【完結?】見えない瞳で得たものは―精霊姫の妹と召使の姉―

おうさとじん

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 「マリー!マリー!僕のマリー!」
 再会は、凱旋パレードの前日、カトリーヌに連れられた別荘で行われた。
 「ジルベール、おかえりなさい」
 強く抱きすくめられた。マリアンナは何とか腕を出し、ジルベールの顔を両手で撫でる。
 「うん、相変わらず整っているわ」
 記憶に照らし合わせて顔の輪郭をなぞる。目元に溜まった涙が零れ落ちたのがわかった。
 「君は前より輝いているね。金髪も素敵だったけれど、なんて綺麗な銀髪だろう。まるで月の女神みたいだ。瞳は前よりも淡く光るような琥珀色だね、とても……、とても綺麗だ」
 語尾が震えていた。
 「ありがとうジル。周りからの評判もとてもいいの。最近はモテ過ぎてしまって困っているのよ」
 冗談めかして話しているが、儚げな印象の強くなったマリアンナは色彩が変わったその理由も含め商店街の男女問わずみんなの保護欲を誘うようで、前にも増して皆が気にかけてくれるようになっていた。
 「僕の奥さんが民衆に愛されているのは嬉しいけどね、君に一番の幸せを齎すのは僕でなくては!」
 「もちろん、あなただわ。私を幸せにしてくれるのはあなた。そして、あなたを幸せにするのは私」
 「そうだねマリー!一緒に幸せになろう。あぁ、今更だけど、約束を果たすよ」
 一度、ジルベールが鼻を啜る。その後に咳払いを一つ。跪いてマリアンナの両手を包む。その手におでこを当て、キスも一つ。マリアンナには見えては居ないが、ジルベールのその瞳は、しっかりと彼女の琥珀色の瞳を見つめている。奇跡のように視線が交わる。
 「僕と結婚してくれるね、マリアンナ」
 たしかに今更だとマリアンナは思った。そっと手を引いてジルベールを立たせる。さっきと同じようにジルベールの両頬を手で包んだ。マリアンナのその手をジルベールの手がさらに覆う。
 「はい、ジルベール」
 焦点が微妙に合っていない瞳を見つめ、またひとつ涙をこぼして、ジルベールはそっとマリアンナの唇に己の唇を近付けた。
 「ごっ、ごほん!!二人はまだ婚約式も済まして居ないのではなかったかね!」
 マリアンナにはその言葉の意味がよく分からなかったが、ジルベールが小さく舌打ちをしたのが顔の間近で聞こえたのでキスでもされそうになっていたのだろうと直ぐに思い至った。流石にジルベールの両親の目の前でキスをするのは恥ずかしい。義父になる人にそれを止められるのも、恥ずかしかった。
 「ならば直ぐに婚約式を上げましょう。明日の凱旋パレードの後は?むしろ前の方がいいかな。そもそも凱旋パレードなんてもっと後でもいいじゃないですか。今日やっと帰ってきたんですよ、僕」
 ジルベールは向かい合っていたマリアンナを両親に向けるようにくるりと回転させ、その肩に顎を乗せた。
 「馬鹿を言うな馬鹿を。帰ってきてすぐだからこそ皆に無事な姿と平和になったことを報告する義務があるのではないか。特にお前は!それに、婚約式は、しばらくは出来ん」
 父親の断言にジルベールは眉根を寄せた。マリアンナの細腰を両腕で包み、抱き寄せる。背中を包む暖かさに、マリアンナは安堵と同時に羞恥を感じた。
 「なぜです?結婚式の準備が既に進んでいるのに、婚約式が出来ないなんておかしいじゃないですか!」
 「シンリーン男爵が、マリアンナの養子縁組を受け入れんのだ」
 養子縁組の話はカトリーヌから聞いていた。元々身分が合わないのもあるが、マリアンナとシンリーン男爵家の繋がりを断つ意味の方が大きい。
 王家に、しかも国王になることが決まっている王太子に嫁ぐとなれば、王太子妃、いずれは王妃となる。後見をする実家があの男爵家では、様々な問題が起こることは想像に難くない。
 「父が、我がシンリーン家は陞爵して公の位につくと言っていましたが……?」
 「マリー、それは有り得ないわ」
