春の噂

帆村仁

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新聞部

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 我が中学は伝統的に部活動が盛んだ。数多くの体育会系、文化系の部活動が存在し、同好会まである。しかし、そんな中でも我が友人が所属する新聞部は廃部の危機に瀕していた。この春めでたく部員が一名になり、いよいよ存亡が危ぶまれる新聞部。
 その新聞部の部室の前に僕は立っていた。ドアをノックすると部屋の中から「うーい」というなんとも気だるそうな返事が返ってきた。
 ドアを開けると、机の上でなにやら書き物をしている人物が僕のことを眠たげな眼で見上げてきた。
「よお、何やってるんだ?」
「よお、佐藤。何って記事書いてんだよ」
 目の前にいるこいつは鈴木浩太。弱小新聞部の最後のエースにして僕の友人だ。中学三年生の平均よりも背は低く、童顔。それが本人のコンプレックスになっていることを僕は知っている。毎日せっせと牛乳を飲んでいることも。以前、牛乳は本当に身長を伸ばすことに繋がるのかという疑問を呈したら、
「効くに決まってんだろ!」
 と、顔を真っ赤にして抗議してきたことを覚えている。
 そんな鈴木だが僕と違って決して女子にモテないわけではない。むしろ一部の女子には絶大な人気があるそうで、僕は鈴木のことを密かに恨めしく思っていたのだ。
「なんだよ、佐藤。入部希望?」
 鈴木が目をらんらんとさせ、聞いてきた。期待されている。
「いや、ごめん。違うんだ」
 僕の言葉を聞いて、鈴木はあからさまに落胆した。
「たのむよお。佐藤。入ってくれよお」
 懇願されてしまった。しかし中学三年間帰宅部に徹した僕がいまさら部活動というわけにもいかないだろう。
「じゃあ、なんの用なんだよ。こう見えても俺、暇じゃないんだけど」
「実はちょっと事件があって」
「なに!事件?聞かせろ」
 鈴木は事件という言葉に弱い。新聞部員の性だろうか。ジャーナリスト精神に溢れているやつなのだ。こいつのこういったところを知っているから、僕はここに来たのである。
「実はさっき内館くんに脅された」
 鈴木は目を丸くさせると、しばらくして腕を組んでなにやら考えて僕に言った。
「なるほど。あの噂のせいか。五十嵐薫がお前と付き合っているという」
「ビンゴ」
「ははあ。内館くんも五十嵐薫の熱烈なファンだということは俺の耳にも届いているよ。なるほどねえ。それで、五十嵐薫と付き合っているのかって脅されたんだろ」
 こいつは相変わらず鋭い。こういったところも頼りになるところだ。
「それで、明日までに付き合っていないという証拠をもってこいと言われた」
「はは。お前も難儀な男だねえ」
 鈴木は朗らかに笑った。こいつが笑ってくれたおかげでなんだか気持が軽くなった。さっきまで僕は緊張しっぱなしだったのだ。僕は鈴木に言った。
「どうにも困ってるんだ。助けてくれ」
「いいよ。でも報酬は?」
 友達に報酬を要求するのか。しかたがない。
「日出屋のラーメン一杯」
「だめ。弱い」
「半チャーハンつき。餃子もつける」
「まだ弱いなあ。というか佐藤、お前鈍感だなあ」
「なに?」
「我が新聞部に入部しろ。佐藤。それなら助けてやる」
 痛いところを突かれた。しかし、やむをえないか。
「部活動は夏くらいまでだよな」
「一応、普通の部活はそうだが。我が新聞部は伝統的に三年生も一年めいっぱい活動する。それに今年は新入部員を獲得しなければいけないし。忙しいぞ」
「うえ……」
「さあ、どうする?佐藤。お前の運命の分かれ道だ」
 とてつもなく面倒なことと思われた。しかし、ここはしかたない。あの内館くんの華麗な右ストレートにノックダウンされるのならば、まだ新聞部に入ったほうがましだ。
「わかったよ。入部する」
「よし!」
 鈴木は思い切りガッツポーズをした。心底うれしそうだ。しかし、僕の心は暗かった。内館くんに脅されたあげく、新聞部に入部するはめになってしまった。今日は厄日だ。
「そうと決まれば。捜査開始だな」
 鈴木が意気揚々と言った。
「捜査って、なにから始めるんだ?」
「まずは噂の出所を探そう」
「で?どうするの?」
「こういうのは頭で考えていてもしかたがない。とにかく足をつかって情報を得るんだ」
 そう言うと佐藤はメモを片手に、部室を出て行った。僕も後に続く。
 廊下に出た。二人で歩く。僕は鈴木に尋ねた。
「どこへ行くんだ?」
「俺の友達のところ。女子なんだけど、こういうのに詳しいからさ。かくいう俺もあの噂はそいつから聞いたんだ。そいつに聞けばなにか分かるかもしれない」
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