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調律
56.後光にやられる元社畜
「うっ、眩しい……!」
「はは、何を言っているんだカナメは」
思わず目の前に掌をかざしてしまう。そのくらい、盛装したヒースさんは格好よかった。
さて。あっという間に王城へと上がる日がやってきた。
どきどきする間もなく、朝からユエルさんに拉致再びを決行され、侍女の皆様方にも拉致られ、朝から良い匂いのする風呂へどぼん。全身を洗われた後、エステもかくやなマッサージを経て、着付けとお化粧、マニキュア、髪の毛のセットをしてもらう。
数日前からちょこちょこ手入れはしてもらっていたけれども、その比ではない。めっちゃ揉まれた。
ど、怒涛だった……。体力ゲージがみるみる減っていったんですけど、貴族のお嬢様って凄いね。体力ゲージというよりも、精神力ゲージかもしれない。
「化けた……」
「せめて着飾ったとおっしゃってください」
侍女さんが苦笑する。
いや、我ながら鏡の前に立っているの、一体全体誰だろうっていうレベル。いわゆる「これが私……?」ってやつだ。
全身すべすべの良い香り、お化粧もしっかり施され、髪の毛も艶やかにスタイリングされた私は、そこそこ見られる姿になっていた。唇とかぷるっぷるだよ。
プロの仕事だなあと感心してしまう。かわいいはつくれる。
レースと刺繍が上品にあしらわれたクリーム色のデイドレスに、高くなく歩きやすいヒールの靴。両サイドの髪をまとめて止めている髪飾りは、意匠が大変細やかな銀細工。壊してしまいそうでちょっと恐いけど、とっても煌びやかだ。
くるりと回ると、グラデーションがかったスカートの裾がふわっと跳ねる。
爪先を彩るのは、淡いグラデーションを描くパールピンク色で、キーボード叩くのにも、家事にも邪魔ですといつも短くしていた爪からは、想像できないほど可愛い。
みんながネイルしていたわけが、今わかったよ。これはキュンっとテンションあがる。
ついつい暗めの色を選んでしまいがちなんだけど、ルルーシアンさんとユエルさんの熱弁に押されて、暖色を選んでよかったかも。明るい気持ちになれるなあ。
自分で言うのも何だけど、全身素敵にコーディネイトされて、ちょっと嬉しくなってしまった。照れるな……。
鏡の向こうには、ちょっとだらしなく笑み崩れている私がいる。
本当はもっと着飾らせてと侍女さんに迫られたのだけれども、必要最小限でお願いしますと辞退した。ピンヒールなんて絶対に履ける気がしないし、付け焼刃の立ち居振る舞いでは、最高級品のドレスや装飾品にそぐわないのでね。分相応が一番ですよ。
自分の身支度に悦に浸っていると、こんこんと扉がノックされた。
「準備は整った? 入るわね」
「はい。お待たせしました」
開かれた扉から、ユエルさんがヒースさんを引き連れて部屋へと入ってくる。
凄く眩しかった。後光が差していた。
きっちりドレスアップしたユエルさんの美しさもさることながら、ヒースさんの壮麗さたるや。
軍服。日本人女性の心を鷲掴みする(誇張)衣装を、美形が身にまとっているのである。
いや、軍服を着るとは知っていたし、ディランさんで既に味わってはいたものの、ヒースさんとの親和性の高さによる破壊力が物凄い。
シュヴァリエの色である紫にほど近い黒の上着に、飾緒の金の差し色がまたよく似合う。
下は白のボトムにロングブーツで、帯剣したヒースさんのすらりと長い足をこれでもかと主張する。
普段は下ろしているミルクティー色の髪も丁寧に上げ、わずかに垂れた前髪がこれまた色っぽい。
目の毒だ。
しかも、隣には超絶美人のユエルさんが、これまた正装して立っているのである。紺青のドレスがお似合いで、女神の如きお美しさです!!
シリウスさんが旦那さんだとわかってはいても、並ぶと宗教画か何かかと勘違いしてしまいそうになる二人だ。拝みたいのをぐっと堪えた。
こうして見ると、やっぱりヒースさんの佇まいは綺麗だなあと思う。
シリウスさんで美形は見慣れていると思われるシュヴァリエ家の侍女さんも、頬に手を当てて、ほうと見惚れている。そうでしょう、そうでしょうとも。
ヒースさんは私を視界に入れて一瞬目を瞠ると、表情を柔らかく綻ばせた。
正装しているからか、笑顔の悩殺力がいつもよりも激しい。魅了か?魅了魔法でも使っているのか?っていうくらい甘い気がするのは気のせいか。
「……っ、カナメ、見違えたよ。ドレス、とても良く似合っている。小鳥みたいで愛らしいね。こんな綺麗なカナメを他の男に見せるの、嫌だな」
「!?」
近寄ってきたヒースさんは、どこか浮足立った様子で私の周りを一周回ってぐるりと眺めると、掌を取って甲に口づけを落とした。じっと私を見つめてくる視線に、絡めとられてしまいそう。かっと体温が上がってしまう。
なんだ、なになに、騎士モードでも発動しているの!?
リップサービス、物凄いんですけど!?
距離感バグってません!?
「ヒースクリフ様、どうどう、カナメがびっくりしていますわ」
「ああ、ごめん。つい気が逸って」
ぐるぐるあたふたしている私を見かねてか、ユエルさんがぽんと肩に手をやり、ヒースさんを窘めてくれる。
手をぱっと放してくれたヒースさんは、にっこにこの上機嫌だ。
「やー、本当素晴らしい出来だ。では、仕上げは俺が」
「……仕上げ?」
何だろう?
