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調律
59.元社畜と参鶏湯風スープ・2
いつの間にやら執事さんや侍従さんが、テーブルだの椅子だのを室内に運び込んで下さり、ユエルさん、シリウスさんはそちらでスープを味わっている。
スープをまじまじと観察したシリウスさんが、「本当に液体に軽度の魔法が付与されている……だと……。どういった原理だ」と小首を傾げていた。私にもわかりません。
ヒースさんは今回護衛なので、参鶏湯風スープに食いつくことなく、きりりとした表情のまま壁際で待機している。
しれっとしていられるのは、既に朝食代わりに食したからだと、私は知っている。
「何だか、ほっとする素朴な味だね。確かにほんのり疲れが解けていくというか……ポーションとも違う不思議な感覚だ」
「んんん、お粥美味しい」
「ふむ。ぽかぽかして来ますね。魔法付与のおかげだけ、というわけでもなさそうだ。はあ、旨くて身体の調子を整えてくれるとか、夜食にこれがあったらどれだけ良いことか」
めいめいスープを口にしながら、感想を呟いてくれる。お味は好評なようでよかった。
が、シリウスさんは24時間戦えちゃう社畜の考え方だー。駄目です、それは駄目ですよ。
「シリウスさんってば、社畜御用達にするのはやめてください。私の付与がなくとも、元々滋養のあるスープなので、風邪の引き始めとかに飲むといいとされているんですよ」
「ほう。それは重宝するな。うちの料理長に、よければ作り方を教えてもらってもいいだろうか?」
「宮廷料理長は、さすがにご勘弁下さい……」
いやいやいやいや。王宮の料理長なんて立場のお方に、直接指導するのは恐れ多すぎる。どうにかレシピを書くことで許してもらった。
少なめにしたとはいえ、生姜とかにんにくも入っているから、お口に合うかなと心配したけれど、レオニード殿下もきっちり完食したし、美味しいと気に入ってくれた。子供はとかく風邪を引きやすいから、王宮で出されるようになっても問題ないだろう、多分。
「父上、身体の怠さがなくなってきた気がします。ありがとうございます、カナメ様!」
「ああ、よかった……! 顔色もかなり良くなったな、レオ。≪調律≫と言い、スープと言い、ありがとう。カナメ殿」
「いえ、お役に立てたのなら何よりです。ただ、ぶり返したりする可能性があるかもしれないので、レオニード殿下はまだちゃんとお休みくださいね。念のため、しばらく経過を診させていただいてもよろしいでしょうか」
「当然だ。好きなだけこちらに滞在するといい。部屋を用意しよう。こちらで宿泊の手はずは整えさせてもらうから、安心するといい。貴女はレオの恩人だ。もてなさせてほしい」
「えっ、ありがとうございます……?」
王宮に滞在とな。
それは全く想定外だったなあ。時折、登城させてもらえれば、程度の軽い気持ちだったのだ。
着替えとかもないんだけど、用意してくれるってことだろうか。至れり尽くせりだ。
でもまあ、ちゃんと考えてみれば、確かにユエルさんに毎度迎えに来てもらうっていうのも、現実的じゃないんだよね。
殿下の場合、器の成長が阻害されていたのもあって、そこそこ長い目でみていかなければならないだろう。
ヒースさんのときみたく、明日容体が良さそうであれば魔法検証を行った後、数日様子見。問題なければ、定期的な経過観察に切り替える。
殿下の症状は魔力過多だったので、しばらくは暴走の可能性を鑑みつつ、1日1回魔石に魔力を吸収してもらうっていうところかな。
魔力を視られるシリウスさんも傍にいるのだし、時折確認してもらうのがベストだろう。
そんな感じで、レオニード殿下が眠ったのを見届けてから、昼餐の場を借りて、今後の治療方針をラインハルト殿下に話し了承をもらった。
「それにしても、ずっと不治とされていた魔力疾患が、こんなにあっさり対処できてしまうとはな。『界渡人』様々だ」
「しかも、魔力暴走や枯渇の対策法も授けてくれました。これで、魔力疾患で困っている民に、広く救いの手を差し伸べられます。魔力計測の魔道具を増やさねば」
付与調律師でありながら、そのスキルを封じるしかなかったシリウスさんにとって、朗報であろう。自分でも魔石に付与を行って貢献できるのだし、魔道具は特に闇のシュヴァリエのお家芸だしね。
