かくりよの花嫁は溺愛される

やらぎはら響

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 その日の深夜、眠れなくてベッドのなかで理斗はぼんやりしていた。

「こんな環境、夢みたいだ」

 ぽつりと暗闇に慣れた目で天井を見上げながら呟く。
 今日一日。
 いや遠伊に出会った日から、ヘドロのようにまとわりついていた苦しさがどんどん薄れている。
 けれど花嫁と言われることに抵抗があるのも確かで、理斗は溜息をついた。
 まだまだ眠れそうにない。
 風にでも当たろうと、とうとうベッドを抜け出した。
 廊下を歩き角を曲がると広々とした縁側のある場所に出る。
 庭の方を見ると、深夜で邸の明かりも消えているせいか真っ暗闇だった。
 そこに腰かけて、ぼんやりと暗い庭を見つめる。
 理斗の人生は両親が死んだときに幸福なものはなくなって、この暗闇のような将来が待っていると思っていた。
 周りの人間が持っている、キラキラした夢や希望は理斗の手にはかけらもなかった。
なのに、今は少しずつそれが理斗の手に乗せられていく。

「ふしぎだ」

 泣きたくなるような感情とは少し違う。
 嬉しいとも。
 うまく言葉にできない感情だった。

「理斗」

 自分を呼ぶ名前に庭から目線を外すと、廊下の先に遠伊が立っていた。
 静かに目の前に歩いて来た彼は、白皙の美貌も相まって雪の精がいたらこんな感じかなと馬鹿な考えが頭によぎった。

「眠れない?」
「……少し」
「そう」

 静かにこたえた遠伊が隣へと腰を下ろす。

「悪い夢でも見た?」

心配気な声音。
それに小さく笑いが込み上げた。
そういえば最初に泊ったときに慰められたことを思い出す。

「大丈夫、平気。そんなんじゃないよ」
「君はいつもそう言う『大丈夫、平気』と」

そっと頬に手が伸ばされた。
血の通ってなさそうなのに、体温があるのが今さら不思議に感じてしまう。
触れたら温かいのに。
 遠伊の手の体温を意識してしまい、「そうかな」と答えた声はぎこちなかった。

「私は君のその言葉があまり好きではない。それを言うとき、君はいつも泣きそうな顔をしている」
「そ、んなこと、ないよ」
「ある」

 断言されてしまった。
 口癖だという意識はあるけれど、表情までは考えたことがない。
 理斗は困ったように眉を下げた。

「俺さ、この庭みたいにずっと先まで真っ暗闇を歩くと思ってたんだ。どうしようもないって諦めてた」

 苦笑したまま遠伊を見ると、優美な手を彼はひらめかせた。
 途端に、ぽぽっと火の玉が何個も現れて周囲を照らす。

「わあっ」

 そういえばと思う。
 圭介も火を使っていたし、狐火という言葉を耳にした事がある。
 狐の一族は火を自在にあやつるのかなと照らされて明るくなった庭を見回した。

「君の歩く先は暗闇じゃない」
「……ありがとう」

 泣きそうになった。
 思えば遠伊の前では泣いてばかりな気がする。
 泣いても何も変わらないと思ったときから、泣かなかったのに。

「わっ」

 突然ぐいと腕を引っ張られたと思うと、遠伊の膝上に横抱きで乗せられていた。
 浴衣の薄い布地超しに、体温と心臓の鼓動が伝わってくるのがやけに生々しく感じる。
 離れようと身じろぐと、そのまま抱きしめられた。
 そして、降ってくるキスの雨。
 額に、目元に、鼻先に。

「ひゃっちょ」

 くすぐったくて、恥ずかしくて、頬に血がのぼるのがわかった。

「不安にならないで、私がいる」

 砂糖菓子みたいに甘い声。
 じわりと涙が滲みそうになる。
 抱き返すことはできないけれど、理斗は黙ったまま遠伊の腕の中で力を抜いた。
 途端、遠伊の抱く力が強くなる。
 その夜、遠伊と離れるまで理斗は精一杯泣くのをこらえた。
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