春の噂

帆村仁

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真実

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 僕たち三人は自販機でジュースを買い体育館そばの階段で話あった。
「つまり五十嵐本人がこのメールの送り主ってことだ」
 鈴木が缶コーヒーをすすりながらそう言った。
「つまり、どゆこと?」
 大倉さんは口を開けたまま、鈴木に尋ねた。ミルクセーキの缶はまだ開けられていない。
「俺もわからん。なんでまたわざわざ自分を窮地に陥れるようなことをしたのか」
「うーん」
 僕も腕を組んで考える。が、なにも思い浮かばない。いったいどういう神経をしているんだ?五十嵐薫っていうやつは。僕は俄然、五十嵐の本心が気になりだした。
 時計を見ると、時刻は五時を回ろうとしていた。
「ところで、私気になることが一つあるんだけど」
 大倉さんが口を開いた。
「なんだ?」
「私のメアドを五十嵐さんに教えた人間のこと」
「ああ、そういえばそうか」
 五十嵐薫が大倉さんに件のメールを送ったわけだから、大倉さんのメアドを五十嵐薫に教えた人間がいる。それは確かなことだった。
「で、私心あたりがあるんだけど。二人とも付き合ってくれない?」
 僕たちは了承して、大倉さんの後に続いた。

 僕たちは弓道場に来ていた。中を覗くと、部活はもう終ったらしく数人の部員が雑巾かけを行っていた。大倉さんがその中からある人物を見つけて声をかけた。
「椎名!」
 呼ばれた女子生徒は袴姿がよく似合っていた。雑巾を絞りなおすと、彼女は僕たちのもとに小走りに駆けよってきた。
「なに?」
 彼女は大倉さんのことを見つめると小首を傾げた。
「なに?じゃないわよ。あんた、私のメアド勝手に他の人に教えたでしょ。それも五十嵐薫に」
「う……」
 椎名さんは小さく呻いた。これほどわかりやすい反応をする人間もめずらしい。ほぼ白状しているといっても過言ではない。
「なぜ、それを」
「ま、いろいろあってね。でも椎名、私に断りもなくメアドを教えるなんてよくないんじゃない?」
「ごめんなさい」
「わかればよろしい。で?どういうわけなの」
 椎名さんは僕たちに事の次第を話した。
 ある日、部活が終わって帰宅しようとしていた椎名さんのところへ五十嵐薫がこそこそと近寄って来たっそうだ。そして彼女は椎名さんに「大倉真由のメアド知ってるでしょ。教えてくれない?」と言ってきたそうだ。五十嵐薫の目にはなにか真剣な光が宿っていたという。それを見た椎名さんは五十嵐薫に黙って大倉さんのメアドを教えてしまったそうだ。
「椎名。あんたねえ」
 大倉さんはおおきなため息をついた。彼女は呆れているようだった。
「ごめんなさい。でも、なんか薫、すごい真剣だったから。私も何も言えなくて」
 そう言うと、椎名さんはうつむいてしまった。鈴木が口を開いた。
「なにか最近五十嵐の様子っておかしくなかった?」
「うん。あのね。佐々木理子って子がいるんだけど。彼女は薫と大の親友でさ。その理子が、いきなり学校にも部活にも出なくなっちゃったんだよ」
 鈴木は黙った。
「それで?」
 大倉さんが先を促した。
「それからかなあ。なんだか練習にも身が入らないみたいで。いっつも上の空っていうか。私たちも心配しまくってて。顧問の先生も心配して声をかけたんだけど、なんかその時薫がすごい剣幕で顧問の先生を睨んでさ。怖かったよ。なにがなにやらさっぱり」
「ふーん」
 僕は考えた。どうもその佐々木理子って子が関係しているらしい。でも、それ以上のことはなにも分からない。
「これはもう、本人に直接聞いてみるしかないんじゃない?」
 大倉さんが僕のことを見て言った。
「本人って」
「メアドなら、もう手に入れてるでしょ。それ使えば呼び出せるよ」
「そうか」
 僕は鈴木からメモを貸してもらい、五十嵐薫の携帯にメールを送ることにした。しかし、どういう文面のメールを打てばいいだろう。僕が長考していると、大倉さんが僕から携帯を奪い取った。
「ええい。じれったいわね。ほら。これでいいでしょ」
 大倉さんは勝手にいじると僕に携帯を渡してきた。僕は携帯の液晶画面を見た。

