野心家令嬢の幼馴染はオカン属性の過保護でした

やらぎはら響

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 そう思った瞬間。

「きゃあ!」

 いつまでたってもこない炎の感触とジュリアの悲鳴におそるおそる目を開ける。
 そこには、リーゼロッテのつけていたリボンが長くなり、髪から解かれて守るように彼女の周りをぐるりと包んでいた。

「これ、クレメンスの魔法?」

 リボンをくれたのはクレメンスだ。
 あの魔法使いなら、こんなこと朝飯前だろう。
 そしてジュリアの方を見ると、そこにはこちらに背中を向けたクレメンスが立っていた。
 リボンに弾き飛ばされたらしいジュリアは、地面に尻餅をついてカタカタと震えている。
 リボンがゆっくりと元の長さに戻りパサリと地面に落ちると、リーゼロッテはそっとそれを大切に手に取った。
 解かれた赤い髪が風になびく。
 のろのろとリボンに召喚されたらしいクレメンスを見上げたが、彼はこちらを振り向かない。

「リジーに以前怪我をさせたのはお前だな」

 ジュリアを問い詰める声は怜悧で、燃えるような怒りを含んでいる。
 そんな声を聞いて震えながらも、ジュリアはすがるようにクレメンスに近づいた。

「だって、わたし、あなたを愛して」
「そんなこと関係ない」

 え、とジュリアは声にならない声を発した。
 リーゼロッテもズールの腕の中にいるユリーアも、驚いてクレメンスに視線をやった。

「私はあなたの婚約者候補よ!」

 髪を振り乱すジュリアにクレメンスは冷たい眼差しを向けるばかりだ。

「どうでもいい、そんなもの僕は何度も断っている。リジーのために君を利用しようとしたけど浅はかだった。それは謝罪する」
「へ?どういうことよ」

 クレメンスの言葉にリーゼロッテは不思議そうに普段よりも大きく見える背中を見上げた。
 一瞬だけクレメンスが肩越しに振り向いたけれど、そこには苦笑を浮かべているだけだ。

「でもリジーにしたことは、到底許せない」
「ひぃっ」

 一歩クレメンスが踏み出すとバチリと大気が震えて黒い光が渦巻いた。
その光景にリーゼロッテは慌ててクレメンスにしがみついた。

「待って待って、怒りすぎ!魔力、暴走してんじゃないの!」
「してないさ」

 にべもない。

「とにかく落ち着いて」
「落ち着いてる」

 思わず嘘をつけと言いたくなった。
 しかしここで、はいそうですかとしたら、クレメンスがジュリアに何をするかわからない。

「魔法を静めなさい!」
「君に炎を向けた」
「あんたが守ったでしょ」
「……君に怪我をさせた」
「かすり傷よ」

 駄目押しとばかりにギュウと力いっぱい、着ているローブごとしがみつけば。
 バチバチと渦巻いていた黒い光が、さあっとはれた。
 そして、苦笑いを浮かべたクレメンスがリーゼロッテに振り返る。

「ずるいな君は。僕はリジーの言う事は拒否できないのに」

 それにほっと息を吐くと、クレメンスはリーゼロッテの手を離させて座り込んでいるジュリアの前にしゃがんだ。

「く、くれめんすさま」

 ガタガタと震えるジュリアを一瞥すると、ゴウっと炎がジュリアを襲った。
 事あるごとに自慢気にしていた長い髪が耳のあたりまで短く焼き切れる。

「リジーの髪を切った分だ」
「あ、ああ……」

 自慢であったのだろう髪の無残な切り口に何度もジュリアが指先で触れる。
 呆然自失のまま涙を零すと、力尽きたようにうなだれて微動だにしなくなった。
 その光景を見て、思わずリーゼロッテの口元がひきつる。
 あれだけ自慢していた髪だ。
 しかも好きな相手から切られるなんて、残酷なことこの上ない。
 しかしユリーアのことをハッと思い出し、振り返ると二人はあっけにとられたようにそこに佇んでいた。

