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領主と女中の誕生日1
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「おはよう、マリア」
「……おはよう、ございます」
目が覚めたらロアの顔が見下ろしていて、マリアは何が起こっているのか把握できずにいた。
ここはマリアの自室で、カーテン越しに覗く窓の外の空はまだ暗く、早朝だ。
「……どうしてここに?」
マリアはベッドの上でむくりと上体を起こす。
「やだな、昨日言ったじゃない。今日はマリアの誕生日だから、私がマリアの従者をやるって。家事も全部私がするから、今日はゆっくりしていてね」
起き抜けでぼんやりしていたマリアの意識が段々鮮明になってくる。
昨日の夕食時、葡萄酒を飲みながらロアが確かにそう言っていたのを思い出した。
「あれ、本気だったんですか……?」
てっきり酔いが回って冗談を言っているのだと思っていた。
「勿論。
『お嬢様』、本日のお召し物はこちらです」
まるで執事のように恭しく礼をして、ロアは背後のハンガーを手で示した。
「……?」
いつの間に用意していたのだろう。
そこには程よくフリルのきいた可愛らしい白のブラウスと、涼しげな藍色のレーススカートが掛けられていた。
「それは……」
「マリアに似合うかなと思ってこっそり購入していた洋服だよ。私のお古じゃないから、バストサイズも多分ぴったりのはず」
「最後の一言は要らなかったと思います」
しまった、とロアは口を押えた。
マリアは半ば呆れつつ、やれやれと首を振る。
「そのお洋服を着たら本当に私は一日雑務が出来なくなりますが」
炊事をして白いブラウスを汚すわけにはいかないし、スカートも、いつもの給仕服のワンピースより丈が短いので、窓ふきの際など、高いところにも登りにくい。
「いいからいいから、今日は1日好きなことをしていてよ。マリアは何がしたいかな」
「とりあえずお掃除をしないと落ち着かないのですが」
「それ以外で!」
「……では部屋で武器を磨いておきます。最近出来ていなかったので」
「えぇ……」
ロアは大層がっかりした顔をした。
マリアは思わず腕を組む。
「もう、貴女は私に何を求めているのですか」
「せっかくだから普段出来ないことをしてほしいな。隣町に行って羽根を伸ばしてきても良いんだよ? 新しく出来た大型商店、いろいろ面白いお店が入ってるから」
「ひとりで行ってもつまらないでしょう……」
言ってしまってから、マリアは思わず頬をかいた。
一方、ロアは瞳を輝かせる。
「あの、じゃあ、一緒に出かけてもいい?」
** *
ボルドウから馬車で小1時間の距離にあるマルーンは、近年急速に発展しだした小都市だ。
この町の発展は、数年前に東西を結ぶ鉄道の中継駅がここに設けられたことが大きい。
一方で大都市バーガンのベッドタウンとしても人口が増え続けており、近年は都会風のお洒落な飲食店、商業施設などの進出が激しくなっている。
「いやぁ、ボルドウの若者がこの街に流れるのも無理はないよね。雲泥の差だもの」
「のんきに笑っていないで少しは対策を考えてはいかがですか」
「マリアは手厳しいね。なかなか頭の痛いところなんだよ」
ロアは人目を引く赤い長髪を結い上げて、つばの広い帽子をかぶりそれを隠している。彼女の格好はいたってラフで、白いシャツに細身のパンツスタイルだが、もともとスタイルが良いのでただそれだけでも目立つのは皮肉な話だ。
一方マリアは、いつもは完全に結い上げる栗色の髪を半分下ろし、今朝ロアに贈られたばかりの洋服を身にまとっている。無粋なのであえてマリアは聞かなかったが、生地の肌触りも良く、レースの縫製もしっかりしていて、高価なものであることは確かだった。
いつもロングスカートを愛用しているので、着用してすぐはひざ丈のスカートに落ち着かず似合っているのか不安だったが、ロアの照れたような表情と、御者の「お洋服、とてもお似合いですよ」という言葉にとりあえずは安堵を得た状態だ。
ただ、ひとつ気になるのは。
「ねえロア」
「なにかな」
「馬車に乗ったときからずっとそわそわしていませんか。
目が泳いでいるというか」
「え、そうかな」
隣を歩くロアの様子が少しおかしいのだ。
朝からマリアの部屋に忍び込んでいた時点で確かにおかしかったが、マリアがこの洋服に袖を通してからは余計に、言葉も宙に浮いているというか。
「何か隠し事でも? それとも身体の具合が悪いとか?」
マリアはロアの腕をつかみ、歩を止め、ロアの顔をじっと見上げた。
「違う違う」
ロアはぱっと視線を逸らす。
「ほら、また目を逸らす」
「ちがっ、あのね、ごめん、直視できなくて」
は? とマリアは眉をひそめる。
「想像以上に似合ってて、いや、似合うようにと思って買ったから当然なんだけど、はまりすぎてて、うん、いや、まいったな」
「……あの?」
「つまりマリアがとっても可愛くて落ち着かないんだよね! ごめんね!」
「!?」
