鏡の向こうは妖の星 ―忘却の花嫁 ―

蒼空光

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12.黎鏡門

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「ああ申し訳ありませんお客様、生憎本日は臨時休業でして……」
「……お前、わざとやってんのか。俺だ」

 バッチリ目が合った状態で、しれっとそんな事を宣う正樹に和葉は苦笑いを浮かべて答えた。

「わかってるって。刺青だらけの柄の悪い兄ちゃんに見えたからよ」
「……何だそれ」
「まあまあ……。しかし封印受けたってのは本当だったんだな。どう見ても人にしか見えなかった」

 まじまじと見つめる正樹の視線に、少々居心地が悪くなる。親父といい、正樹といい、どうしてこうも皆同じ反応をするのか。

「まあ、座れよ。何か出そうか?赤い宝石は残念ながら売り切れだけど」
「いや、構わない」
「……そうか」

 僅かに目を細めた正樹が、肩に掛けていたリュックに視線を向けている。

「それ、持って行くのか」

 目敏く気付いた視線の先は、リュックの口から覗いていたぬいぐるみの耳。小さなリュックには全身が入り切らず、そのまま持って来たのだ。

「俺の分身だ」
「分身…?お前の柄じゃねえな。第一全然似てないぞ。顔の系統が違うし」
「顔の系統ってなんだよ……別に俺に似てるとは言ってない」

 何故か大真面目に聞き返す正樹に、苦笑いを浮かべて和葉は答えた。
 これが愛琉だったら。ぬいぐるみを持っている姿を見られた日には、似合わねーなんて爆笑されるのが目に見えている。

「親父さんから話は聞いてる。案内するからついて来てくれ」
「……わかった」
「の、前にちょっと失礼」

 カウンターの中でしゃがみ、ゴソゴソと何かを探しているようだ。暫くして、あったあったと正樹が取り出したのは、ランタンと小さな黒箱だった。

「それは?」
「ああ、今から行く場所に必要なものだ。普段は、誰の目にもつかないようにしまってる」

 灯りが必要なのは地下だから、で説明がつきそうだ。だが同じ場所から取り出された小さな黒箱の中が気になった。

「じゃあ、行くか」
「……ああ」

 ランタンに灯りを灯した正樹が、店を出て行く。後について歩いていると、先程の疑問の答えは直ぐに明らかになった。
 店の裏側は、少し開けた場所になっていた。一歩足を踏み入れると、急に空気の密度が濃くなった。微かに空気が震えている。

ーーーこの下、だな。

聳える山の横に、出入り口のようなものがある。そこを塞ぐように黒い格子で厳重に施錠されていた。よく見ると、その横に等間隔に複数の鍵穴が付いていた。

「正樹、その箱……」
「ああ、あの入り口の鍵だ」
「一つじゃないんだな」

 黒箱を開く正樹の横から中を覗くと、黒い小さな鍵が五本入っていた。全て形が違うものだった。

「最近物騒でな、勝手に鍵壊して、入ろうとする輩が後を絶たない。……で、防犯の為にこれを付けたって訳」
「その鍵は、優真さんの力を借りて?」
「そうだ。封印術でも良いんだが、ここを開けるたびに態々来てもらうのも申し訳ないから」

 手が悴みそうな空気の中、正樹は一つずつパズルを合わせる様に鍵を開けていく。この向こうに、ブループラネットへ繋がる鏡穴がある。それにしても、随分とおかしな場所に開いたものだ。見つけた者は骨が折れただろう。

「よし、空いたぞ。……かなり暗いから、足元に気をつけろよ」

 正樹が黒い格子状の扉をスライドさせ、数メートルも進むと、周囲は黒一色に塗りつぶされた。一歩進むたびに視界が無くなり、音が闇に溶けるように消えていく。
 その中を、まるで見えているかのようにスタスタ歩いていく正樹。背を見失いそうになり、慌てて歩くスピードを上げた。

「あれが……」

 少し歩くと今度は少しずつ、周囲が明るくなってきた。空気の震える気配が、強くなった。

「ああ。……あの光の先に黎鏡門(れいきょうもん)がある」
「れい……きょうもん?」
「俺の一族ではそう呼んでる。触れてはならない神聖な場所……そういう意味があるそうだ」