《俺は佐藤。犯人はお前だな。六時に駅前の公園に来い》

 滅茶苦茶な文面だった。果たしてこれで五十嵐薫を呼び出せるのかどうか疑問だ。
「二人とも一緒に来てくれるよな?」
 僕は鈴木と大倉さんの顔を交互に見た。しかし二人は難色を示した。
「ごめん。私これから塾あるんだよね」
 大倉さんは言った。続いて鈴木が、
「俺も用事あるからパス」
 と、言った。なんて薄情な奴らなんだ。ここまで来て、気にならないのか。
「すっごく気になるけど、ごめんね。明日話聞かせて」
 大倉さんは胸の前で手を合わせて謝ってきた。
「じゃ、がんばれよな」
 鈴木が我関せずと言った顔で言う。
 結局僕たちは校門で解散することになった。

 待ち合わせ(と言っても、こちらが勝手に呼びつけたわけだが)の公園に向かって歩いていた。
日が落ちて、あたりはすっかり暗くなっていた。その道すがら、僕は五十嵐薫のことについて考えていた。
 五十嵐薫。弓道部のエース。学校のマドンナ。校内にファン多数。そんな彼女がわざわざ自分の不利になるような噂を自分で流した。なんのために?
 椎名さんの話によると、佐々木理子が学校に来なくなってから、五十嵐の様子はおかしくなったという。それが今回の一件と関係しているような気がする。
 弓道部には厳粛な恋愛禁止の掟があるらしい。それを破れば最悪退部。もしかして佐々木理子はその掟を破ったのではないか?そのせいで退部することになった。
 だんだん考えがまとまってきた気がする。僕のことを困らせていたこの件の全貌が明らかになってきたような気がする。