 「そうとも。精霊姫アンナマリアの功績を称え、彼女は叙爵予定ではあるが、それはあくまでアンナマリア嬢にであって、シンリーン男爵家にはアンナマリアを産んだことに対する報奨を与えるのみなのだよ。それに、アンナマリア嬢に与えるのは名誉爵位であり、一代限り。それも彼女が婚姻を結ぶまでのものとなる。婚姻後は婚家か、婿を取るのであれば実家を継ぐこととなるので男爵。それも、爵位は夫に継承されるから、婚姻後はあくまで夫人となるだけだな」
 国王がそう断定するのであれば、それはもう元老議会で決定していることなのだろうと、マリアンナは静かに頷いた。
 「そう…なのですね……」
 今後の自分の進退については聞かされていた。伯爵家の養子に入り、ジルベールと婚約式ののち結婚すると。家のことについては、自ら聞くことはしなかったし、話をされることはなかった。
 家に戻れば両親が楽しそうに酒を飲みながら「俺は公爵だ!」と喚き、王家より遣わされたメイドを呼びつけ威圧的な態度であれこれと世話を焼かせていた。両親に押さえつけられて育ってしまったが故に、恐怖からそれを諫めることが出来ず、震えるマリアンナを執事がそっと匿うように部屋へと連れて行く。屋根裏部屋から部屋を移動することは無かったが、かなり快適に暮らせるようになっていた。
 さて、報奨を受けた後、両親はどうなるのだろう。とマリアンナは思案した。公爵になると思い込んでいる両親は、かなり高圧的な態度で他領の子爵と商談をしているらしいのを小耳に挟んでいた。公爵になるからこそ結ぶ契約が、男爵のままと分かったら?今、爵位と共に賜ると、共に頂けると確信している報奨を質に金貸しから借りている大金は返せるのだろうか。公爵位を賜るからこそ金が要るのだと、美品を買い集め、宝石を買い漁り、新しい屋敷を立てる計画までしている。
 「マリアンナ」
 国王が柔らかな声をかける。マリアンナは声のした方を向き、はい、と答えた。
 「私たちは、あの家が君に何をしたか知っている。私は君に謝らなければならない。私は、私たちは、予言を違えることが恐ろしかった。そして、予言を読み間違えることが恐ろしかった。故に、君が苦境に立たされていることを知りながら、それを見ていることしかしなかった。すまない」
 「予言…ですか……?たしか、太陽であるジルベールへの予言と、月であるアンナマリアの予言があると聞いていましたが」
 予言の内容は公表されない。故に、王家と予言者以外内容を知るものはいないが、両親がことあるごとに予言を持ち出し、リアンを称えていたので、両親は極秘に予言について知らされていたのだろうと、月の予言がリアンに対するものだと、マリアンナは思い込んでいた。
 「月の予言は、双子月に関するものだ。そこには、君と君の双子の妹のことが語られている」
 国王は予言の内容を伝えるか迷い、口を噤んだ。
 「国王陛下」
 いまだジルベールの腕の中にいたマリアンナは、そっとその腕から離れた。
 「なんだい、マリアンナ」
 「その予言は、まだ終わってはいないのですね」
 「……そうだ」
 「ありがとうございます」
 突然の感謝の言葉に、国王は目を見開いた。
 「私が何もできない幼子の頃、乳母が居たのを覚えています。私が五歳の頃に暇を出されてしまいましたが、彼女はいつか報われる日がくる、あなたを見ている人がいると、私に言い残していきました。風のうわさで彼女が王城で働いていると聞き、その時は、仕事の出来る方だったから、王城に仕官できるのだわと、誇らしく思っていました。私が、七歳の頃、突然見知らぬ貴族の方が訪ねて参りました。父の商談相手ということでしたが、その方はあの狭い屋敷で迷い、何故か屋根裏部屋へと来ました。そして怪我をして動けない私を救い出してくださった。連れて行って下さったお医者様は、お金がなくてもいいから、具合が悪いときは必ず来るようにと仰ってくださいました。しまいには、二日に一度顔を見せなければ屋敷に押し掛けるって」
 そこでマリアンナはくすりと笑った。
 「すごい剣幕でした。お医者様にはとても感謝しています。私が目を失ったとき、あの方の声を聞いた気がしました。父母の厳しい教育に耐えかねていた頃、急に両親は夜会に出る機会が増えました。夜、安心して眠ることが出来た……。本来であればプライマリースクールに通う年、街に私営図書館が出来ました。スクールにも行けず、家庭教師も暇をだされてしまった私は、あの図書館があったから学ぶことが出来ました。学ぶ楽しさを知ることが出来ました。しかも、目が悪い私を読み聞かせ職員として雇って下さいました。司書長はよくお茶に誘ってくださいました。何故かテーブルマナーに厳しい方で、マナーの本をわざわざ下さいました。お給金は手渡しで、両親への報告もなかった。そのおかげで、私は少しずつお金を貯めることが出来ました」
