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調律
36.元社畜は調薬の練習中
しおりを挟むお昼を済ませ、この後ついでに討伐して帰るというヒースさんを見送ってから、私は一人調薬室に入った。
リオナさんは、満腹のまま昼寝を決め込むそう。た、怠惰極めてるゥ。これで牛にならないんだから、羨ましすぎか……。
いくら閑古鳥が鳴いているとはいえ、誰も店頭に立ってなくても大丈夫かなと心配していたら、呼び出しの魔道具をくれた。いわゆるドアベルの強化版みたいなやつだ。なお、悪意があると店に入れないし出られないようになっているらしい。
ヴェルガーの森の屋敷に戻って以来、リオナさんは私に魔法だけでなく、ポーションの作り方も丁寧に教えてくれた。目を離すと、勝手にあれこれやって暴走すると思われたのかもしれない。
ディランさんが大量購入をしていったように、ポーションは魔女の店の主力製品だ。私もお手伝い、頑張りがいがある。
「仕事をしているアンタ、イキイキしすぎ」って、リオナさんに苦笑されたけど。
実際、魔石作りや改良研究、ポーション作りに日々の家事etcで、毎日がとっても充実している。
日本にいた頃みたいに、後ろ向きじゃなく、前向きな姿勢で働けている。
因みに、薬師ギルドには、練習したうちで出来の良かったポーションを、リオナさんが何やら勝手に申請手続きしたそうで、一瞬で通った。絶対コネだ……。
というわけで、私はいつの間にやら、薬師見習いにもなっているらしい。
晴れて見習いにもなったことだし、あまりにもリオナさんからあれこれ教わっているので、敬意を込めて「師匠」と呼んでみたところ、ものすっごい微妙な顔をされた。解せぬ。
ヒースさんが薬草を取ってきてくれたので、ひたすら練習あるのみだ。
魔法草を蒸留窯に投入。水蒸気の熱を使って、油と水を分離させていく。
アロマオイルを作るときに利用される方法だけれども、ポーション作りでは香気や精油を目的として抽出するのではなく、この蒸留水を利用する。魔法草の成分が、めちゃくちゃに溶け出しているのだ。
精油が逆に副産物とは、これいかに。ほんのわずかに取れる精油そのものは、別途市場に流すらしいんだけどね。
この魔法草、成分が水溶性なので、茹で汁をポーションに使うのが一般的な手法だ。
けれども、そこを改良してより純度を高め効能を上げたのが、リオナさんのくれたレシピだった。
蒸留に少々時間がかかるので、その間に乾燥させておいた他の薬草やハーブを取り出して、刻んだり、すり潰したり、煮出したりする。
調薬なんて、この世界に来て初めてする私だったけれども、意外にも料理をしているみたいで、作業は割と手になじんだ。
ただ、見た目が……凄く……青汁です……マズそう。あんまりもう一杯したくない感じ。
リオナさんはこの辺、錬金釜を使ってぱぱぱって時短をかけちゃうんだけど、私にはそんなスキルはないので、レシピ通りの方法でじっくりと作るしかない。
蒸留して取り出した魔法水(とリオナさんが呼んでいるので倣った)を大匙一杯程度掬って、それに抽出した青汁……もといハーブエキスをゆっくり加えていく。ここが最大のキモである。
「≪鑑定≫」
薬師ではない私には、まだまだ匙加減が難しい。事細かに≪鑑定≫をかけて、状態変化を確認しながら混ぜないと失敗する。
——どうして薬師のクラスも、調薬のスキルも持っていない初心者の私に、わざわざリオナさんが技術を教えようとしたのか。
もちろん、私がこの世界でも食いっぱぐれずやっていけるようにとか、諸々配慮もあるのだろうけれども、最大の理由がこれだ。
「このポーションのレシピはね、≪鑑定≫スキルを持っていることが前提なのよ」
そう言って、リオナさんは肩を竦めつつ小さく笑った。
≪鑑定≫スキル持ちは、いなくはないけれども、一般的というわけでもない。それに、大多数は商人に現れるスキルだから、わざわざ調薬の状態変化のチェックとして使うという考えは稀だった。
精製した純度の高い魔法水は、ハーブエキスを混ぜることで、化学変化の如く、各薬草が内包する微量の魔力に反応する。それが過剰になりすぎると、ぼんっとビーカーの中で小爆発が起きるのだ。
この魔力反応の見極めが、≪鑑定≫をかけない限り至難の業なのである。
何せ、この世界は、魔法を感知できても、自分以外の魔力を薄っすらとでも感知できるのは、ごくごく一握りだけなので。う、裏技すぎる……。
なお、茹で汁では、こういった反応は起きないらしい。
爆発といっても、ガラスが割れるほどの威力じゃない。でも、跳ねるみたいな大きな音と煙が出るのでめっちゃビビる。
そして、せっかく手間暇かけて作ったポーションは、真っ黒のナニカに変質してしまうのだ。
てか、私、異世界に来てから、爆発にご縁がありすぎないか!?
