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調律
37.元社畜と中華風コーンスープ・1
しおりを挟む今日は、魔石の納品ついでに久しぶりにクラリッサの街へと訪れる予定だ。
出不精していたら、「せめて月1回くらいは顔を出せ、ヒース使え」と、グランツさんからお小言をもらってしまったのだ。
おかげさまで、私が提供した魔石周りの技術知識は、冒険者ギルドから商業ギルドへも渡り、様々に貢献を果たしているらしい。
あ。あの後、ちゃんとリオナさんからも、技術を広める許可をもらったよ。リオナさん的には、自分が使えない机上の空論めいていた手法を、使いこなせる人物が丁度手元にやってきたから教えた程度の認識だったらしい……。あ、あまりにもおおらかすぎやしないか……長く魔女として生きているからだろうか?
何にせよ、付与魔石の売り上げや、充電ならぬ充魔サービスも好調。北だけでなく、アイオン王国全土に少しずつ普及している模様。
数多くもない付与魔法師は、あちこちにひっぱりだこ。
魔石に魔法を付与して活用する方法も、魔法塔を中心に広まりつつあるのだとか。
だが、案の定「また『界渡人』か」とか「え、じゃあヒースの連れていた子か?」とか「いや、さすがにシュヴァリエじゃないのか?」とか「魔石だしオルクスなんじゃ?」とか噂になっているらしい。だから、シュヴァリエは何者なんだ。
高価だった魔石も、人工魔石の登場で選択肢が広がった。コストが下げられると、魔道具師が小躍りしているらしい。よかったよかった。
人工魔石は付与魔法師の能力で質がかなり左右されるので、やはり天然の属性魔石の魔力純度には敵わない部分がある。天然魔石そのものの価値を落としたかったわけじゃないから、差別化ができるのは良いことだ。
それはともかくとして、まだ移動手段が確立できていないので、申し訳ないけどヒースさんにお迎えに来てもらっている。
なんか、制作をお願いした工房が、はりきっちゃって時間かかっているみたいよ……。
もちろん、素人な私の素描や曖昧な言葉から、図面を書き起こすのも一苦労だっただろうしね、感謝感謝。
いつもより早起きして、私は差し入れの準備を始めた。グランツさんやゼルさんに、食べてみたいって言ってもらったので気合いが入る。
私は、腕まくりをした。
「よーし、作るぞ」
小麦粉、砂糖、塩、食用重曹をふるい、ボウルに混ぜ合わせておく。
ヨーグルトと牛乳を合わせて加え、切るように粉をざっくり混ぜた後、チーズと割ったくるみを入れて、打ち粉をした台の上でひとまとめにする。
醗酵の手間が必要ないパンーーソーダブレッドは、生地に十字に切れ込みを入れたらオーブンへ。30分ほど焼いたら出来上がり。簡単簡単。
ソーダブレッドを焼いている間に、冷凍箱から取り出したるは、たくさんのとうもろこしから作ったコーンクリーム。
以前ヒースさんが来た時に、風の魔法ですり潰してもらい、裏ごしして皮を取り除いて冷凍しておいたのだ。冷凍箱、最高!付与魔法の耐熱強化で、普通の食器も保存容器に早変わりするから便利!冷凍保存できるって素晴らしい。
ヒースさんにフープロ代わりをしてもらったら、リオナさんに指さされて笑われたんだよね。
こういうとき、生活魔法以外の魔法を自分で使えないの不便。
コーンクリームに水と鶏ガラスープ、潰していないコーンを合わせて煮立たたせる。コーンはいっぱい入っているほうが、食べ応えがあって好き!
