毒が効くまで長すぎる

ねね

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8 死体を弄る

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 首なし死体の中に入って、夜空を飛ぶ私。
 腕の中には生きた人間の青年。

 たいへん愉快な状況である。

 空には、プラネタリウムみたいな凄い星。

 こんな明るい夜空を飛ぶのは生まれて初めてで、自然と気分も上がる。

 え、首なし死体の中にいるのに景色が見えてる理由?

 はみ出しているからです。死体から霧の体をちょっとはみ出させて、見たり聞いたりしております。

 そうして上機嫌でルンルン飛んでいると、やがて青年が話しかけてきた。

 《東に飛べるか?
  領主のお館に行きたいんだが。》

 何て言ってるんだろう?
 私は返事が出来ません、残念ながら。

 こちらが無反応のままでいると、青年は腕で方向を指し示した。

 《あっちに行きたい。》

 はいはい伝わりましたよ~。右むけー右。

 進行方向を変えると、青年の緊張が目に見えて緩んだ。話が通じて安心したようだ。

 そりゃそうだよね、黙りこくった死体に拉致されたら怖いよね。

 おまけに、下手に暴れて落とされたら即死しそうなこの高さ。彼にとっては恐怖する要因しかない。

 私が彼を助けたことは、理解されているのだろうか?

 せめてこちらに悪意がないってことくらい、伝えたいものだけど。

 ほら、この死体って頭がないから口もないじゃない。取って食う気はないのよ、わかって~。

 しばらく飛ぶと、青年が再び腕で地上を指し示した。

 《あすこに降ろして欲しい。》

 遠くに小さく建物が見える。
 オーケー、あすこに行きたいのね。

 青年が指さした建物は、断崖絶壁の岩山の上にぽつんと建っていた。

 立派なお屋敷だけど、仙人の家みたい。

 岩山の斜面は、足で登れるような角度にはとても見えない。入ろうと思ったら、上から縄で吊り上げるしかなさそうだ。

 交通の便が悪すぎる。
 まあ、私は問題ないけどね。

 上空から、館の裏手辺りに降り立つ。
 目立つ玄関先は避けました。

 青年を地面に立たせてやると、再び言葉を掛けられる。

 《ありがとう。助かったよ。
  俺の言葉はわかるか?》

 穏やかな声である。
 良かった。私、そこまで恐怖されてない。

 【この言葉は?わかる?】

 『言葉はわかりますか?』

 {言葉はわかりますか?}

 音の調子が違う、複数の言葉。これは、コミュニケーションを図られているのだろうか。

 ええと、応えたいのはヤマヤマなんだけど。私にわかる言葉なんて、多分ないだろうに。

 「言葉はわかりますか?」

 !!わかる!

 何それ、今の言葉わかった!

 日本語じゃない、英語でもない、知ってる言葉じゃないのに理解できる。

 何でわかるのかはわからないけど、今重要なのはそこじゃない。

 ああ、お返事しなくちゃ!

 頭が欲しい、口が欲しい。
 ええい、無いなら作っちゃえ。

 私は、青い霧。大きさも形も思いのまま。

 こんなの初めてだけど、私が入った死体ごと、形を変えてみせる!

 死体の内側から、謎の気圧(?)をかけて変容する。ゴブゴブと肉を溶かし、骨を溶かし、内臓を組み換えてーー、

 骨も肉も内臓も、脳ミソまで偽造する。

 できた。いやあ、私ってこんなことできるんだな。知らなかったよ。

 そもそも死体に入ろうとか、今まで思ったこともなかったからな。

 瞼を開けると、2つの目から世界が見えた。自分の低い鼻や茶色い癖毛が視界に入る。

 懐かしい。体のモデルは、前世の自分だ。この体なら、知ってる感覚を再現できるから。

 どうせならもっと美人にしたいんだけどね。残念ながら、他の顔を上手く作れる自信がない。

 慣れない顔にして、不自然に見えるだけならまだしも、死んで見えたら困ってしまう。

 美醜よりも、生きた人間に見えるかどうかがまずは大切なポイントだ。

 体が変わると服のサイズも合わない。ついでに服や靴も作り変えよう。

 肉も服も、同じ要領で作り変えられるはず。

 変質させてやる~。
 目指せ、カーディガンにスカート、革靴。

 できた。ザ・平凡な日本女性の完成。

 さあ、お返事しよう。口は上手に動くかな?

 「わ、か、る」

 わーい、昔の私の声だ!

 ……あ、しまった。

 この体のご遺族の方、ゴメンね?もう元の形にもどすの無理かもだわ。だいたい私、この死体の人の顔とか知らないし。

 やっちゃったなあ。

 ハイ、自覚しました。
 死体弄るの、結構楽しかった。

 私はもう、立派なモンスターでございます。

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