鑑定ディスプレイを見ながら、そろそろと液体を合わせていく。
いつもの癖で、ついつい歌を口ずさみたくなるけど我慢。
リオナさんから「調薬中、絶対歌ったら駄目だからね。どんな相乗効果が出るかわかんないから、付与魔法禁止」ときつく言い含められているもので。
私とて、付与魔法を行使したくて、しているわけじゃないんですけどね……無意識恐い。
とはいいつつも、ポーションにも料理と同様、歌で付与がかかるのかどうかは、ちょっと気になるところだ。いや、この好奇心が猫を殺すのだろう、多分……。
くるくるとガラスの撹拌棒でかき混ぜつつ、小まめに確認している鑑定表記が「魔力入り青汁」から「ポーションの原液」にまで変化したら、手を止める。
ちょっとハーブエキスを加え過ぎるとすぐ弾けるので、神経を使う。てか、青汁認識はやめておくれ……。
えぐみの強かった緑色が、いつの間にか透明な青色に変化しているのは、何度見ても不思議だ。魔法反応、マジで意味がわからないよ……。
出来上がったこの原液に、リンゴ水(何故か、リンゴ水じゃないと美味しくならないのだ)で希釈すれば完成。
「上手くできた!」
≪鑑定≫で確認すると、ちゃんと『ポーション:リンゴ味 高品質』と表示されるのでほっとした。
何度か作っているけれども、まだたまに失敗することがあるんだよね。
これで、なんと!ポーション一本分の作業なのです!効率悪くて泣ける。
とはいえ、一気にまとめて作ろうとしたら、盛大に失敗してリオナさんにしこたま怒られた。調薬室の掃除が、大変だった……嫌な思い出である。
調薬においては、何よりも混ぜ方や混ぜる回数の塩梅が重要で、量が多くなるとその辺が甘くなって、爆発オチになるそうな。
なので、慣れるまでは1本1本丁寧に作ったほうがいいらしい。
大体、ヒースさんが持ってきてくれた魔法草1束で、私の手腕だと日産20本程度。
これがマナ・ポーションやハイ・ポーションになると、更に手順が煩雑になる。まだまだ要修行である。
薬師見習いの身とはいいつつも、品質が良ければ、リオナさん作成分に合わせて私のポーションも販売をしてくれる。未熟な私の作ったものでも、どこかの誰かの役に立っているのかと思うと、俄然気合が入る。
あらかじめ≪清浄≫をかけておいた瓶に、出来上がったばかりのポーションを注いでしっかりと蓋を閉める。
現代みたく、スクリューキャップみたいなのはないから、きっちり栓をしないと零れてしまう。
瓶はリオナさんが用意してくれたガラス製で、販売元がわかるように、モクレンの花が刻まれている。
「綺麗だなあ……」
私は、すっかり見慣れた瓶を、窓から差し込む日の光に掲げた。
ポーションの水色で浮かび上がるモクレンの花弁が美しくて、思わずうっとりする。
ギルドに訪れたとき、他のポーションを見せてもらったのだけれど、こんなに瓶が綺麗なものはなかったので、リオナさんのこだわりなのだろう。
お金かかってるなあと感心したけど、その分値段は高めに設定されているし、瓶を返却してくれると返金されるシステムらしい。
「しかし、どうしてモクレン印なんだろう?」
意匠として刻むには、ちょっと凝っている気がする。
何かモクレンに思い入れでもあるのだろうか。好きなのかな?
といっても、ここは異世界で、あくまでもモクレンに似た花なのかもしれないけれども。
後で聞いてみようと思いつつ、私は残りのポーション作成に取り掛かるのだった。
---------------
「モクレンがね、好きなのよ。ただそれだけ」
要が尋ねると、リオナは瓶に刻まれた刻印に愛おしげに指でなぞりながら優しく呟いた。
ストックと仕事だの体調だのの関係で、無理なく連載を続けていくために以降週1更新に切り替えさせていただきます。基本毎週木曜日更新を予定しています。次回は16日。
ストックに余裕があれば、木曜日以外にも都度次回更新日付の告知をしますね。
引き続きよろしくお願いします(*´∇`*)
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