野心家令嬢の幼馴染はオカン属性の過保護でした

やらぎはら響

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 食事を終えてから食堂から出ると、リーゼロッテはクレメンスの部屋へ。
 クレメンスは図書室へと向かう予定だ。
 リーゼロッテにも状況を打破する方法を探す手伝いがしたいが、あいにく文献を読めるほどの知識がないので仕方ない。

「寮まで送るよ」

 クレメンスの申し出に、ふるりと首を振る。

「いいわよ、一人で帰れる。あんたは一刻も早く元に戻る方法見つけて」
「……まっすぐ帰るんだよ」

 不満そうに口にしたクレメンスにはいはいと答えて、リーゼロッテは幼馴染と別れた。
 今自分にできることは、悔しいことに待つことだけだ。
 とてとてとクレメンスの部屋に帰っていると、一階の回廊に差し掛かったところで目の前に人影が現れた。
 誰だと思って見上げると、そこにはジュリアが立っていた。
 ぱちりと目を丸くしていると、彼女の真一文字に引き結ばれていた唇が開く。

「あなた、クレメンス様の幼馴染のリーゼロッテでしょう」

 やっぱりかと、バレているとはいえ肯定するべきか思案した。
 しかしジュリアはリーゼロッテの返答など待っていなかったようで、ぎゅっと両手を握りしめ。

「あなたずるいわ!」
「へ?」

 思いがけない言葉に眉をひそめたが、ジュリアはなおも言いつのった。

「あなたただの幼馴染でしょう、どうしてそんな姿なのか知らないけど、クレメンス様の迷惑も考えて!」

 いや確かに迷惑はかけているけれど、と思うが。

(この人に文句言われるいわれは無いんじゃない)

 顔を顰めたリーゼロッテに、反抗されたと思ったのかジュリアがぐいと細い腕を掴んで歩き出した。

「ちょっいた、なによ」

 ズンズンと歩くジュリアに引きずられるように腕を引っ張られていったのは、寮から離れた使われていない倉庫だった。

「わっ」

 ぶんと腕を引っ張られ、倉庫の中に押し込まれる。
 たたらを踏んで入口を振り返ると、ジュリアがにやりと口元を歪めていた。

「今日は雨が降るそうよ。せいぜい凍えなさいな」

 バタンと扉が閉まり、鍵のかかる音が真っ暗闇に響いた。

「あ!こら待て」

 慌てて扉に飛びついたけれど、すでに遅かった。

「うそでしょ……」

 サーッと顔が青くなる。
 クレメンスはきっと気づくのは夕食時かそれ以降のはずだ。
 それ以外でリーゼロッテを誰かが見つけてくれるとは思えない。

「最悪」

 はーっと長い溜息を吐くと、ガランとした何もない室内を見回して地べたに膝を抱えて座った。
 壁にある明かり取り用の窓が小さくあるのが救いかもしれない。
 出られるような大きさではないけれど、真っ暗闇よりはマシだ。
 だんだんと外の明かりが暗くなっていき、雨が降り出したようで明り取りの窓に水滴が当たっているのが見える。
 寒々しい倉庫内のせいで地べたに乗せているお尻が冷たくなって、指先も冷えていた。

「クレメンスまだかな」

 膝を抱えて何度目かの溜息を吐く。

「まったく、あの女に目の敵にされるほど一緒にいるわけじゃないわよ」

 婚約者候補らしいけれど、リーゼロッテには迷惑このうえない。
 そこではたと気が付いた。

「思い出した、一度だけ自己紹介したことあるわ」

 確かその時も最初から当てこすりされた気がする。
 あの時は魔道具が発動して、クレメンスが魔法で助けてくれたのだ。
 そういえば、あのときジュリアは青い顔をしていた。
 よほど魔道具の発動が怖かったのだろう。

「今じゃジュリアの方が怖い魔法使ってるけど」

 はは、と乾いた声が出る。
 おそらくジュリアの魔法は風と火の二属性なのだろう。
 すべての属性を持つクレメンスがいるのでいまいちピンとこないけれど、多分優秀な部類なのではないかと思う。