「ちょっと!離れなさい」
「リジー、それより頬が腫れてる。治療するからこっち向いて。誰に殴られたの?」

 クレメンスの言葉に、あからさまにズールがビクついた。
 なんてわかりやすい。
 リーゼロッテがズカズカとズールの方へ向かえば、もれなくクレメンスがついてきたので、ひっと今の光景を見た男がユリーアから離れた。
 ささっとズールから離れたユリーアがリーゼロッテの方へと心配そうに眉を下げる。

「大丈夫?」
「あーうん」

 大丈夫もなにも現在進行形でクレメンスが勝手に頬を治療しているので、痛みも腫れもすぐに引いてしまった。

「ところでズール・ルーガル」
「ひぎっ」

 氷のように冷たいクレメンスの声に、ズールはカチカチと歯を鳴らしながら潰れたカエルのような声を出した。

「君のしたことはもうわかっている」
「え、どういうこと?」

 意味がわからない。
 確かにネックレスはズールが贈ったようだけれど、そういえば死ぬのは知らなかったなと小首を傾げる。

「……母だ」
「お母様が?」

 クレメンスの言葉に、ユリーアが真っ青になって呆然と呟いた。

「ウォルウィッシュ夫人がって、意味わかんない」
「婚約者候補を減らしたいと思ったついでに僕への嫌がらせにリジーを標的にした。君に何かあれば僕は一生後悔するから」
「嫌がらせって」

実の息子にそこまでするのかとリーゼロッテはクレメンスの背中を呆然と見た。

「ごめんねリジー。全部僕のせいだ」

 表情は見えないけれど、クレメンスが自分を責めているのはありありとわかった。

「あんたが謝ることじゃないわ!悪いのはあのおばさんよ!」

 侯爵夫人をおばさん呼ばわりはどうかと思ったけれど、リーゼロッテの本音だった。

「リジー……」

 眉をへにょりとさせたクレメンスがリーゼロッテに向き直る。
 さらにリーゼロッテが口を開こうとしたとき。
 ドクンッ

「ッ!」

 ドクリと胸が大きく鼓動を打った。
 刹那、リーゼロッテの体が小さくなっていく。

「リジー!」

 服に埋もれていく体をクレメンスが慌てて腕に抱えながら、空を見上げれば。

「くそっ」

 すでに月がのぼっていた。
 とうとう赤ん坊になった自分を腕に抱えるクレメンスを見上げて、リーゼロッテはぼんやりとその緑色の目でじっと見つめた。

(もうすぐお別れかあ)
「リジー、大丈夫だ。元にもどる方法ならわかったから」

 そう言ってネックレスに手を寄せたクレメンスの指を、ぷくぷくとした小さな手でリーゼロッテはきゅっと握った。

「リジー?」

 心配そうに覗き込むクレメンスの顔を見て、ぼんやり思う。
こうやって見たら男前だったのだなと不思議な気持ちだった。
綺麗な顔だとは思っていたけれど、男としては意識したことがなかったのだ。

(知らなかった……ううん、ちゃんと向き合ってなかったのね)

そう思うと、少し勿体ない時間だったなと思う。
けれどまあいいかとも思う。
どっちにしたってクレメンスの傍にずっといたのだから。

「あー」

 すでに言葉も話せなくなったリーゼロッテは、それでもにっこりと笑った。
 それに、クレメンスの顔が歪められる。
 それは今にも泣き出しそうで、リーゼロッテの初めて見る顔だった。
 クレメンスはそっとリーゼロッテの手から指を取り返すと、首にかかったままのネックレスにはめられている石へと指を滑らせた。
 真ん中の大きな赤い石。
 それをぐるりと囲む透明な石のなか、たった一つだけある黒い石にクレメンスが魔力を送り込んだのがわかった。
 すると、コロリと簡単にその石はネックレスから外れた

「リジーこれを飲み込んで」

 小さな石を口に持っていきふくませるが、リーゼロッテは懸命に飲み込もうとしても舌で転がるばかりだ。

「えぅ」
「リジー飲んでくれ」

 飲み込めず吐き出すリーゼロッテに、クレメンスがもう一度と石を口にふくませるが。
(いや、むりだわ)
 小さな喉には大きすぎて飲み込めず、もう一度吐き出してしまった。

「あぅー」

 無理だと首を振れば、クレメンスはその石を手のひらに乗せてパキリと魔法で小さく割ってしまった。
 それをぐいと自分の口に含むと、リーゼロッテに口づける。

「むーっ」
(なにしてるのあんたー!)

