたものです」

 小さなトートバッグを持っており、それをリルトに差し出してきた。

「ありがとう」
「では今から一時間になります」

 受け取ったリルトに会釈して望月はいつものように衝立の奥へと消えて行ってしまった。

「それは?」
「病院食あまり食べれてないって聞いたから。座って」

 促されたので素直に座ると、リルトも横に腰を下ろした。
 いそいそとトートバッグから小さい容器が取り出される。
それは楕円型の茶色いもので、俗にいうお弁当箱だった。
まさかと目をまばたくと蓋が開けられる。

「うわ!お弁当だ」
「一口サイズのものだったらあまり抵抗なく種類が食べられるかと思って」

 驚いた伊織の前にあるのは、お弁当箱の中に詰め込まれた色とりどりの食べ物だった。
 リルトの言ったとおり、一口で食べきれる大きさのおにぎりやサンドイッチ、小さく切られた卵焼きやからあげが並んでいる。
 お弁当箱自体もさして大きくない。
 なのでいつも食事の時間に沢山の料理が乗ったトレーを前にして感じる圧迫感はなかった。
 伊織の目がキラキラと輝いて、お弁当からリルトへ目線を向けた。

「食べていいの?」
「もちろん。好みがわからなかったから、薄味で作ってるよ。無理はしなくていいから」

 トートバッグの中から箸をテーブルに出されたので手に取る。
 いただきますと口にしても、じいっと見つめてなかなか手が出せない。
伊織はこれ以上ないくらい感激していた。

「嬉しい……お弁当なんてはじめてだ、凄い」
「……そうか」

 お弁当は学校に行っていれば持っていく行事は沢山あった。
 でも爽子はお弁当なんて作る人じゃなかったし、花が作ると言ってくれたこともあるけれど、学校行事は校内校外問わず欠席させられたから結局機会はなかった。
 密かに憧れていたので、リルトの気遣いは本当に嬉しかった。

「写真撮りたいな」
「撮ったらいい」

 ぽつりと零した言葉に同意されて、伊織は眉を下げた。

「スマホ持ってないんだ。禁止されてたから」
「そうなのか」

 リルトが頷いて、一瞬考えるそぶりを見せた。
 何だろうと思いつつお弁当箱の中を覗き込み、伊織は口元を綻ばせた。
 そこには小さなタコさんウインナーがちょこんと入っている。

「可愛い。タコさんウインナーなんてはじめて見た」
「伊織が量を食べられるようになったらキャラ弁に挑戦してみるよ」

 大人の男が作るキャラ弁。
 ギャップが凄いなと伊織は声を立てて笑った。
 すると、するりと手から箸を抜かれてしまう。
 あれと思っていると、日本人と遜色ない動きで箸を操りリルトがタコさんウインナーをつまみ上げた。

「ほら」
「え、あの、自分で」
「食べさせたい」

 じっと見つめられてしまう。
 以前のゼリーのときに給餌はアルファの求愛行動だと言われたのを思い出して、まさかここでもかととまどう。
 でもやっぱり子犬感を出してこちらの良心を刺激するリルトに、伊織はまあ絶対に嫌とかではないしと内心言い訳しながら口を開いた。
 途端リルトが嬉し気にそっとタコさんウインナーを口に入れてくる。
 もむもむ噛んでいると「次はおにぎりにしてみる?」と、箸でつまめる小さな一口おにぎりを持ち上げる。
 ごくりと飲み込んで、じとりとリルトを見てしまった。

「あのさ……これ、楽しい?」
「楽しい」

 キッパリ笑顔で断言されてしまった。

「憧れだったんだ」
「憧れ」
「正直ちょっと興奮してる」

 正直すぎる。
 結局お弁当は半分ほど食べて満腹になった。
 こんなに沢山食べたのははじめてな気さえする。

「お腹いっぱい、美味しかった」
「それはよかった。吐き気は?」
「平気、吐くほどじゃない」

 食事をすれば吐き気があるのはいつものことだ。
 以前は四六時中あったのだから食事したときだけになったのは、かなり改善された証拠だ。
 実際吐くこと自体は減っていたので伊織はまったく気にしていなかった。
 それを言うと、リルトが椅子をピッタリくっつくほど寄せてきた。

