野心家令嬢の幼馴染はオカン属性の過保護でした

やらぎはら響

文字の大きさ
26 / 31

26

しおりを挟む
朝食の席でクレメンスとティモシーが難しい話を顔を突き合わせてしているのを、リーゼロッテはスープをスプーンでくるくる混ぜながら何とはなしに聞いていた。
小難しい話はリーゼロッテにはわからないので、何となく食堂を見回すと人垣の向こうに食事をしているジュリアを見つけた。
友人はいないのか、一人で食事をしている。
昨日の閉じ込められたことや暴言を思い出すと、ムカムカと腹の内に不快感が渦巻いた。
 食事の手を止めてしまったリーゼロッテに、会話を止めたクレメンスが声をかけてくる。

「どうかした?」
「ちょっと食欲がなくなっただけよ」
「え!」

 リーゼロッテの言葉に、クレメンスが大げさと思えるような声を上げた。

「リジー、熱でもあるの?具合が悪いとか」

 すかさずサッと額に手をやられ、どういう扱いだと憤る。
 ティモシーの手前大丈夫だと言うだけですませたけれど、クレメンスがリーゼロッテの食い意地が張っていると思っていることがよくわかった。
 あながち間違ってはいないけれども。
 結局クレメンスがいらぬ心配をするので食事をすべて胃に収めた。
 食欲がなくなったなどと言っておいて、しっかり完食してしまったのだが。

「じゃあ図書室に行くけど、フラフラせずに部屋に帰るんだよ」
「わかってるわ」

 昨日の倉庫に閉じ込められたことを気にしているのだろう。
 大丈夫だとひらひらと手を振ると、クレメンスとティモシー二人の背中を見送った。
 今二人は後で補講を受ける代わりに授業を特別免除してもらっているらしい。
 リーゼロッテも同じくだ。
 後日補講かあとげんなりするけれど、下手したら死んでいる可能性もあるのだと思うと、無事に戻ったら甘んじて真面目に受けようなどと思っている。
 男子寮へ帰ろうと近道の中庭を突っ切っていると、歩幅が小さくなったせいで歩く距離が伸びたうえに。

「なんか歩きにくいな」

 幼い子供は頭の方が重いこともあり転ばないようにと思うと、歩くのが意外と難しい。

「昨日はそんなでもなかったのに……」

 確実に赤ん坊へと近づいている。
 そのことにリーゼロッテは小さな手を握りしめた。
 ドクドクと心臓が早鐘を打ち出したけれど、それを押さえるようにふうと長い深呼吸をした。

「風邪のひとつもひかないなんて、男性に付きまとう女は図太いのね」

 最近すっかり聞きなれた声に、リーゼロッテは嫌々振り返った。
 そこには思ったとうりジュリアが腕を組んでリーゼロッテを睥睨している。
 関わりたくないんだけどなと思っていると、ジュリアがくすりと笑った。

「あら、顔色が悪い。昨日のは堪えたのかしら?」
「そんなんじゃないわ」

 顔色が悪いのは閉じ込められたからではなく、呪いのせいだ。
 ジュリアに弱みを見せるなんて絶対に嫌だと思う。

「悪いけどクレメンスがすぐに助けに来てくれたから、問題なんてなかったわよ」

 言わない方がいいだろうとは思ったけれど、いい加減ストレスが溜まってきているのだ。
 ジュリアの前で猫をかぶる必要もない。
 皮肉気に笑みを浮かべると、ジュリアが唇を噛んだのがわかった。
 リーゼロッテの言葉と表情に、つかつかと目の前まで来るとジュリアはひゅっと右手を振り上げた。
 殴られる、と思ったのは勘違いだった。
 実際は魔法を使われた。
 ざくりと右頬をかまいたちのようなものが襲い、まろい頬に一筋傷をつけた。
 ちくりと痛みが走った瞬間、バサリとフィッシュボーンに編んであった髪が肩のあたりで切り裂さかれ、パサリと地面に落ちる。

「あの方にふさわしいのは私なの!王子付き候補になるほどの魔力と二属性の魔法、美しい外見。あんたなんか何も持ってないじゃない!もうあの方に近づかないで!この事言いつけたら、次は髪じゃすまないから!」

 言うだけ言って、ジュリアは苦みを含んだ表情のまま去ってしまった。
 残されたリーゼロッテは落ちた髪の毛の束を拾い上げて、小さく溜息を吐く。
 別にクレメンスに言う気はなかったので、髪を捨ててそのまま寮に戻った。
 クレメンスの部屋に戻って姿見を見ると、右頬は小さく血が滲んでいたがごしりと一度拭うと、リーゼロッテは手当する気にもなれずベッドの上に寝転んだ。