 いきなりの行動に思わず抗議の声を上げるが、クレメンスはリーゼロッテの小さな口を舌でこじ開けると、含んでいた宝石の欠片たちを喉の方へと押しやった。
 おかげでこくりとリーゼロッテの喉が動いて宝石の欠片を飲み込んだ。
 飲み込んだ瞬間、ふわりと赤ん坊のリーゼロッテの体が淡い光りに包まれてゆっくりと元の少女の姿へと大きくなっていく。
 クレメンスの腕の中でリーゼロッテが目を開けると、そこには十五歳の自分の体があった。

「クレメンス!やったあ」
「り、りじー!これを!」

 思わず幼馴染に抱き着こうとしたら、真っ赤な顔のクレメンスに頭からローブをかぶせられた。

「うわっなにもう」

 突然の行動に自分を見下ろすと見事に素っ裸で、着ていた服は右足に申し訳程度にからまっていた。

「あああありがと」
「う、うん」

 動揺してローブの前を掻き合わせ慌てて立ち上がると、クレメンスもぎくしゃくと動きながら立ち上がった。

(好きだと自覚した途端に裸見られるとか……)

 ズーンと落ち込んでいると。

「やあ、戻ったようだね」

 声をかけられて振り向けば、そこには走ってきたらしいティモシーがわずかに肩で息をしていた。

「まったく急に消えるんだからな」
「申し訳ありません、緊急事態だったものですか」

 苦笑するティモシーに、まだうっすら頬の赤いクレメンスが澄まして答える。
 ローブをまとっているリーゼロッテの方を見ると、ティモシーはああと頷いた。

「無事に元に戻ってよかった。クレメンスの必死さが間に合ったね」
「必死?クレメンスが?そりゃ心配はしてくれたけど」

 首をひねるリーゼロッテだが、それを無視してクレメンスはあっけにとられて佇んでいた二人に視線を向けた。
 ユリーアとズールだ。
 その視線に気づいたリーゼロッテが、ユリーアの手を引っ張って彼女を自分の方へ引き寄せた。
 まだ驚きで目を丸くしているユリーアに。

「さっき助けてくれて、ありがとう」

 少し気恥ずかしそうに礼を言った。
 ズールの方はクレメンスやユリーアへと目線をふらふらと彷徨わせている。

「ぼ、ぼくは、ただユリーアさんを王妃にしようと」
「どうして、そんなに私を」

 震える声で呟いたユリーアに、ズールは声を張り上げた。

「き、君は女神だ!君ほどの人が王妃にならなくてどうするんだ!僕はその姿さえ見れればそれでよかったのに」

 悲痛気に叫ぶズールを、しかしここにいる者は誰も同情することはない。

「だからウォルウィッシュ夫人と手を組んだのか」
「お母様……」

 ティモシーの言葉に、今度こそユリーアの体が小刻みに震えだした。
 思わずリーゼロッテはその背中に手を当ててやる。

「殿下に確認してもらった。魔法宮の宝物庫の門番を母が誘惑してお前に指示したんだろう。随分とずさんな計画だったみたいで、すぐに調べはついた。大方父の書斎でも漁ってネックレスのことを知ったんだろうな」
「う……あ……」

あえぐズールにティモシーが肩をすくめて見せた。

「リーゼロッテ嬢を戻す方法を探すのとウォルウィッシュ夫人の拘束を同時にしたから骨が折れたよ」
「母はユリーアを王妃にしたがっていたからな。贅沢好きの浅はかな母らしい考えだ。そのついでに僕への嫌がらせも兼ねていたんだろう」