「こっちへ」

 肩に手をまわされてリルトの方へもたらせるようにぐっと力を入れられた。

「えっと、あの」
「力を抜いてもたれていい。気分が悪くなったらすぐに言って」
「う、うん」

 こんなに人に近づくのははじめてだった。
 抱かれた肩もリルトに触れている部分も体温がじんわりと感じられる。
 そのせいで胸がざわめいた。
 人肌って本当にあったかい、なんて事実に伊織の頬がほんのりと紅潮する。
 このあとどうすればと固まってしまった。

「伊織このまま聞いて。さっき検査結果を聞いたね」

 ピクリと伊織の肩が揺れた。
 そしてその話かと肩が強張るけれど、いや大事だよなと何とか小さく息を吸って吐いた。

(終わり、かなあ。会えなくなるのはちょっと、いや結構残念って思っちゃうかも)

 けれどいつまでもポンコツに時間を割かせるのも申し訳ない。
 リルトから体を離そうとしたら、それを阻止するように肩を抱く手にぐっと力が籠った。

「このまま伊織とマッチングして、いずれは番になれたらと思ってる」
「へ?嘘でしょ」

 まったく想定していなかった内容に驚いて伊織が顔を上げると、そこにはリルトの真剣な紺碧色の眼差しがあった。

「本当だ」

 とまどった瞳で見上げると、じっと見つめ返される。
 そこには人懐こい大型犬でも可愛らしい子犬でもない、大人の男が熱を持った眼差しでいる。
 一気に頬が熱くなって伊織は動揺した。
 忙しなく視線をさまよわせてしまう。

「えっと、いや、あの、やめとこう。こんなポンコツなの選ぶとか後悔するって。聞いたでしょ、オメガ要素ほぼないよ」
「ポンコツなんて言わないでくれ。俺は君に好感を持ってる」

 そっと左手を取られた。
 大きな手は伊織の栄養失調ぎみの華奢な手を包み込んでしまう。

「……運命ってやつだから?運命なら何でもいいってこと?」

 矢継ぎ早に聞いてしまうけれど、止められなかった。
 だってそれだと伊織じゃなくてもいいと言われているも同じだ。
 眉を下げた伊織に、なだめるように肩を抱いていた手が背中をゆるゆると撫でた。
 背中を動く体温に、どうにか落ち着こうと息を吐く。

「運命って強烈な一目惚れをした。でも一回目の面談で予感はあった」
「予感?」

 不思議そうにすると、リルトが見惚れるほど綺麗に笑った。

「運命関係なく、きっと君を好きになる」
「へ?」
「検査結果を聞いてもまったく揺るがなかった。俺のオメガは君がいいと思ってる」

 パクパクと口を開閉させても、なんと答えていいかわからずに伊織は真っ赤な顔のまま、結局口を閉じるしかなかった。
 動揺に瞳を揺らしていると、ポンと背中をひとつ叩かれる。

「そろそろ時間だね。お弁当は残りも食べる?いらないなら持って帰るけど」
「え、あ、たべる!食べるよ」

 なんとかそれだけ返すと、リルトは嬉しそうに瞳を細めた。
 テキパキとお弁当箱に蓋をして箸と一緒にトートバッグに片づけてしまう。

「次も持ってきていい?」
「持ってきてくれるの?」
「伊織が喜んでくれるなら」
「え……あ、嬉しい」

 伊織の返事にリルトの口角が上がったタイミングで望月が衝立から出てきた。
 それを確認してリルトが立ちあがる。
 展開についていけずおろおろと視線でその動きを追いかけると、するりと大きな手が頬を撫でた。

「それじゃあまた」

 望月に視線をやったリルトが扉へ歩き出す。
 望月も見送りなのかその後を追うと、伊織がぼんやりしているあいだに扉から二人共出て行ってしまった。
 閉まった扉を見ても、すでにリルトは見えない。

『運命関係なく、きっと君を好きになる』

 リルトの言葉が耳に張り付いたように木霊する。
 伊織の唇はかすかに震えていた。

「……そんなことないだろ。だって俺だよ」

 呆然とそんな言葉が出てくるけれど、でもリルトの顔も声音も冗談なんて欠片も混じっていなかったのはわかる。

「どうしよう……」

 そもそも伊織は運命と言われてもわからない。
 リルトを見ても胸がざわつく感じがするだけだ。
 いい人と思うし、好感もある。
 人懐こい子犬みたいでほっとけない感覚があるし、うっかり可愛いと思っている。

「でも俺を選ぶって、趣味悪……」

 ぽつりと呟いた伊織の胸は不自然にバクバクと高鳴っていた。
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