 マリアンナは顔を彷徨わせた。国王と、カトリーヌがマリアンナの手を握る。
 「ありがとうございました」
 気付いたのは、目を失った後だった。うっすらと覚醒したマリアンナに気付かず、その手を握りながら謝り続ける王妃。聞きなれた医者の声。まさか、自分のことが予言されているとは思い至らなかったが、妹が予言されているからこそ男爵家に目を向け、マリアンナの実情を知り、男爵家に知られぬよう手助けしてくれていたのだろうと悟った。
 「感謝、してもらえるようなことは…出来ていないのよ……」
 カトリーヌの声が涙に滲んでいる。
 「あなたたちの予言は、素直に読んでしまうとあなたがとても悪い人間であるように語られているの。太陽の予言と合わせた時に、辻褄が合わないことに気づかなかったら、きっと私たちはそのまま受け取ってしまっていたわ。それでも、読み方が合っているのか確信が持てなくて、予言通りにしないといけないと思って……あなたを救うことが出来なかった……」
 「いいえ、救っていただきました。昔も、そして今も。義母様と一緒に、ドレスを作る時間が、どれほど幸福な時間だったか」
 マリアンナがそっと微笑む。カトリーヌは強くマリアンナを抱きしめた。
 「予言の内容については、お聞きいたしません」
 カトリーヌを抱きしめ返し、国王の声が聞こえていた方向に顔を向ける。
 「私は、私の義父様を、義母様を信じておりますから」


 家には、帰らざるを得なかった。養子縁組は成っておらず、貴族子女のマリアンナが一人でどこかに泊まることは悪評を招く。特に、婚姻を控えている今は、小さな染み一つ付けるわけにはいかなかった。
 「どうして!?なんで王城じゃなくて家に戻ってこないといけないの!?」
 馭者に手を引かれ馬車から降り、気付いた執事に手を引かれ玄関を潜ったとき、怒りに満ちた妹の声を聞いた。
 「きっと今日一日は家族団欒で過ごしてほしいっていう王家のご判断だわ。嬉しいことじゃない、リア」
 なだめるような母の声と、花瓶だろうか、割れる音が聞こえた。
 「落ち着きなさい、リア。お母様のいうことはもっともだ。明日の凱旋パレード以降、きっとすぐに王城で花嫁修業がはじまるだろう。婚約式のドレス作りやら、結婚式の打ち合わせやらあるらしいじゃないか」
 それは、マリアンナがすでに行っていることだ。婚約式のドレスは、ローブ・デコルテではあるものの、胸元から首までをレースで覆い、背中は二重のレースで透け感が限りなく薄くなっているドレスを用意した。結婚式ではクリノリンを採用したため、婚約式はバッスルスタイルですっきりとした印象だ。全体の色は光を弾くような薄い青。太陽に寄り添う月をイメージしたいという王妃カトリーヌの願いを聞き入れた形である。ジルベールの盛装は軍服ではあるが、太陽をイメージし紅色のベルベットで装飾することになった。
 結婚式のドレスはもちろん白で、クリノリンをいれたベルライン。上半身はロングスリーブだが、背中を大胆に開けてある。マリアンナは背中を出すことに懸念の意を表したが、ウエディングベールでほとんど見えることはないと説得され、このデザインを採用した。婚約式のドレスは勿論、結婚式のドレスもベールを残して完成している。
打ち合わせもほとんどが完了していた。実は、婚約式の日取りは決まっていないが、結婚式の日取りは決まっている。すでに、各国の首脳に招待状を出してあった。なんとしても結婚式前には養子縁組を済ませ、婚約式をすると、義両親とジルベールが奮起していた。
 「でもっ……!」
 「何をそんなに苛立っているんだ。お前が王太子殿下と結婚するのは決まっていることだろう?どんと構えていなさい」
 父親の言葉に、リアンは顔を歪めた。
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