 吐き捨てるクレメンスに、ズールがはくはくと口を開けたり閉じたりしているが、なんと声を出していいかわからないようだった。

「お母様、どうして」

 両手で顔を覆ったユリーアの背中をリーゼロッテが優しくさする。
 ズールは震えながらもユリーアの方へ一歩踏み出した。

「仕方なかったんだ、君のためを思って。だってウォルウィッシュ夫人はユリーアさんが王妃になりたがってると何度も手紙の返事をくれて……」
「そんなこと一言も言ったことないわ!手紙だっていつも受け取らずに送り返すように指示してた」

 金色の髪を振り乱して頭を振るユリーアに、ズールは完全に拒絶されたと打ちのめされて呆然とその場に立ち尽くした。
 ふうとクレメンスが息を吐くと。

「殿下、魔法宮の宝物庫から物が持ち出された件については?」
「内々に処理する。色仕掛けに負けて宝物庫の物が持ち出されたなんて醜聞にも程がある。管理問題を追及されるからな。二人も他言しないように」

 ティモシーがリーゼロッテとユリーアを見やったので、二人はこくこくと頷いた。

「なるほど」

 ティモシーの言葉にこちらも頷きながらズールから視線を外さないクレメンスに、穏便にとリーゼロッテが言いかけたが。

「うわああ」

 ズールが丸い体がいきなり宙に浮き上がった。

「リジーを殴った分だ」

 バンと勢いよくズールの体が床に叩きつけられる。
 思わずひえとリーゼロッテは口の中で声を上げていた。
 衝撃に目を回して気絶したらしいズールを冷たく見やるクレメンスに、リーゼロッテはがくりとうなだれティモシーが肩をすくめた。

「まあ、どうせ後で処理されるんだから、このくらいはいいだろう」

 ティモシーが笑ってちらりとリーゼロッテを見たことに「いいんだ……」と遠い目をしてしまいそうになった。

「でも、元にもどってよかったよ」

 嬉しそうに笑うクレメンスに。

「ありがとう」

 リーゼロッテはくすりと笑って見せた。
 アメジスト色の瞳が安心したように細められる。
 そのあとはクレメンスとティモシーが片付けると言ったので、お言葉に甘えてユリーアを部屋まで送るとリーゼロッテは久しぶりの自室に戻った。
 湯浴みをしてナイトドレスに着替えたリーゼロッテは袖をまくって、しげしげと自分の右腕を見る。
 そこにはつぼみも花もなにもない。

「大変だったなあ」

 ぽふりとベッドに倒れ込むと、短くなった髪がシーツに散る。
 ちらりと机の方を見れば、その上には自分を守ってくれたペールグリーンのリボンが置いてある。

「クレメンスのことが好き、ねえ」

 さきほど気づいたばかりの気持ちを再確認するように唇から零せば、途端に顔がほわんと赤くなった。

「ちょっまずいまずい!前世でも好きな人とかいなかったのに!」

 ひゃーっと顔を両手で覆って足をばたつかせた。
 しかも。

「ジュリアに色々とやきもち焼いてたって事でしょ!はっずかしー!」

 原因のわからない体調の変化がすべてやきもちだったのだと、自覚をしたあとは気づいてしまった。
 ちなみにキスは衝撃すぎて曖昧な記憶しかないので、心の平穏のためにこのまま忘れておく。
 そしてはたと我に返る。

「これって告白すべき?」

 思わずベッドに仰向けになって腕を組んだ。

「いやでも幼馴染として大事にされてるんなら、もうよくない?」 

 そうだ。
 前世でも今生でも学んだではないか。
 すぎた欲は身を亡ぼす。

「将来の安泰は消えたけど、この結末も案外悪くはないわね」

 もうすっかりリーゼロッテはティモシーの婚約者になるつもりはない。
 万が一選ばれても辞退するつもりだ。

「前世の私よりは、断然幸せだもの
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