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Side:蓮
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朝の光が、ブラインドのすき間から机の上に落ちていた。
俺は目を細めながら、指先でカメラをなぞる。机の上には、現像した写真が何枚も並んでいた。
桜の笑顔、放送室、夕陽のグラウンド。
どれも光が優しく滲んでいる。
画面の片隅に、自分の影が写っているのを見つけて、俺はふと息を止めた。
――あのとき、確かに撮りたかったのは、この瞬間だったのかもしれない。
引き出しから、古いメモリーカードを取り出す。パソコンに差し込むと、昔のフォルダが開いた。
『sumire』
その文字をクリックする。
庭で笑う小さな妹。白いワンピースが風に揺れて、光が髪に降り注ぐ。
次の写真は、病室の窓辺。最後の一枚は、少しピントがぶれていた。
でも、笑っていた。涙の跡が光に溶けていた。
俺は息を吐いた。
「もう、消えない」
画面の横に並ぶのは、桜の写真。
あの日、夕暮れの道で撮った一枚。風に髪が揺れて、光を背にして笑っている。
その笑顔が、すみれの笑顔と重なる。けれど違うのは――そこに『今』があること。
カメラを手に取り、レンズをのぞく。光が差し込む。指先が、自然にシャッターを押していた。
パシャ。
それは祈りの音だった。すみれの笑顔も、桜の笑顔も、どちらももう消えないと、そう思えた。
春の午後。
放送室の窓から差し込む光が、ゆっくりと空気を満たしていく。カーテンが風にふくらみ、そのたびに室内の埃が金色に舞った。遠くでチャイムが鳴って、時間が少しだけ止まった気がした。
桜が、カメラの前で笑っている。
窓際の光の中で、制服のリボンが小さく揺れた。頬に触れる光が柔らかくて、彼女の輪郭が淡く溶けていく。まるで、春そのものが、ひとりの人間の形をして立っているみたいだった。
――シャッターを押したい。
それだけだった。理由なんて、もうどこにもなかった。撮らなければ、たぶんこの光は消えてしまう。二度と戻らない季節の中で、彼女だけが、いまを生きている。
桜がこちらを見た。
光の粒を目に映して、少しだけ首をかしげる。「どうしたの?」と、唇が動く。
その仕草が、胸の奥に静かに沈んでいく。喉が熱くなる。息を吸う音すら、慎重に扱わなければ壊れてしまいそうだった。
レンズをのぞく。ピントの先で、桜の瞳が光を受けている。その中に、自分の姿が小さく映っているのが見えた。
世界が、ゆっくりと静まっていく。風の音も、廊下の足音も、全部遠くに溶けた。残ったのは、光と、桜と、息の音だけ。
「――桜」
名前を呼んだ。その瞬間、桜が笑った。一瞬だったのに、永遠みたいに感じた。それは演技でも、記録でもない。
――ただ、生きている笑顔。
シャッターを切った。
パシャ。
光がはじけた。
レンズ越しに見える世界が、ゆっくりと、白に溶けていく。桜の笑顔だけが残って、やがて、それも光の中に溶けた。
指先に、温かいものが残っている。ファインダーを外すと、そこには、もうカメラではなく、自分の目で見る彼女がいた。
風が吹いた。桜の花びらが舞い、光の粒がその間を漂う。
彼女の髪がわずかに揺れて、頬に触れた花びらがするりと落ちる。その軌跡までも、愛おしかった。
――ああ、やっと撮れた。
声にはならない言葉が、胸の奥で響く。
すみれの笑顔と、桜の笑顔。どちらも、自分の中でやっとひとつになった気がした。
彼女がこちらを見て、柔らかく微笑む。
「撮れた?」
唇の動きでそう読めた。俺は、カメラを下ろしながら、静かにうなずく。
「うん。撮れた」
桜の花びらが、彼女と自分の間を流れる。
それはまるで、ひとつの季節が通り過ぎていくようだった。光が揺れ、風が笑う。
