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調律
57.元社畜は王子様の調律をする
私たちはシュヴァリエの馬車にカタカタと揺られながら、王城入りをした。
近づくにつれ、段々と緊張で身体が強張ってきたのだけれども、隣に座っていたヒースさんが手を握ってくれたので、どうにかこうにか持ち直している。掌から伝わる体温があたたかい。
大丈夫、日本で商談だのクレーム処理だの、たくさんしてきたではないかと、己を鼓舞する。
SEのはずなのに、あれこれやらされてきたのは、身になっていると思いたい。
とはいえ、王城、想像以上にでっかい。下から上まで眺めたら、首が痛くなるくらい。これははぐれたら絶対に迷子になる。私は気を引き締めた。
馬車止めからお迎えに来てくれたシリウスさんに先導され、私たちは足を進める。
多分、私のせいでお忍びなのもあるのだろう。あまりひと気のないルートを通っているような気がするんだよなあ。
ヒースさんのエスコートを受けながら、私はちらちらと周辺に視線を流す。
侍女さんだの侍従さんだのは時折みかけるものの、文官のような人たちはみかけないからだ。
やがて、目の前に現れたのは、薔薇に囲まれた瀟洒な雰囲気の白亜の建物だった。
「ここが王太子宮だ。私は殿下をお呼びしてこよう」
「ようこそ。お待ちしておりました。こちらでお待ちください」
建物に入ると、シリウスさんとバトンタッチして、執事らしき姿のお爺様が礼を取り、応接室へと招いてくれる。
しばらくすると、扉が開かれ、これまた神々しいお方が入室した。
光を受けた金色の髪、青の瞳。まさしく物語の王子様を体現したかのような美貌の男性が、姿を現した。
その場にいた皆が、ソファから立ち上がり、一様に頭を垂れる。
「やあ。初めまして『界渡人』殿。今日は、無理なお願いを快く聞いてくれて感謝する。私はアイオン王国王太子、ラインハルト・セラフ・アイオンだ」
「お初にお目にかかります、王太子殿下。私は、『界渡人』カナメ・イチノミヤと申します。お会いできて光栄に存じます」
「ふふふ、可愛らしいお嬢さんじゃないか。こちらこそよろしく。楽にしてくれていいからね」
私はスカートを摘み腰を折って、カーテシーを取る。緊張でちょっとプルプルしちゃったけど、カーテシー初心者なのでそこは見逃してほしい。意外にも筋肉使うんだ、カーテシー。
及第点だったらしく、ラインハルト殿下は微笑ましげに流してしてくれた。
どうにか挨拶を終えると、ラインハルト殿下はヒースさんへと向き直った。
「それと、久しぶりだね、クリフ。大きくなったなあ。シリウスに聞いてはいたけれども、元気そうで安心した」
「はっ。ラインハルト王太子殿下にご挨拶申し上げます。ご無沙汰しており、大変申し訳ございません。再び殿下のご尊顔を拝する機会に見え、恐悦至極に存じます。また、不義理を重ねてしまい、深くお詫び申し上げます」
「そう堅苦しくならずともいいよ。君にも事情があったのだろうし。ま、積もる話はたくさんあれど、それはまた後にしよう。さて、『界渡人』殿」
ラインハルト殿下は穏やかだった表情を引き締めて、私を真剣な眼差しで見つめた。
そう。今日は、のん気に茶飲み話をしに来たのではない。
「茶も出さずに早速で悪いが、私の息子レオニードを診てもらってもいいだろうか」
* * *
差し込む眩い光を、レースのカーテンで柔らかく遮った明るい部屋で、ベッドに上半身だけを起こして、レオニード殿下は訪れた私たちを歓迎してくれた。
「初めまして。レオニード殿下にご挨拶申し上げます。私は『界渡人』で付与調律師のカナメ・イチノミヤと申します。本日は、殿下の魔力を診させていただきます」
