野心家令嬢の幼馴染はオカン属性の過保護でした

やらぎはら響

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「おかわり」

 メインの肉料理を食べ終わった後にそう言えば。
「淑女がおかわりなんてはしたないわよ、リーゼロッテ」
 あきれたような母親の言葉に、四歳のリーゼロッテ・レイーネは内心舌打ちした。
四歳児らしからぬ態度を隠しつつ。

「はあい」

 おとなしく頷いて、ごちそうさまと席を立つ。
 食堂を出ると、伯爵家という肩書にしては地味で絵画など装飾の少ない屋敷の廊下を自室へと歩く。
 薄い水色の控えめなフリルのついたドレスで歩くリーゼロッテのお腹は、実はすでに満腹だ。
 しかしついつい料理の美味しさに、もっと食べたいと思ってしまうのだ。
 甘いものを食べても、食べ過ぎは駄目よと言われてしまい、おかわりと言えばはしたないと言われる。
 淑女とは大変面倒くさいものだと思いながらリーゼロッテは自室の扉を開けた。
 クリーム色に小さな小花の模様が入った壁は、一人娘のリーゼロッテが産まれたときに貼り替えられたものらしい。
 ほてほてとペールピンクの天蓋がついたベッドまで歩み寄ると、ドレスが皺になるのも構わず、ぼふりとシーツの海にダイブした。
 母親が見たら「まあ!」と眉を顰めるだろうが、今はいないので良しとする。
 メイドが綺麗に整えてくれたシーツからは、太陽の光をいっぱい浴びた日向の匂いがする。

「はあ、せっかく美味しいものにありつけても、食べられないなら意味ないじゃん」

 舌足らずに言葉を吐きながらダイブした体をゴロリと転がして天井を見上げて、大の字になる。
 リーゼロッテはこのレイーネ伯爵家の一人娘だ。
 今年四歳になるが、その物言いや態度は四歳児からは程遠かった。
 それもそのはず。
 リーゼロッテ・レイーネは生まれる前の記憶があった。
 所詮、前世というやつだ。
 前世なんて馬鹿らしいと思うが、バッチリしっかり細部まで覚えているうえに、世界の様相がまるで違うので納得した。
 生まれ落ちた瞬間から自我と記憶があったことには驚いたが。
 そもそも前世があるということは、一度死んだということだ。
 その理由を、リーゼロッテはしっかりと覚えていた。
 享年二十八歳。
 前世のリーゼロッテは親が借金を残して蒸発し、友人もいない。
 働いても働いても返済の追いつかない借金のために、毎日怒鳴りこむ借金取りに土下座をする惨めな生活。
自分の仕事以外にも、上司の仕事を押し付けられて休みなく働いても少ない給料のブラック企業。
心身ともにボロボロになりながら仕事をしていた。
 けれど次の仕事の当てもなく逃げられない。
 だから出世して稼いでから借金を返済し、必ず幸せになるのだと野心に燃えていた。
 そんな人間だったことと、追い詰められすぎて精神的に正常な判断が出来なくなっていた。結果ブラック企業のなかで部下の手柄を横取りした日、夜道でその部下に刺されたのだ。
 どんな死に方だと思う。
 死に際に見た部下の目はうつろでどう見ても正気ではなかったのだが、概ね自業自得の死因である。
 ブラック企業怖い。
 ただ満足な人生ではないが、納得はした幕引きだ。

「にしても」

 むくりと起き上がってベッド横のアンティークな猫足のサイドチェストから、キラキラと装飾の施された手鏡を取り出し覗き込む。
 そこには平凡も平凡な顔立ちの、緑の目に赤毛の子供が映っている。
 まろい頬にはそばかすがすでに浮いていて、赤毛は癖があるので左側でフィッシュボーンに編んでまとめている。
 三つ編みではピンピンと跳ねてしまって、うまくまとまらないのだ。
どこにでもいるというよりは、中の下くらいだろう。
 下の下とは言いたくない乙女心だ。

「せっかくなら、もっと美人に生まれればいいのに」

 はあとため息ひとつ。

「まあ、伯爵家に生まれただけ、ラッキーだけどさ」

 前世ではまともに温かく美味しいご飯にありつけなかったが、今生では食うに困らないし甘いものだって食べられる。
 両親が結構おおらかな人柄なのはよかったが、贅沢を好まない人たちなのでいたって地味。
伯爵家と言っても、屋敷内は庭の花が飾られているくらいの簡素なものだった。
 調度品がギラギラ飾ってあったりはしない。
 品がいいと言えばいいのだろうけれど、やっぱりちょっと地味すぎない?と思ってしまう。
 それに。

