ヘルヴィルのまったり日和

やらぎはら響

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「リスタース様、ヘルヴィル様はまだ二歳なので仕方ありません。むしろとても喋れている方です」

二歳というか二歳半だから、もうすぐ三歳だ。
少年の言葉に、リスタースがその顔を見やる。

「そうなのか?」

その顔は若干困惑の色を浮かべていた。
それにヘルヴィルはピンときた。
リスタースはおそらく、子供と関わったことがないタイプだ。
多分それは正解だろう。
ヘルヴィルはリスタースともルードレットとも遊んだ記憶がない。
二歳から前は一切記憶がないからわからないけれど、そこからの半年では交流は食事の時だけだった。
ルードレットは女の子だから、そんなに一緒にいなかった可能性もある。
ふむと結論に達すると、ヘルヴィルは重々しく頷いた。

「まや、にしゃい」

すっと指も立てて主張する。

「……それは三だ」

リスタースの目線の先、自分の突き出した手を見ると、ぷくぷくの指が三本立っていた。
うっかりしていた。
幼児の指は丸っこくて動かしにくい。

「ちっぱい」

 神妙に頷くと、リスタースがはあと小さく嘆息した。
 その顔は、ちょっとだけ無表情が崩れている。

「名前は言わなくていい」
「にーたま?」
「そうだ」
「う!にーたま」

言質をとったので、元気よく呼んでおいた。
リスタースがそんなヘルヴィルの様子をじっと見つめ続ける。
何だろうと思っていたら。

「……お前は」

口を開いたけれど、すぐに閉じてしまった。
そのまま何度か小さく唇を開閉させたあとに「いやいい」と何かが完結したらしい。
リスタースはそのままヘルヴィルから視線を外して、少年へと目くばせした。
少年が小さく頷き、ヘルヴィルへと腰を折って視線を合わせる。

「ではヘルヴィル様、リスタース様はお勉強の時間なので、これで」
「おべんきょ……わかった」

やはり勉強を沢山しているらしいし、学校も行ってないらしい。
偉いなあと思いながら、目の前の少年をじっと見つめた。

「だあれ?」

首を傾げると、少年が小さく笑顔を浮かべる。

「失礼しました。リスタース様の侍従でフルクラスと申します」
「ふりゅ」

全部言うのは不可能だった。
ではとフルクラスが頭を下げて姿勢を戻すと、リスタースがヘルヴィルの横を通り抜けて歩き出す。
それに、あ、とヘルヴィルは振り返った。

「にーたま、おべんきょ、がんばえー」

頑張る兄を激励したら、二人がヘルヴィルへと振り返った。
二人とも目を驚いたように丸くしている。
リスタースの瞳が一瞬揺れて、手をぎゅっと握りしめた。

「ふん」

顔を背けて足早に歩き出す。
その後ろを、フルクラスがこちらへ頭を下げて追いかけて行った。
先の角を曲がると、その後ろ姿は見えなくなった。

「にーたま、すごいねー」
「……ヘルヴィル様の方が凄いです」

何がだろう。
ヘルヴィルはまた前を向いて歩き出しながら、リスタースはしっかりしているなあと感心した。
八歳は奇声を上げて泥んこになっているものじゃないのか。
そこであれ?と疑問がわいてくる。
シュークリットとリスタースは同じ年くらいではないのか。
リスタースの方が背は高い気はするけれど、そんなに体格は違わない。

「ねーえいぷいる、りっとなんしゃい?」
「殿下は七歳ですよ。リスタース様よりひとつ下ですね」

衝撃である。
あの年になったら、王子じゃなくても勉強とかいっぱいするんだろうか。

(おかねもちだかや?)

可能性はある。
二人共ヘルヴィルの想像する同年代とは一線を画す。
子供っぽくない。
なんというか品がある。
理由が王子様やお金持ちだからなら、リスタースの弟であるヘルヴィルも同じことをしなければなのでは。
思い返せば、ルードレットもシュークリットに会った時に上品に挨拶していた。

「たいへん」
「何がです?」
「がんばやねば」

勉強は嫌いじゃない。
知らないことを知るのは楽しいけれど、如何せん得意ではない。
正直結構ポンコツな自覚がある。
それに勉強だけでなく運動も嫌いじゃないけれど、生前は得意ではなかった。
楽しむ心意気はあったけれど、運動神経がついてこなかったのだ。
ヘルヴィルは運動神経は期待できるかもしれないけれど、頭の中身は自分なのであんまり期待できない。
むむうとヘルヴィルは苦悩するように眉を寄せた。

「がんばゆつもりはあゆ」

 訳がわからないという顔をするエイプリルを気にせずに、まあなんとかなるかとヘルヴィルは自室を目指して歩き出した。
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