アスカニア大陸戦記 黒衣の剣士と氷の魔女

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第三章 中核都市エームスハーヴェン

第四十八話 外患誘致

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--中核都市 エームスハーヴェン 領主の城

 エームスハーヴェン領主ヨーカン・エームスハーヴェンは、領主の城の謁見の間で謁見していた。

 謁見の間には領主の他に、隣国カスパニア王国の騎士風の二人と、鎧を着た細身の男、軍服の丸眼鏡の男が居る。

 細身の男が領主を指差して口を開く。

「領主。この街の近くで私の部隊が襲撃を受けた。一体、どういうことだ?」

 領主のヨーカンは、細身の男を睨みつけて答える。

「知らんな。街の周囲に群れている傭兵団の仕業じゃないのか?」

 細身の男が詰め寄る。

「フザけるな! 小隊規模の連中だ。こちらのゴブリン五体と食人鬼オーガ二体がやられた」

 ヨーカンは、怪訝な顔をする。

「傭兵団ならともかく、小隊規模でゴブリン五体と食人鬼オーガ二体を倒したというのか?」

 細身の男は腕を組むと、ヨーカンを睨み、凄んで答える。

「そうだ。、かなりの手練だ」

 細身の男は、人間ではなかった。

 褐色の肌に尖った耳。意匠を凝らしたミスリルの鎧を身に付け、レイピアを腰から下げている。

 ダークエルフの魔法騎士、シグマ・アイゼナハトであった。

 ヨーカンはそっぽを向いて、シグマに答える。

「知らん。カスパニアの騎士団ではないのか?」

 いきなり話を振られたカスパニア王国の騎士風の二人が相次いで口を開く。

「我が軍は、まだ越境していない。我々ではないぞ」

「王太子殿下のおっしゃるとおりです。我々は預かり知らぬこと」

 カスパニア王国の王太子カロカロと、カスパニア王国王立騎士団の騎士レイドリックであった。

 シグマは尚も食い下がる。

「黒い剣士ジカイラが率いる小隊規模の部隊だ」

 黒い剣士という単語に軍服の丸眼鏡の男が反応する。

「ほう? 黒い剣士ジカイラですか?」

 シグマは、丸眼鏡の男の方を見る。

「知っているのか?」

 骸骨のように痩せた軍服の丸眼鏡の男は、細い目を更に細めて語る。

「ヒヒヒ。その黒い剣士は、かなりの手練ですよ。私どもは、些か因縁がありましてね」

 軍服の丸眼鏡の男は、革命党秘密警察のアキ少佐であった。

 ヨーカンが便乗して口を開く。

「確か、秘密警察本部に乗り込んで、叩き潰したのが『黒い剣士ジカイラ』ではなかったか?」

「領主は良く、ご存知で」

 不快感を顕にして、アキ少佐がヨーカンを睨みつける。

 シグマが口を開く。

「ほう? 『アスカニアの死の影』と呼ばれた秘密警察の本部を潰したのか。黒い剣士ジカイラ。少しは名が通った剣士のようだな」

 アキ少佐は、部屋の柱にもたれ掛かると、吐き捨てるように呟く。

「黒い剣士ジカイラ。何のことはない。そいつは『皇帝の犬』ですよ」

「「皇帝!?」」

 皇帝という単語に反応して、謁見の間にいる全員の目付きが変わり、空気が張り詰める。

 シグマが周囲を見渡して口を開く。

「貴様ら・・・。まさか、裏切った訳ではあるまいな?」

 領主のヨーカンが答える。

「裏切る? 誰が? 何を? 我々は『共通の利害』で一致しているに過ぎない。勘違いするな」

 ヨーカンが続ける。

「それに、我々、港湾自治都市群が仲介して、新大陸に居る貴様らダークエルフの部族からハンガンの実を輸入して、人間の奴隷を輸出しているのだぞ? むしろ感謝して貰いたいな」

 カスパニア王国の王太子カロカロも便乗して口を開く。

「海上貿易は、全てバレンシュテット帝国の帝国海軍ライヒス・マリーネが仕切っており、新大陸と港湾自治都市群は直接貿易できない。だから、我々、カスパニア王国が船を出し、我が国を経由して新大陸と貿易しているのだろう? それを忘れて貰っては困るな」

 フンと鼻を鳴らして、シグマが見下した視線を周囲に放つ。

「そのとおりだ。だが、舐めた真似をすると、またガレアスの大艦隊を送り込むぞ?」

 凄むシグマに、アキ少佐は皮肉たっぷりに言い返す。

「先のガレアスの大艦隊は、皇帝が率いた小隊に壊滅させられたようですがね」

 皮肉を言われたシグマは、アキ少佐を睨み付け、皮肉を言い返す。 

「その皇帝に国を追われたのが貴様ら秘密警察だろう? 皇帝は百万人の軍勢を動員して、既に二つの中核都市を制圧し、直轄都市にしたと聞く。次は、この街や貴様らではないのか?」

 カスパニア王国の王太子カロカロと、カスパニア王国王立騎士団の騎士レイドリックが動揺を見せる。

 王太子カロカロが口を開く。

「ひゃ、百万人だと!? それは、このアスカニア大陸で『列強』と呼ばれる我が王国総兵力の五倍以上の大軍勢だぞ!? 一桁、間違っているのではないか??」

 狼狽える王太子カロカロに対して、シグマが呆れたように言い放つ。

「だったら、自分達で調べたら良い」

 カスパニア王国王立騎士団の騎士レイドリックが苦々しく話す。

「バレンシュテット帝国と我がカスパニア王国は、峻険な山脈を挟んで位置しており、軍勢が通れる街道での接点は二つしか無い。北の交易公路と、このエームスハーヴェンを経由する北西街道だけだ。バレンシュテット帝国軍が百万人の大軍勢を動員して我が王国と事を構えるならば、海と山に挟まれたこのエームスハーヴェンを経由する北西街道ではなく、北の交易公路を使うだろう」




 過去、バレンシュテット帝国とカスパニア王国は、幾度となく国境紛争を繰り返したことがあった。

 その国境紛争は、ほぼ全て北の交易公路で行われていた。

 バレンシュテット帝国の北部国境は、帝国竜騎兵団と古代エンシェント・ドラゴンシュタインベルガーが守護しており、カスパニア王国は一度も勝った事が無かった。

 エームスハーヴェンは、帝国領ではあるものの、港湾自治都市群を称して中立を保ち、国境紛争とは無縁であった。

 



 シグマは人間達に背を向けると、謁見の間の出入り口に向けて歩き出す。

 シグマは、立ち止まると口を開く。

「貴様らとの取引は継続する。我々、ダークエルフは、好きにやらせて貰う。もっとも、我々に貴様達の許可など必要無いがな」

 乾いた笑い声を上げながら、シグマは謁見の間から立ち去って行った。



 程なく、秘密警察のアキ少佐も口を開く。

「私も失礼させて貰いますよ。とばっちりは御免被る。ヒヒヒヒヒ」

 そう言うとアキ少佐も、謁見の間から立ち去って行った。



 王太子カロカロが領主のヨーカンに話し掛ける。

「よもや、我々の密約を忘れた訳ではあるまいな?」

 ヨーカンが答える。

「覚えていますよ。『バレンシュテット帝国とカスパニア王国が戦端を開く時には、このエームスハーヴェンは開城してカスパニア王国軍を帝国領へ通過させる』と」

 王太子カロカロは、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。

「そのとおりだ」
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