ヒースさんは、控えていた執事さんから、ベルベット地のケースを受け取っている。
ぱかりと開いたその中には、緑色のキラキラ輝く宝石が横に連なっているネックレスと、イヤリングのセットだった。
えっ、えっ!?
「せっかく綺麗なのに、アクセサリーがないと寂しいだろう? これ、俺から。受け取って欲しい」
「へあ!?」
まさかのサプライズである。
私はポカンとした。だって、私の装い、これで完成していると完全に思い込んでいたもの。普段アクセサリーをつけないから、そもそも頭になかった。
そっか、そっか、アクセサリー、確かにいるよね!?
でも、ヒースさんからよもやプレゼントされるとは、思いもよらなかった。
「な、なんでです!?」
「そうだな、いつもカナメには美味しいご飯を作ってもらっているから。そのお礼ってことで」
「私がお礼する側だと、何度言ったら!?」
「まあまあまあまあ。ほら、後ろ向いて。つけてあげる。ほら、ちょっと髪上げててくれるかい?」
「うううう……」
にこにこと笑いながらヒースさんが促してくるので、私は流されるままに背を向けて髪を上げた。晒されたうなじが、ちょっと恥ずかしい。
微かな金属の冷たさが肌に触れて、私の胸元にネックレストップが触れる。きらりと光を放つ宝石は、小粒だけどもしかしてエメラルドか、これ。うわ、恐い。おいくらくらいするんだろう。
ひいいいと内心でおののいている間に、アジャスターを止めたヒースさんは、私をくるりと回転させると、今度は徐に耳たぶに触れた。
手際よく両耳たぶに、イヤリングを飾っていくのだけれども、至近距離でご尊顔が!が!微かに伏せられた睫毛が、長くて麗しい。その奥にある瞳は、宝石よりも綺麗だ。
あまりに混乱してしまい、息を詰めた私がぎゅっと目を瞑ると、そんな姿がおかしかったのか、ヒースさんがくつくつと喉を鳴らす息遣いが肌に触れた。
「さあ、できた。うん、とても良く似合っている」
そろりと瞳を開けると、満足げ微笑むヒースさんの顔が飛び込んできた。
「あ、ありがとうございます……」
照れ臭くて、もうそれしか言えなかったよね。
「私たちは、一体何を見せつけられているんでしょうか」
「カナメが更に可愛く仕上がっていく様子、ですかね?」
「いけしゃあしゃあと。うなじにあそこまで顔を寄せる必要、なかったですよね」
「マーキングしたくなるのを必死に堪えたんですよ、見逃してください」
ヒースさんとユエルさんがひっそり会話をしていたようなのだけれども、いっぱいいっぱいになっていた私は、胸元を飾るアクセサリーに釘付けだ。
中央にはエメラルド、その左右にはペリドットに似た石。それぞれ小粒ではあるものの、カッティングが美しく、まるで花を模しているかのように見える。
私のクリーム色のドレスにもちょうど合う色合いで、まるで最初からそこに存在していたかのようにしっくりくる。
「わ、可愛い。でも……あれ、これ、風の魔石?」
「当たり。君が作った人工魔石にね、いくつか魔法を付与して作ってもらったんだ。カナメはなんだかんだ、まだ防御魔石を持っていなかっただろう? ちなみに、付与はシリウス様にしていただいた」
「ちょっと待ってください!? それ、普通に宝飾品をいただくよりも、実はコストかかっているのでは!?」
宰相補佐なんていう命削ってそうな役職についている人に、軽々と付与をさせたとな。
しかも、いつの間にそんな内密な相談をしていたんだろう。ユエルさん経由だろうか。
だとしても、ヒースさんが旧交を温められていたのなら何よりであるのだが。
「本人、めちゃくちゃ楽しそうに付与していたから、気にしなくていいわよ。普段書類仕事ばっかりで、魔法を使う機会があんまりないって嘆いていたくらいだもの」
「王宮で何があるわけじゃないだろうけれども、万が一のときのためにね。カナメの居場所がわかるようにしてみたんだ」
「迷子札……。そういうことなら、ありがたくいただきますね」
確かに、連絡手段大事。この世界、携帯電話があるわけじゃないからね。
ヒースさんの胸元にも、似たような感じのピンが徽章代わりに飾られている。お互いに居場所がわかるように魔法が施されているのかな。
結局、ちょっと仕立ての良いワンピース程度とかユエルさんが言ってたけど、アクセサリーがついたからか、思った以上にがっつりめかしこんでいる気がする。それでもコルセットがない分、軽装なんだろうけどね。
貴族の方々ってのは、大変だなあ。
「さて、支度が整ったのなら、そろそろ行きましょうか」
ユエルさんの言葉に、私たちは頷いた。
ここから先は、ユエルさんお得意の転移魔法ではなく、馬車で向かう。さすがにね、ほいほいと転移魔法で王宮に侵入できちゃったら、危ないからね。
「今日は、俺がカナメをエスコートするよ。マナーは叩き込まれているけれども、貴族を離れて久しいし、実際女性をエスコートするなんて初めてだから、うまくできなかったらすまない」
「いえ、私も生きてきた中で、エスコートをされるような事態になるなんて生まれて初めてです」
「それは光栄だ。では初めて同士、頑張ろうか。お手をどうぞ、カナメ」
「はい!」
いたずらっぽく片目をつぶったヒースさんに、ゆっくりと左手を差し出される。私はそっと自分の掌を重ねた。
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