「僕は、王太子ラインハルトが一子、レオニード・ケルヴ・アイオンです。よろしくお願いします、カナメ様。ベッドでの挨拶ですみません」
ラインハルト殿下に良く似た面立ちの、とても愛らしいお子様だ。ふわふわとした金髪におっとりした表情の男児だが、成長したら相応の美形になるだろう。
御年まだ7歳の成長盛りの少年。
だが、魔力疾患の影響で、今は少し表情に翳りを帯びており、声にも覇気がなくか細い。
透き通るような真っ白な肌は、明らかに体調不良を訴えている。貧血っぽい感じなのかな。唇が紫だ。気分が悪いのを、こらえているのかもしれない。痛々しい。
「私の見立てでは、殿下の症状は魔力過多かと。ユエルの時もこんな感じでしたので」
「そうですね……。それと、やや暴走しかかっています。が、魔力を圧縮している……?」
「ええ。殿下が無意識に統制しているようです。いやはや、末恐ろしい限りで」
なるほど。これだけ時間に猶予を持てたのも、レオニード殿下の才能故か。
ただ、あと数日遅かったら、魔力暴走を起こしていたはずだ。
意識して魔力を視ると、殿下の器の大きさに対して、生成される魔力のバランスが合ってなさすぎる。これでは体調を崩すはずだ。
ヒースさんもそうだったみたいだけど、もしかしたら魔力の開花が早まってしまったがために、こういった影響が出るんじゃないだろうか。
レオニード殿下から感じる魔力は、王家らしく時と雷の『二属性』。特に、雷が強い。
さっきからぴりぴりとした静電気にも似た魔力が、殿下の周辺に迸っている。雷属性の黄色……というか、金色の魔力がピカリピカリと漂っている。飽和ギリギリといったところだ。まさに一触即発。これが暴発したら、冗談じゃ済まない。
ユエルさん暴走時の氷漬けの部屋を知っている当事者なだけに、シリウスさんが焦っていたわけだ。
「まずは、早急に魔力を外に出しましょう。下手に≪調律≫で私の魔力を混ぜたら、溢れちゃいます」
私は、持参した小袋の中から、すっかりおなじみの無属性の魔石を取り出した。
殿下の属性に合わせて、雷の魔力を与えて属性変換をかけ、石の潜在を確認しつつ、≪増幅≫で最大限器を広げる。
うーん、でもこれ一つじゃ、レオニード殿下の魔力を抑えるには全然足りなさそうだ。充魔待ちだった魔力が空っぽの雷属性の魔石がいくつかあるけど、予備を作らなくちゃ。
「≪付与・吸収≫。すみません、シリウスさん。≪吸収≫を付与した魔石を……そうですね、あと3~4個ほど作ってもらっていいですか? あ、付与の雷持っています?」
「ええ、任せてください」
「レオニード殿下、お手を失礼致します。こちらの石を握ってください。殿下の飽和しかかっている魔力を、吸収しますね。もし体調が悪くなったら、すぐにおっしゃってくださいね」
「わかった」
「では、こちらの魔石に魔力を流してみてください。ゆっくりと」
私はベッド脇の椅子に腰かけて、殿下の右手に魔力吸収の魔石を握らせた。
肌から伝わる体温が冷え性の人のように低くて、私は思わず眉を顰めた。子供の体温じゃない。
レオニード殿下の魔力で魔法は起動し、余計な魔力を吸い取っていく。
開花したばかりの子は、魔力の制御が甘い。本来ならそこを徐々に訓練していくわけなんだけど、魔力に瑕疵がある場合、魔法を使って対処するのが格段に難しくなるのだ。
それを圧縮制御してるんだから、レオニード殿下は幼いながらに凄い。
「なるほど。魔力過多の場合は、魔石に吸収してやればいいのか」
「対処療法ですけど、しないよりはマシですからね」
ぽんとシリウスさんが手を打った。
根本の解決には至らないものの、魔力過多が原因の暴走や体調不良は、魔石で一時的にせよ防ぐことができる。
これも無属性の魔石という、比較的コスト安の魔石があってこそできる対策だ。よ、よかった~!