 公園についた。六時まであと五分。ちょうどいい時間に到着した。
 外灯の光に虫が呼び寄せられている。
 僕は少し緊張していた。これから学校一のマドンナと対面するかもしれないのだ。しかもあんなメールを送った本人と。自然と気持ちが引き締まる。
 六時ちょうど。僕に向かって歩いてくる人影が現れた。
 五十嵐薫は、パーカーにスニーカーといういでたちで現れた。なるほど、近くで見ると、彼女は間違いなく美少女だった。
「こんばんは」
 五十嵐が素っ気なく僕に声をかけた。
 僕は舌をなめ、くちびるをしめらせた。
「単刀直入な話になるけど、あの噂を流したのは君だね?」
「……」
 風が五十嵐の肩まである黒髪を揺らしていた。五十嵐はしばらく沈黙を守ったが、僕のことを見据えると口を開いた
「ばれちゃったみたいね。どうして分かったの?」
 彼女はそう言うと、僕に訊いてきた。
「内館くん知ってるだろ?彼に脅されて、僕に関する変な噂が立ってるって知った。それで友達に協力してもらって色々調べていくうちに、君が噂を流した張本人だという結論に達した」
「ふーん。たいした行動力と推理力ね」
 彼女はどこか遠くを見るような素振りを見せた。
「どうしてあんなことを?」
 自分なりの考えはまとまっていたが、あえて僕は訊いてみた。
「さあね」
 五十嵐はそっぽを向いた。しらじらしい。五十嵐ってこんな高慢ちきな性格だったのか。僕は密かに気を落とした。顔は美人でも性格がアレでは、どうしようもない。五十嵐のこんな一面を見たら、ファンの連中も幻滅するに違いない。もっとも五十嵐のこういう部分に惹かれている人間もいるかもしれないが。
 僕はなるべく気を強く持って、五十嵐に言った。
「佐々木理子だろ」
 五十嵐の肩が微かに上下した。
「佐々木理子が退部したから君はこんな行動に出た」
 五十嵐が僕のことをきつく睨んでくる。僕は少し動揺したが、なるべく表情に出ないようにした。
「佐々木理子は男と付き合っているという噂で退部した。恋愛禁止という掟を破ったからだ。君はそれをとても理不尽なことだと思った。だから自分に対しても同様の噂を流すことにした。そうすれば君も退部の処分が下されるかもしれない。しかし君は弓道部のエースだ。そんな君が退部になれば、弓道部も顧問も大変困る。だから結果として、恋愛禁止の掟を無くすことができるかもしれないと考えた。違うか?」
 僕は一気に言った。我ながらよく噛まずに喋れたと思う。
 相対する五十嵐は僕の目を見据えたまま佇んでいる。
 強く凛とした姿。どこまでも自分の意思は曲げないという姿勢が垣間見えた。
 強い風が吹き、木を揺らす。桜の花はもうすっかり落ちていた。
「でも君は間違えた。結局君も部を退くことになった」
「それは違う。ただの謹慎処分よ」
「そうだとしても、君はやりすぎた。こうして僕という人間を巻き込み。僕の友人を巻き込み、大倉さんも利用して、自分の思惑を遂行しようとした」
 僕は五十嵐のことを睨んだ。自分で言ってるうちにだんだん怒りが増してきた。
 そうだ。僕は被害者だ。どうしようもなく、巻き込まれた。
「それは……悪いと思ってる」
 五十嵐は僕に言った。
「でも、それじゃ、私は泣き寝入りするしかなかったって言うの?あんな理不尽に屈しろって?」
 五十嵐が一歩前に前進して言ってきた。
「たしかに恋愛禁止なんて時代錯誤だと思うよ」
「そうでしょ。そう思うでしょ」
「でも、決まりは決まりだ。そもそも、そんなこと部にいた君が一番よくわっていただろう?」
「それは……」
 五十嵐は口ごもった。
「どんなに理不尽に思えても、そこに掟があるなら守らなくちゃいけない。それが嫌なら辞めればいい」
 僕は少し言いすぎかもしれないと思ったが、思ったことを言葉にした。ここまではっきり自分の考えを口にしたことは、今までの人生の中ではじめてのことだったかもしれない。
 五十嵐はうつむいたまま、何も話そうとしない。
「ちょっと何か飲みながら話さないか?」
 僕は五十嵐にそう提案した。五十嵐は静かに一度頷いた。
 自販機でコーヒーを二本買うと、僕はベンチに座っている五十嵐に一本手渡した。
「コーヒーでよかったか?」
「うん。苦手だけど」
「それはすまなかった」
 僕は缶の口を開け、一口飲むと、五十嵐に言った。
「さっき君は謹慎処分になったって言ってたけど、佐々木理子は?」
「退部処分。そのあと、学校にも来てない」
「でもおかしくないか?ただの噂で退部とは。君が謹慎処分なのに対して、佐々木理子は退部。どうにも辻褄があわないと思うんだが」
「理子は噂のせいで退部したんじゃないってこと?」
「僕はそう思ってる。自分で辞めたんじゃないかな。それか……」
「そんなことない!だって理子は部の中でも一番熱心に練習に取り組んでたんだ。レギュラーとるために必死だったんだ。私は近くで見てきたから、それをよくわかってる」
「いくら親友でも知らないことはあるだろう。君は絶対佐々木理子の全部を知ってると言えるか?それと同じように君は佐々木理子に自分の全てを見せてると言えるか?」
「でも私は親友だから」
「親友だからこそ言えないことっていうのもあるだろ」
 彼女は口をつぐんだ。おそらく高校生のカップルが僕たちの前を通り過ぎた。はたから見ると僕たちもカップルに見えなくもないのではないか。しかし、実際には違うのだ。
「連絡はしたのか?佐々木理子と」
「連絡、とれない。メール送っても返信来ないし、電話にも出ない」
「そうか……」
 僕の頭に一つの考えが浮かんだ。でも、それは五十嵐にとって残酷な事実になるだろう。確信も持てない。今は言葉にするのはやめようと思った。
「今日はこのくらいにしておこう。明日、内館くんにはっきり僕と君は付き合っていないと言ってほしい。お願いできるね?」
「うん……」
 僕と五十嵐は分かれた。
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