世界が、ゆっくりと春の色に染まっていった。
俺は目を細めながら、指先でカメラをなぞる。机の上には、現像した写真が何枚も並んでいた。
桜の笑顔、放送室、夕陽のグラウンド。
どれも光が優しく滲んでいる。
画面の片隅に、自分の影が写っているのを見つけて、俺はふと息を止めた。
――あのとき、確かに撮りたかったのは、この瞬間だったのかもしれない。
引き出しから、古いメモリーカードを取り出す。パソコンに差し込むと、昔のフォルダが開いた。
『sumire』
その文字をクリックする。
庭で笑う小さな妹。白いワンピースが風に揺れて、光が髪に降り注ぐ。
次の写真は、病室の窓辺。最後の一枚は、少しピントがぶれていた。
でも、笑っていた。涙の跡が光に溶けていた。
俺は息を吐いた。
「もう、消えない」
画面の横に並ぶのは、桜の写真。
あの日、夕暮れの道で撮った一枚。風に髪が揺れて、光を背にして笑っている。
その笑顔が、すみれの笑顔と重なる。けれど違うのは――そこに『今』があること。
カメラを手に取り、レンズをのぞく。光が差し込む。指先が、自然にシャッターを押していた。
パシャ。
それは祈りの音だった。すみれの笑顔も、桜の笑顔も、どちらももう消えないと、そう思えた。
春の午後。
放送室の窓から差し込む光が、ゆっくりと空気を満たしていく。カーテンが風にふくらみ、そのたびに室内の埃が金色に舞った。遠くでチャイムが鳴って、時間が少しだけ止まった気がした。
桜が、カメラの前で笑っている。
窓際の光の中で、制服のリボンが小さく揺れた。頬に触れる光が柔らかくて、彼女の輪郭が淡く溶けていく。まるで、春そのものが、ひとりの人間の形をして立っているみたいだった。
――シャッターを押したい。
それだけだった。理由なんて、もうどこにもなかった。撮らなければ、たぶんこの光は消えてしまう。二度と戻らない季節の中で、彼女だけが、いまを生きている。
桜がこちらを見た。
光の粒を目に映して、少しだけ首をかしげる。「どうしたの?」と、唇が動く。
その仕草が、胸の奥に静かに沈んでいく。喉が熱くなる。息を吸う音すら、慎重に扱わなければ壊れてしまいそうだった。
レンズをのぞく。ピントの先で、桜の瞳が光を受けている。その中に、自分の姿が小さく映っているのが見えた。
世界が、ゆっくりと静まっていく。風の音も、廊下の足音も、全部遠くに溶けた。残ったのは、光と、桜と、息の音だけ。
「――桜」
名前を呼んだ。その瞬間、桜が笑った。一瞬だったのに、永遠みたいに感じた。それは演技でも、記録でもない。
――ただ、生きている笑顔。
シャッターを切った。
パシャ。
光がはじけた。
レンズ越しに見える世界が、ゆっくりと、白に溶けていく。桜の笑顔だけが残って、やがて、それも光の中に溶けた。
指先に、温かいものが残っている。ファインダーを外すと、そこには、もうカメラではなく、自分の目で見る彼女がいた。
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彼女の髪がわずかに揺れて、頬に触れた花びらがするりと落ちる。その軌跡までも、愛おしかった。
――ああ、やっと撮れた。
声にはならない言葉が、胸の奥で響く。
すみれの笑顔と、桜の笑顔。どちらも、自分の中でやっとひとつになった気がした。
彼女がこちらを見て、柔らかく微笑む。
「撮れた?」
唇の動きでそう読めた。俺は、カメラを下ろしながら、静かにうなずく。
「うん。撮れた」
桜の花びらが、彼女と自分の間を流れる。
それはまるで、ひとつの季節が通り過ぎていくようだった。光が揺れ、風が笑う。
世界が、ゆっくりと春の色に染まっていった。
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