魔力計測器は、その時点での魔力状態しか測れないけれども、枯渇か過多かの指標にはなるので、魔石とセットで運用していける。
「ああ。カナメ殿には、褒賞を与えないといけないな。国としても、私個人としても。何か望みはあるかい?」
シリウスさんに同意し、ラインハルト殿下は頷く。そして、とびきり麗しい笑顔を見せながら繰り出してきた発言に、私はぎょっとした。
人助けのつもりでいたから、見返りとか言われるまで全く考えていなかった。さっき昼食会が始まる前に、第3子妊娠中につき、ずっと不安なまま別室で待機していた王太子妃殿下にも、泣いてお礼を言われ喜ばれたというのに。
いや、でも一国の王子の命を救ったのだから、当たり前か。ううう、改めて大ごとだなあ。
かといって、対価なしで完全な善意にしてしまうのもアレなんだよね……。
私は食事の手を止め、しばし考えてから唇を開いた。
「……そうですねえ。まず、無礼を承知で申し上げるのですが、私は聖女でも治癒師でもありません。たまたま、人助けのできるスキルを持ってやって来ただけの、右も左もわからなかった一般人でしかないです」
「ふむ……。『界渡人』は、国が保護すべき対象ではあるが、君はあくまで只人でありたいと?」
「はい、今のところは。私には、薬の魔女様とヒースさんという、頼もしい保護者がおりますので。とかく能力がある者の善意は、意図的であろうとなかろうと、食い物にされやすいです。だから、対価なしに動きませんし、意に添わぬ仕事も致しませんことをお許しいただければ。私が望むのは、ただ一つ。シリウス宰相補佐様にもお伝えしましたが、ゆっくりできる今の生活基盤です。それを守っていただければ、微力を尽くすつもりではおります。私はこの国が、今住んでいるあの場所が好きですから」
要するに、医者的な立ち回りまで、私に期待しないで下さいねっていう念押しだ。
「ははは。君は欲がないな。でも、だからこそ、≪闇の女神の愛し子≫なのかもしれないね。ありがとう。改めて、アイオン王国は、『界渡人』カナメ・イチノミヤを歓迎しよう」
「ありがとうございます。……あ! あと、個人的と言っていただけた部分でお願いしたいのですが、タオルがほしいです」
「タオルとな」
崇高なことを言った後に、即俗っぽいお願いをしてしまったから、ラインハルト殿下は苦笑している。
私が持っていたハンカチタオルが火をふくぜ!自分じゃ作れないので、ここぞとばかりにブツを提供して、開発を国に任せることにした。
だって、何かを拭くのが、基本ただの布なんだもん。もっと吸水力の高いタオルが欲しい。
織物はさっぱりわからないので、織物を得意とする領地の人に委ねた方が、絶対に良い。
ユエルさんもこくこく頷いて、目を輝かせていた。
そうして、和やかに美味な食事をいただいてから、国家として付与調律師や付与魔法師の権利を保証する旨、また治療対象者の管理、治療方針や進め方、それに伴う対価について、諸々協議を軽く詰めるのであった。
いやー、国のトップ側の人がいてくれるから、話がスムーズに進んで良かったね。後々、会議にかける必要はあるにせよ、ある程度言質がとれて私はホクホクだ。
魔石での対応ができるようになったというのも大きいけれども、私の私生活が脅かされないよう、丁寧に国が表立って対応してくれると配慮をいただけたのが大きい。
万が一にも、患者が屋敷に大挙されても対応できないからねえ。リオナさんが怒っちゃうよ。
その後、レオニード殿下の体調に影響もなく、すっかり元気に雷魔法を放出していた。
勉学もさることながら、剣の腕も魔法も優秀で、将来がとびきり楽しみなしっかりした王子様だった。
彼との交流はたった数日であったが、絶望的だった苦しみを取り除いてあげたからか、「カナメ様になにかあったら、僕がかけつけますね」と、大変頼もしいお言葉をいただき、懐かれてしまった。
日本では義弟とほぼ没交渉だったから、弟がいたらこういう感じだったのかなあと思うと、可愛いばかりである。
レオニード殿下に付き添っていた妃殿下にも気に入られたらしく、王宮に強力なパイプができてしまった。心強いけどいいのかなあ……。
あと何度か経過観察での訪問を続けると約束し、登城から数日して、私の王宮での生活は幕を閉じたのだった。
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