「婚約者候補、か」

 クレメンスに婚約者候補がいると知ってから、どうにもその事を考えるともやもやとする。
 実際に婚約しているわけでもないし、聞く限り釣り書きを送っても断られているらしいけれど。
 それでも胸の中がグルグルと渦のようなものを巻いて気持ち悪い。

「私って案外、クレメンスに依存してるのかな」

 考えてみれば自分にはクレメンス以外に特別親しくしている人物はいない。
 その事を考えると、ますます胸が気持ち悪くなった。

「私より先に結婚したら、承知しないんだから」

 ポツリと呟いて、目を閉じる。
 このベッドは小さな頃から慣れ親しんだクレメンスの匂いがする。
 それが今の不安定な状況でも、なんだか安心できてしまい変なのと思いながら、リーゼロッテは意識を手放した。
 それからどのくらい経っただろうか。
 ガシャーンと音がしてリーゼロッテは飛び起きた。

「え!なになに?」

 慌てて辺りを見回すと、部屋の入口に佇んだクレメンスの姿がある。

「なんだクレメンス……って、あー!それ私の昼食よね!」

 気を利かせて持ってきたらしいトレーや食事がクレメンスの足元に落ちているのを見て、リーゼロッテは目を剥いた。
 思わず叫んだが、大股で入ってきたクレメンスにガッと両頬を掴まれる。
 むぎっと変な声が出た。

「誰にやられた!」
「ひぇ」

 見た事のない剣幕で顔を覗き込んでくるクレメンスは、ギラギラとした眼差しだ。
 綺麗な顔に激怒を浮かべているので迫力が半端ない。
 しかしリーゼロッテはジュリアのことを言う気はなかった。

「リジー!」
「たいしたことじゃないし、言う気もないわ」

 キッパリと言い切ったリーゼロッテに、ぐっとクレメンスは顎を引いた。
 リーゼロッテが一度口にした事を曲げた事はない。
 問い詰めても言う気はないのだと気づき、リーゼロッテの頬から手を離してはあと溜息をついた。

「手当はさせてくれ」

 ふわりともう一度頬に触れてくる手を拒まずに、リーゼロッテは小さく目線をそらした。
 淡い光がぽうっとクレメンスの触れた部分に集まり、切れていた皮膚が塞がっていく。

「ありがと、あのさ」

 ハンカチのことが気になって口を開こうとしたけれど、今さら聞いても仕方ないし意味はないと自分の中で結論づけて、結局聞くのをやめた。

「リジー、言う気は……ないんだね」
「ないわ」

 もう一度だけ確認してきたクレメンスに、目をそらしたままリーゼロッテは肯定した。
(弱音は吐かない。他人に殺されたような人間なんだから、今日みたいにいつ何されるかわからない)
 クレメンスが自分を傷つける人間だとは思っていない。
 むしろ味方だと思う。
 それでも。

(信じられるのは自分だけよ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

前世では地味なOLだった私が、異世界転生したので今度こそ恋愛して結婚して見せます

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 異世界の伯爵令嬢として生まれたフィオーレ・アメリア。美しい容姿と温かな家族に恵まれ、何不自由なく過ごしていた。しかし、十歳のある日——彼女は突然、前世の記憶を取り戻す。 「私……交通事故で亡くなったはず……。」 前世では地味な容姿と控えめな性格のため、人付き合いを苦手とし、恋愛を経験することなく人生を終えた。しかし、今世では違う。ここでは幸せな人生を歩むために、彼女は決意する。 幼い頃から勉学に励み、運動にも力を入れるフィオーレ。社交界デビューを目指し、誰からも称賛される女性へと成長していく。そして迎えた初めての舞踏会——。 煌めく広間の中、彼女は一人の男に視線を奪われる。 漆黒の短髪、深いネイビーの瞳。凛とした立ち姿と鋭い眼差し——騎士団長、レオナード・ヴェルシウス。 その瞬間、世界が静止したように思えた。 彼の瞳もまた、フィオーレを捉えて離さない。 まるで、お互いが何かに気付いたかのように——。 これは運命なのか、それとも偶然か。 孤独な前世とは違い、今度こそ本当の愛を掴むことができるのか。 騎士団長との恋、社交界での人間関係、そして自ら切り開く未来——フィオーレの物語が、今始まる。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

処理中です...