「まあ、どうでもいいけどさ」

 つらつらととりとめのないことを考えながら、冷えていく体を縮こまらせていると。

「リジー!」

 バタンと勢いよく扉が開いた。
 そこには雨のなか走り回ったのかしっとりと髪の濡れたクレメンスがいた。

「助かったわクレメンス!」

 やっぱり見つけてくれたとリーゼロッテは喜びながら立ち上がった。
 倉庫の中に入ってきたクレメンスが、サッとリーゼロッテの体に視線を走らせる。

「怪我は」
「ないわよ」
「よかった……」

 クレメンスがほっと息をつく。

「濡れてるじゃない、早く部屋に戻りましょ」

 ローブを引っ張って外へ促そうとしたら、その手をクレメンスにそっと取られた。

「誰に閉じ込められたの?」
「気まぐれよ、暇だったから入ったら閉まっちゃったの」

 わざわざ言うほどのことではない。
 ジュリアを庇うというより、なんとなくクレメンスが彼女を気にするのが嫌だなと、適当な事を口にした。
 じっと見てくるクレメンスに居心地が悪い。

「それより、よくわかったわね」
「ネックレスの魔力を追って来たんだ」

 なるほど。
 禍々しいと言っていたから、魔法使いには何かわかりやすく感じるものがあるのかもしれない。

「部屋に帰ろう」

 そっと差し伸べられた手を取ろうとして、呼吸が一瞬止まった。
 心臓が早鐘を打ち出す。
 この感覚は分かっている。
 体が小さくなるのだ。

「かはっ」
「リジー!」

 膝を地べたにつくと、クレメンスに抱き寄せられた。
 苦しさにクレメンスのローブを強く握りしめる。

「けほ」

 苦しさがなくなってぎゅっと閉じていた目を開けると、予想通りに体が小さくなっていた。

「ッ」

 ゾッとリーゼロッテの背筋に寒気が走った。

「リジー」

 青い顔をしているリーゼロッテの顔をクレメンスが気遣わし気に覗き込む。
 慌てて大丈夫だと立ち上がろうとして、バランスを崩し尻餅をついてしまった。
 まさかここまで幼児になるなんてと思う。
 大丈夫だろうと、死ぬわけがないとどこかで楽観視している部分があったのだけれど、見ないふりをしていた死ぬかもしれない恐怖に、リーゼロッテの小さな体がカタカタと震えだした。

「リジー、大丈夫、大丈夫だから」

 サッと抱き上げられ、クレメンスに背中をあやすようにさすられる。
 それが子供だましのように感じられて、リーゼロッテはクレメンスの胸に拳を振り下ろした。

「なにが大丈夫よ!そんな保障ないじゃない」

 ドンドンと力の限り胸を叩くと、痛くもないだろうにクレメンスの顔に苦味が走った。

「どうせ私死ぬんだわ、せいせいするわよね、手のかかる奴がいなくなって」
「リジー!」
「ッ」

 鋭く名前を呼ばれてひゅっと息を飲み込んだ。
 抱き上げられているせいで目の前にあるアメジスト色の瞳が、真剣な光りを湛えている。

「君が死んだら、僕も死ぬ。君一人にはしない」

 はっきりとした声だった。

「僕らはいつも一緒だっただろう?」

 柔らかく笑った幼馴染に、リーゼロッテはだらりとクレメンスの胸を叩いていた腕をおろした。

「なに、言ってるの」
「僕は本気だよ」

 声音でわかる。
 クレメンスの言葉に嘘偽りはないんだと。
 そのことに、じわじわと涙が出そうになるけれどぐいと手の甲で目元を拭って顔をそむけた。

「馬鹿じゃないの」
「馬鹿でいいよ」

 くすりと柔らかく笑う声。
 それに心が落ち着いていき、リーゼロッテはクレメンスの顔へと向き直った。

「こんな面倒な奴に何考えてるのよ」
「そんなことないよ。それに不謹慎だけど、出会った頃のリジーにまた会えた。それに出会う前の姿も」

 眉を下げて苦笑するけれど、どこか嬉し気に見える。
そんな嬉しそうな顔で言わないでほしいと思った。

「……ごめん八つ当たり」
「僕には当たっていいよ」

 抱えなおされて、夕食を食べに行こうと促される。

「その前に着替えなさい、風邪引くわよ」

いつもとは逆になる小言を言うと。

「そうだね」

 一瞬きょとんとしたあとに、クレメンスはおかしそうに小さく笑った。
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