アスカニア大陸戦記 皇子二人(Ⅲ) 世界大戦

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第四章 聖戦

第八十六話 トラキア離宮とトゥエルブブルクの対応

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-- 翌日。トラキア離宮

 フェリシアは、ジークの腕の中で目覚める。

 昨夜、ジークとの閨事の後、フェリシアはジークに抱かれ腕枕されたまま、眠りに就いていた。

 まだ日が昇る前であり、フェリシアは目線だけで薄暗い周囲を見回す。

 傍らではジークが深い眠りに就いていた。

 フェリシアは眠っているジークの横顔を眺める。

 ジークの美しく端正な顔立ちにフェリシアはひと時の間、魅入ると、そっとジークの顔に掛かる前髪を避ける。

 昨夜、愛し合った余韻に浸りながらフェリシアは、再び眠りに就いた。

 

 ジークは何時もの時間に目覚めると、傍らで穏やかな寝息を立てるフェリシアを起こさないようにそっと床から出る。

 控室に行き身支度を整えると、執務室へと向かった。

 


-- 昼前。

 ジークがアストリッドと共に執務室で政務に勤しんでいると、士官がジークの元を訪れる。

「殿下。お耳に入れておきたいことが」

「なんだ?」

「物見からの報告によると、南のメフメト王国で動きがあったようです。・・・何やら、兵を集めているとのことで」

「ほう? ・・・あのような小国が??」

「はい。如何致しましょうか?」

 ジークは、少し考える素振りを見せる。

「杞憂かもしれないが、警戒を怠るな。間者の数を増やして動向を探れ」

「はっ!!」

 ジークは、世界地図を眺めながら考えを巡らせる。

(まさか、常備軍五千ほどの小国でしかないメフメト王国が、我がバレンシュテット帝国に攻め込んで来ることは、あり得ないだろう・・・)


 
 だが、ジークの杞憂は、違った形で現実のものとなる。




-- 二日後。

 ジーク達の居るトラキア離宮に、南の国境から伝令が駆け込んで来る。

 伝令は、士官達と侍従によってハリッシュ夫妻と共にジークの執務室まで目通りすると、息を荒げたままジークに報告する。

「殿下、一大事です! 南のメフメト王国にソユット帝国の軍勢が上陸しました! その数、およそ十万!!」

 伝令からの報告を聞いた、その場に居た士官達が口々に呟く。

「十万の軍勢が上陸しただと・・・!?」

「ソユット帝国? 聞いた事が無い。・・・いったい、何処の国だ??」

 士官の一人が世界地図上のソユット帝国を指差す。

「大陸の東南端から、わざわざ南大洋を渡って来たのか」

 ハリッシュが解説する。

「ソユットは、はるか東にある凶暴な軍事国家で、ヴェネト共和国と南大洋の覇権を争っています。北部同盟に与しており、唯一神を信奉する狂信者国家と言っても過言ではありません。小国であるメフメト王国が降伏するのも時間の問題でしょう」

 ジークは、嘆息混じりに呟く。

「メフメトの占領で満足して、引き下がるような国ではないか・・・」

 ハリッシュが答える。

「はい」

 ジークは決断する。

「帝都に報告する。列強と事を構える事になれば、父上の裁可と助力を仰ぐ必要がある。トラキア諸侯の軍勢にも招集を掛けろ!」

「畏まりました」

 侍従と士官達が深々と頭を下げる。

 ハリッシュが口を開く。

「ジーク。トラキア諸侯の軍勢は、戦力としては二級です。先のトラキア戦役での戦災から、まだ立ち直っていません。兵力を集めても二万人程でしょう。ソユット帝国十万の軍勢を相手にするには、兵力不足です」

 ハリッシュが続ける。

「それと、東部方面軍を率いるヒマジン伯爵にも連絡した方が良いでしょう。東部方面軍の帝国機甲兵団ならば、ここまですぐに来れるはずです」

 ハリッシュの進言にジークは頷く。

「なるほど・・・。ハリッシュ導師のおっしゃる通りだ。そうするとしよう」

 ジークは、二通の羊皮紙に一筆したためると、帝都のラインハルトとトゥエルブブルクのヒマジン伯爵にフクロウ便で知らせを出した。







-- ヒマジン伯爵領 州都 トゥエルブブルク 

 バレンシュテット帝国本土の東端。

 帝国本土とトラキアの境に連なるトラキア山脈の切れ目、交易行路の上にその街はあった。

 街の東西に巨大な城門を配する重厚で強固な城塞都市であり、帝国東部方面軍と帝国機甲兵団が司令部を置く、帝国本土の東の守りの要であった。

 ヒマジン伯爵は、マナーハウスの自室でジークからのフクロウ便を受け取り、羊皮紙の報告書に目を通す。

 ヒマジンは、短く舌打ちする。

「・・・チッ。タイミングが悪いな」

 傍らに居る副官のロックス大佐が尋ねる。

「伯爵。どうしました?」

「トラキアの南のメフメト王国が、列強のソユット帝国に占領された。・・・現在のトラキアの状況だと、ソユット帝国は、間違いなくトラキアにも攻め込んで来るだろう」

「でしょうね。トラキア戦役から、まだ一年ほどです。トラキアの軍は、完全に立ち直っているとは言い難い。ソユット帝国がトラキアに攻め込んで来る可能性は高いと思われます」

 ヒマジンは、渋い顔をする。

「ここからジークの居る州都ツァンダレイに援軍を送ろうにも、虎の子の大型輸送飛空艇は、エリシスの南部方面軍を乗せて、空中都市に居る。呼び戻すにしても、時間が掛かる。・・・すぐに派遣できる援軍は、飛行戦艦四隻と飛行空母四隻くらいか」

 ロックスは、吐息を交えて答える。

「飛行戦艦四隻と飛行空母四隻。・・・それで充分でしょう。荒れ果てているトラキアなど捨てて、ツァンダレイのトラキア離宮から、皇太子殿下の御一家を飛行空母に乗せて、ここトゥエルブブルクに戻れば良いのです」

 ヒマジンが尋ねる。

「ジークが帝国領となったトラキアを放棄して、ここに来ると思うか?」

 ロックスがしたり顔で答える。

「私なら、トラキアなど捨てて、このトゥエルブブルクまで一旦、引きますね。ここ、トゥエルブブルクは、天然の要害であり難攻不落の要塞です。帝国建国以来七百年、一度も蛮族の侵入を許した事はありません。・・・それに比べ、トラキアは荒れ地が続く平坦な地形です。敵を遮るものがありません。・・・敵に国境を突破され、一度でも守勢に回る事になれば、国境からツァンダレイまで一気に攻め込まれます」

 ヒマジンは、苦笑いしながら呟く。

「オレも同じ意見だ。ロックス。・・・とりあえず、ジークには、飛行戦艦四隻と飛行空母四隻を援軍に送ると伝える。そして、アストリッドに『ジークを説得して、ここに連れて来い』と伝えるよ」
 
 ロックスが頷く。

「それが良いでしょう」




 ヒマジン伯爵もジークと同様に、二通の羊皮紙に一筆したためると、トラキア離宮のジークとアストリッドにフクロウ便で知らせを出した。
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