「せっかく、魔法のある世界に生まれたのになあ」

 そう。
 この世界には魔法使いという人種がいるのだ。
 レイーネ家には魔法使いの血筋はいないらしく、当然リーゼロッテも使えない。
 いまだ四歳児で世間と関わりを持っていないリーゼロッテは、魔法も本の中の出来事で実際に見た事はなかった。
 とりあえずはそんな感じでリーゼロッテは極々平凡な人生を送っていた。
 転機が訪れたのはそれから数日後だ。
 いつものように午後のティータイムでモリモリ焼き菓子を食べていると、女の子らしく優雅にと注意を母親から受けた。
 いつものお小言だと思ったら、その日は違った。
 焼き菓子を食べるリーゼロッテを呆れたように見ながら、母親はぽつりと零したのだ。

「こんなんじゃ王子殿下の婚約者なんて無理ね」

 その言葉に、ぽかんとリーゼロッテは目を丸くした。

「お母さま、婚約者って?」

 そんな話は初耳だ。
 しかも王子殿下ときたものだ。

「王子様と結婚できるの?」

 まだまだ舌足らずな言葉使いで問いかければ、母親は困ったように白に紫の小花が描かれたティーカップを持ち上げた。

「侯爵家、伯爵家から王子殿下の婚約者を選ぶ話が出ているのよ。今、公爵家は女の子はいらっしゃらないし」

 その時リーゼロッテは体を雷で打たれたようだった。
 伯爵家とは言ってもレイーネ家はちょうど中間の辺りらしい。
 領地はあるけれど、可もなく不可もなく。
 お金持ちでも貧乏でもない。
 だからいずれ結婚するのも同格か格下になる可能性が高いと考えていたリーゼロッテは、どうやって格上の家柄と繋がるかを齢四歳にして真剣に考えていた。
 前世ほど酷い生活をしているわけでもない。
 それなのにリーゼロッテは、いずれ地位も富も手に入れたいと貪欲に思っていた。
 お金が無くてひもじい思いや寒さ暑さに耐え忍び、借金取りに罵声を浴びせられて頭を下げ、寝る間も帰る間も惜しんで働きそして野垂れ死んだ。
 もうそんな人生はまっぴらごめんだ。
 贅沢だってしたかったし、人並みに可愛い服やアクセサリーだって身につけたかった。
 そして何より安定安泰な未来が欲しかった。
 それには没落などとは無縁の不動の地位が必要だ。
 前世だって何の前触れもなくどん底に落ちたのだ。
 めったなことでは揺るがない基盤が必須である。
 そのためには、リーゼロッテはどんな人間とも政略結婚するつもりの心意気だ。
 そんなリーゼロッテの内心などつゆ知らず、母親は娘を困ったように見やった。

「我が家も候補に入っているけれど、淑女らしくしていないと選ばれることはありませんよ」
「候補には入ってるのね!」

 興奮した様子で身を乗り出した娘に、母親は意外な反応だったのかあっけに取られている。

(王子様!一生安泰!これを逃す手はないじゃない!)

心の中で歓喜しながらリーゼロッテはキッと母親を見上げた。

「私、絶対に王子様の婚約者になるわ!」

 リーゼロッテ四歳。
 人生の目標が出来た瞬間だった。
 その日からリーゼロッテは、立ち居振る舞いを美しくするべく礼儀作法に力を入れた。
 勉強だって真面目に聞いていなかったのに、聞くようになった。
 四歳児の頑張りは五歳になっても続き、毎日邁進していたある日。

「ウォルウィッシュ侯爵家に遊びに行ってきなさい」

 朝食の席で父親にそう言われて、リーゼロッテはこてんと首を傾げた。

「ウォルウィッシュ、侯爵家?」

 発音の綺麗になった言葉で聞き返せば。

「同い年のお嬢さんがいてね。お前もそろそろ友達を作るといい」
「友達……」

 正直、全然興味がない。
 侯爵家ということは仲良くしていて損はないが、女の子ではあまり利用価値は望めない。
 前世でだって、金を稼ぐのに必死で友達なんていなかったから、正直ピンとこなかった。

「お前と同じ殿下の婚約者候補に選ばれたお嬢さんだよ。侯爵夫人からぜひと招待状が届いたんだ」
「なんですってっ!?」

 ガチャンと思わず身を乗り出すと、母がおしとやかにと注意をしてくるが父親はあまりの勢いに若干身を引いている。
 だがそんなことに構ってはいられない。

(予想はしてたけど、侯爵家が出てくるなんて)

 唇をきゅっと結んで眉間に皺を寄せる。
 レイーネ家より格上の侯爵家の方が、選ばれる可能性は高い。
 これは、敵情視察をしておく絶好の機会だ。
 おそらく侯爵家側もそのつもりでリーゼロッテの事を招待したのだろう。
 乗り出していた体を元に戻すと。

「ぜひ遊びに行くわ」

 真剣な表情で、リーゼロッテはまっすぐ父親を見上げていた。
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