そしてこの魔力満タンの魔石は、≪吸収≫の魔法を破棄してから、魔力枯渇症状の子に与えてあげられるようになれば、ウィンウィンという算段である。
枯渇症状の子には、マナポーションを与えるという回避策もあるにはある。
だけど、一応薬なので飲み過ぎは良くないし、そもそも器を一時的に活性して、魔力を作り出すサポートをする薬でもあるので、正直弱っている子供にはあんまりお勧めできない。
用法容量をお守りくださいというやつだ。
1つ、2つ、3つ。満タンになった石を何度か変えつつ、しばらく魔力を吸収させると、レオニード殿下の呼吸がほっと落ち着いた。ほんのりと、肌に赤みも差してきている。握った掌にも、少しずつ体温が戻ってきた。
肌にピリピリと刺激を与えていた嫌な魔力の感覚も、徐々に治まっている。ふう、一安心。
ヒースさんとは違い、魔力が増えたらその分放出されるというわけではないので、魔力視による調整が必要だ。やあ、本当ヒースさんの魔力はミラクルだな。
みんなが固唾を呑んで見守る中、私たちの会話だけが静かに部屋に響く。
「レオニード殿下、ご気分は悪くないですか?」
「はい。さっきまで、お腹の辺りにモヤモヤが渦巻いているみたいで気持ち悪かったのですが、かなり楽になりました」
「よかったです。魔力を吸い出したので、ひとまず暴走の危険はなくなりましたよ」
にこりとレオニード殿下が笑顔を見せてくれる。辛いだろうに気丈だ。
殿下と私が交わした言葉で、周囲の皆様もほっと胸を撫でおろした。
ただ急激に魔力を減らしたので、多分反動でそのうち怠さがやってくるだろう。魔力の振り幅が大きいと荒れるのだ。まだまだ油断はできない。
うー、それにしても、殿下はやっぱり魔力が多い!なのに、受け皿がちっちゃすぎ。
本来、器の成長に合わせて開花が始まるって話なのに、何かきっかけがあって未成熟のまま花開いちゃったのだろう。
4つ、5つ……の途中で、私は殿下から石を受け取った。これで、大体器の半分くらいの魔力量になった。あまり吸い上げすぎても、また影響が大きくなってしまう。
「とりあえず、これで≪調律≫に入れます。ラインハルト殿下、レオニード殿下の上着と肌着を、少々よけさせていただいてもよろしいでしょうか? 御身に触れないと、治療ができないのです」
「ああ、大丈夫だ」
「ありがとうございます。では、失礼しますね」
「ふふ、くすぐったい」
許可を得てから、私は殿下のみぞおちの辺りに触れる。一応何かあったら困るからね!確認大事!
私の指が触れた瞬間、体温差でくすくすと笑い声を上げた殿下が可愛い。
「――≪調律≫」
スキルを発動させると、私の掌から光が溢れてくる。相変わらず不思議な光景だ。レオニード殿下も、口を開けてわぁと見入っている。
殿下の魔力に触れると、王族らしい雄々しさと逞しさが感じられた。時の白光と、雷の金色がまじり溶け合う、面白い魔力だ。
「わあ、あったかい。お湯につかっているみたいだ」
レオニード殿下はリラックスして、支え代わりに積まれた枕やクッションへ身を預けている。
軽く魔力を流してみても、拒否反応はない。大丈夫そうだな。
こうして事前確認を済ませてから、私は殿下の全身へと、魔力を広げ延ばしていく。
反応があるのが……んんんん?なんかこう、器の成長を阻害している魔力塊みたいなのがあるな?ぽこんって、炎症みたいに張り出している。
塊のせいで、器の形も歪んでいる。そのせいかなあ。
ヒースさんみたく、全体的にあちこちがおかしいということもなさそうだ。魔力回路の枝葉に栓があるとかもない。やっぱり彼の場合はレアケースが過ぎる。
ならば、とにかくこのでっかい塊を均す!
私は、魔力を一点集中させる。
でも、お掃除の要領でゴリゴリ擦るのは、ヒースさんも痛がっていたから、できる限りソフトタッチで、時間はかかっても丁寧に。
「痛くないですか?」
「大丈夫です」
はふはふと息を吐きながら、殿下は治療を頑張ってくれている。痛みはないはずだけど、負荷はかかっているのだろう。
「……気休めかもしれないが、背中を撫でてやってもいいかな?」
「ラインハルト殿下、お願いします」
「父上、ありがとうございます」
それを見て、ラインハルト殿下がベッドの対面にしゃがみこみ、ゆっくりとレオニード殿下の背をさすってくれる。
父親の手に安心したのか、レオニード殿下は瞳を細めて心良さげに身を委ねている。
そこには、病床の我が子を労わる父と子の優しい空間があって、ちょっとだけ羨ましいなあと微笑ましいなあの感情がごちゃ混ぜになった。
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いつも閲覧ありがとうございます。年末年始の更新は本日にて終了です。楽しんでいただけたなら嬉しいです!
次回からはまた木曜日更新に戻ります。この後も引き続きのんびりお付き合いくださいませ。執筆頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!
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