 初めて聞いた言葉は聞き流せず、頭の片隅に引っかかった。感じたのは小さな違和感だ。歩きながら正樹に聞いてみる。

「……矛盾してないか?」
「ああ、そうなんだよ。守る立場でありながら、ここは今の俺たちにとっては生命線。触れてはならない、なんて今更出来ないことだ。笑っちまうよな」

 明るくなって来て気付いたのは、今歩いて来た通路の幅だ。大型の台車が通れるようにごく最近、掘り広げられた形跡がある。原初の鏡穴から、施錠されていた出入り口まで続いているようだ。
 ブループラネットから運ばれてくる積荷を、一度に運ぶ為なのだろう。

「でな、ここを通るたびに考えるんだよ。もし黎鏡門を作り出した者がいるなら、何のために作ったんだろう、って」
「……何者かが意図して作り出した、と?」
「自然発生したとは思えないんだよな。この星には、本来存在しないもの……オーパーツみたいなもんだと俺は思ってる」

 随分と哲学的な事を言い出した正樹の言葉に、足が止まった。
 一理ある、と妙に納得してしまった。

「何考えてたんだろうな。もしそれが本当なら」
「さあな……そこまではわからん。ただ、後悔してるとは思う。俺だったら、こんなもの作らなきゃ良かった、って思うから」

 呟いた正樹の言葉が刺さるようだった。筋は通っている。物事の裏を読む鋭さは、生まれ持った商いの才、か。

「どうした?急に立ち止まって。もう直ぐだからな。ちゃんと着いて来いよ」

 振り返った正樹は、心底不思議そうな顔をしている。……全部無意識か。思わず口を滑らせそうになった。自分が言ったことをただの空想、軽口と思っている節がある。
 だが、その多くは確信を突いている。正樹に気付かされた事も、今まで幾度となくあった。

ーーー何と言うか、こう……。

「勿体無いな……お前」
「うん……?何が?」
「……何でも無い」

 それ以上の話はやめておいた。何だよ……と呟きながら正樹は再び歩き始めた。暫く緩やかな下り坂を下ると、頭の中で微かな音が鳴った。キィインと空気を裂くような高周波音が反響する。

「着いたぞ」

 青白い光が満ちている空間の前で、正樹は足を止めた。周囲の地質と明らかに異なる物質で出来た台座の上に、大きな空間の裂け目が開いていた。

「……変わってないな」
「そっか……和葉はここ通った事あったんだよな」
「ああ、二十五年前だ」

 一度だけ、親父とここを通った記憶がある。ブループラネットとの交流に、立ち会ってくれと言われたためだ。結局のところ、これを最後にブループラネットとの接点はない。
 その後、血液提供の契約を結ぶ迄の交渉は、親父が一人で行なったのだ。

「俺たちが空腹に頭を悩ませる事が無くなったのも、和葉と親父さんのお陰……ってことだ」
「……俺は何もしてない。その場に居ただけだ」
「何言ってんだ。正規ルートでブループラネットに行った、って事が充分すごいんだ」

 ポンと肩を叩かれる。正樹にそう言われると、そう思えてくるような気がした。

「見送り、愛琉も呼んだ方が良かったか?」
「……良いよ。アイツやかましいからな……行く前から疲れそうだ」
「それは同感だな。アイツが聞いたら『ひっでえ!』て拗ねてるぞ」

 その姿が正樹の言葉だけで想像出来て、張り詰めた空気が一瞬緩んだ。台座の階段を一歩ずつ登ると、澄んだ湖面の様な鏡面が大きく揺らぎ、白く眩い光を放ち始めた。
 振り返ると、正樹と目が合った。

「じゃあな和葉。帰って来たら、また飲みに来いよ」
「ああ、行ってくる」

 手を上げて、鏡穴の中に一歩踏み込んだ。まるで水の中に入ったような抵抗を感じた。
 ぐっ、と身体ごと引っ張り込まれる感覚のあと、白い光に包まれる。

ーーー懐かしいな。

 吸い込まれる、という感覚とは違う……とても暖かい、なんとも言えない感情に包まれているような気がした。


ーーーーー


溢れ出した白い光に、思わず目を閉じた。

次に目を開けた時、和葉の姿は消えていた。

 黎鏡門の鏡面は、何も無かったかのように、青く澄んだ穏やかな水面に戻っている。

「……見つかると良いな」

静かな声が静寂に溶けて、消えた。

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