ちょうどね、季節で言うと今は夏なので、茹でたとうもろこしをたくさん冷凍してあるのだ。
夏といっても、日本のように湿度はないので蒸さないし、ユノ子爵領は寒冷地だから気温もさほど上がらず、快適に過ごしやすいのだけどね。
水溶き片栗粉でとろみをつけて、塩コショウで味を調える。
なお、片栗粉はこっちだと片栗粉って名前じゃなかったので、探すのに苦労したよー。自動翻訳くんは、たまにポンコツだ。
ミクラジョーゾーのリュウさんと何度かやりとりをして、とうにかこうにか見つけられた。これでやっと、じゃがいもから自力で作るなんて真似しなくて済んだよ……。
最後に溶き卵をぐるりと流し入れて、卵がふんわりするまでひと沸かししたら、中華風コーンスープの出来上がりだ。
牛乳を加えてコーンポタージュにしても良かったんだけど、中華風ってこっちにはないだろうし、物珍しいかなと思って選択してみた。
そもそも差し入れにスープ?と思うかもしれない。
だけど、私の料理といったら母直伝のスープなので、食べてみたいと言われるのなら、やっぱりスープを提供したいのだ。
というわけで、私はバントリーから先日ヒースさんお願いして、オーダーメイドしてもらった品を広げた。
陶器を内側に嵌め込めるようにした、蓋つきの木のカップを作ってもらったのだ。
ちょっと不格好なんだけど、イメージとしてはスープボトルである。陶器だけだと熱くて持てないし、木だけだと水気とか気になるし……で合体させてみたのだ。裏蓋にはパッキンがわりにスライム素材をはめたりして、密閉度を上げている。
収納鞄がないと持ち運ぶには少々重たいものの、近場に汁ものを持っていきたいときには大変便利である。
もちろん、スープボトルもこのままだと保温できるはずもないので、そこは魔法の出番である。
いやあ、ステンレス製真空断熱構造って凄いよね。再現するのは、私にはちょっと無理でした。まさしく魔法瓶だ。
私は、陶器の口に指先を当てた。
「≪伝熱≫」
大体80度以上、3時間程度温かさをキープできるように魔力を込める。ついでに≪清浄≫をかけて、菌の繁殖を減らすようにした。
はー、本当に生活魔法便利。これまで付与を経由しないと使えなかったら、現代っ子の私にとって『マリステラ』での生活はかなり大変になっていたかも。
このスープボトルに、先ほど作った中華風コーンスープを注いで蓋をしめればオッケー。
あとは野菜の肉巻きを作ったり、唐揚げやポテトフライを作ったりして品数を増やして、スライスしたソーダブレッドと一緒にバスケットに詰めた。
「今日は随分荷物が多いな?」
迎えに来てくれたヒースさんに、小首を傾げられる。ナチュラルに荷物を引き取ってくれるから紳士だ。
「ありがとうございます。ほら、この間ヒースさんが自慢したら、グランツさんたちが食べてみたいって言ってたと話をしてくれたでしょう? なので、差し入れを作ってみたのですけど……あ、みなさん、お昼ご飯用意しちゃってますかね?」
「いや、大体みんなギルドの飯処や、屋台とかで各自調達してくるから、大丈夫だろう。むしろ喜ばれるよ」
今から出れば、クラリッサにはちょうど昼前くらいに到着する。
ヒースさんの手を借りて、青毛ちゃんにまたがる。相変わらずつぶらな瞳が可愛いし、人懐っこい。
乗る前に、人参を上げつつたてがみをナデナデしてあげたら、鼻面をこすりつけて喜んでくれた。愛い。道中、平に平に頼んだぞー。
とはいえ、また筋肉痛になるかなあ。青毛ちゃんの乗り心地や、ヒースさんの手綱さばきが悪いわけじゃないんだけどね。
あれから走り込みとか筋トレとかして、体力もだいぶついたと思うけど、乗馬で使う筋肉はまた違うっぽいしなあ。
「飯屋はまた次の機会に行くとして……てか、俺の分もあるよな?」
「もちろんありますよ。のけ者になんてしませんから、みんなで食べましょう」
「やった!」
「でも、デザートはないです」
「…………そっかー」
デザートなしに、ちょっとしょんぼりしたヒースさんは可愛かった。
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次回は土曜日に更新します。
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