真っ赤な顔のロアは同じく真っ赤になったマリアの手を引き、前へ前へと歩き出した。
「……おはよう、ございます」
目が覚めたらロアの顔が見下ろしていて、マリアは何が起こっているのか把握できずにいた。
ここはマリアの自室で、カーテン越しに覗く窓の外の空はまだ暗く、早朝だ。
「……どうしてここに?」
マリアはベッドの上でむくりと上体を起こす。
「やだな、昨日言ったじゃない。今日はマリアの誕生日だから、私がマリアの従者をやるって。家事も全部私がするから、今日はゆっくりしていてね」
起き抜けでぼんやりしていたマリアの意識が段々鮮明になってくる。
昨日の夕食時、葡萄酒を飲みながらロアが確かにそう言っていたのを思い出した。
「あれ、本気だったんですか……?」
てっきり酔いが回って冗談を言っているのだと思っていた。
「勿論。
『お嬢様』、本日のお召し物はこちらです」
まるで執事のように恭しく礼をして、ロアは背後のハンガーを手で示した。
「……?」
いつの間に用意していたのだろう。
そこには程よくフリルのきいた可愛らしい白のブラウスと、涼しげな藍色のレーススカートが掛けられていた。
「それは……」
「マリアに似合うかなと思ってこっそり購入していた洋服だよ。私のお古じゃないから、バストサイズも多分ぴったりのはず」
「最後の一言は要らなかったと思います」
しまった、とロアは口を押えた。
マリアは半ば呆れつつ、やれやれと首を振る。
「そのお洋服を着たら本当に私は一日雑務が出来なくなりますが」
炊事をして白いブラウスを汚すわけにはいかないし、スカートも、いつもの給仕服のワンピースより丈が短いので、窓ふきの際など、高いところにも登りにくい。
「いいからいいから、今日は1日好きなことをしていてよ。マリアは何がしたいかな」
「とりあえずお掃除をしないと落ち着かないのですが」
「それ以外で!」
「……では部屋で武器を磨いておきます。最近出来ていなかったので」
「えぇ……」
ロアは大層がっかりした顔をした。
マリアは思わず腕を組む。
「もう、貴女は私に何を求めているのですか」
「せっかくだから普段出来ないことをしてほしいな。隣町に行って羽根を伸ばしてきても良いんだよ? 新しく出来た大型商店、いろいろ面白いお店が入ってるから」
「ひとりで行ってもつまらないでしょう……」
言ってしまってから、マリアは思わず頬をかいた。
一方、ロアは瞳を輝かせる。
「あの、じゃあ、一緒に出かけてもいい?」
** *
ボルドウから馬車で小1時間の距離にあるマルーンは、近年急速に発展しだした小都市だ。
この町の発展は、数年前に東西を結ぶ鉄道の中継駅がここに設けられたことが大きい。
一方で大都市バーガンのベッドタウンとしても人口が増え続けており、近年は都会風のお洒落な飲食店、商業施設などの進出が激しくなっている。
「いやぁ、ボルドウの若者がこの街に流れるのも無理はないよね。雲泥の差だもの」
「のんきに笑っていないで少しは対策を考えてはいかがですか」
「マリアは手厳しいね。なかなか頭の痛いところなんだよ」
ロアは人目を引く赤い長髪を結い上げて、つばの広い帽子をかぶりそれを隠している。彼女の格好はいたってラフで、白いシャツに細身のパンツスタイルだが、もともとスタイルが良いのでただそれだけでも目立つのは皮肉な話だ。
一方マリアは、いつもは完全に結い上げる栗色の髪を半分下ろし、今朝ロアに贈られたばかりの洋服を身にまとっている。無粋なのであえてマリアは聞かなかったが、生地の肌触りも良く、レースの縫製もしっかりしていて、高価なものであることは確かだった。
いつもロングスカートを愛用しているので、着用してすぐはひざ丈のスカートに落ち着かず似合っているのか不安だったが、ロアの照れたような表情と、御者の「お洋服、とてもお似合いですよ」という言葉にとりあえずは安堵を得た状態だ。
ただ、ひとつ気になるのは。
「ねえロア」
「なにかな」
「馬車に乗ったときからずっとそわそわしていませんか。
目が泳いでいるというか」
「え、そうかな」
隣を歩くロアの様子が少しおかしいのだ。
朝からマリアの部屋に忍び込んでいた時点で確かにおかしかったが、マリアがこの洋服に袖を通してからは余計に、言葉も宙に浮いているというか。
「何か隠し事でも? それとも身体の具合が悪いとか?」
マリアはロアの腕をつかみ、歩を止め、ロアの顔をじっと見上げた。
「違う違う」
ロアはぱっと視線を逸らす。
「ほら、また目を逸らす」
「ちがっ、あのね、ごめん、直視できなくて」
は? とマリアは眉をひそめる。
「想像以上に似合ってて、いや、似合うようにと思って買ったから当然なんだけど、はまりすぎてて、うん、いや、まいったな」
「……あの?」
「つまりマリアがとっても可愛くて落ち着かないんだよね! ごめんね!」
「!?」
真っ赤な顔のロアは同じく真っ赤になったマリアの手を引き、前へ前へと歩き出した。
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