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誘誘
64.元社畜とノーエン伯爵家の双子・1
侍従さんは、私のカマかけの言葉にきょとんと目を丸くすると、嬉しそうにくつくつ喉を鳴らした。
「おや、即バレしてしまったね。覚えてくれていて嬉しいけど、僕の≪偽装≫を看破できるなんて、凄いなあ、キミ。さすが『界渡人』の付与調律師なだけあるね」
花でも咲いたかのようにぱあっと表情を明るくして、彼は人懐っこい笑顔を見せた。先ほどまでの影の薄い印象は、完全に払拭されている。てか、人相すら変わっている。スキルか!
「久しぶり、カナメ」
「ディランさん! どうしてこんなところに……」
ディランさんだ。一度だけ魔女の店に訪れた、軽くて軟派なディランさん。
オルクス公爵家の次男で、リオナさん曰く諜報のスペシャリスト。
どこか遠くに行くって話だったけど、あの日やっぱり私の正体を看破して、きっちり情報収集したのだろう。
教えていないことを、わんさかと呟かれて、ちょっと背中をだらだらと冷や汗が伝った。
そんな高貴なお方が、何故こんなところで侍従なんて真似を!?
「別に好き好んで潜入しているわけじゃないよ。長らくの仕事を終えてカナメのところに遊びにいこーって馬を走らせていたら、たまたま不審な馬車を見かけたからさあ。ちょっと様子を伺ってみたところ、まさにキミがいたって寸法。ほら、囚われのお姫様は、王子様に助け出されるのが定番じゃないか」
私の顔色を読んだのか、ディランさんはぱちりと片目をつぶった。緊張感など全く感じさせない、相変わらずの軽さである。
なんにせよ、一人で心細い中、顔見知り程度ではあるが心強い味方ができたと思いたい。
……大丈夫だよね、多分?
ディランさんの発言をそっとスルーしつつ、私は渡されたトレイに載っていたスプーンを手にした。いい匂いに、きゅうっとお腹が鳴る。うう、私の胃よ、空気読んでくれ。お腹がじくじく痛くても、お腹はしくしく空くんですよ。
ディランさんは目を丸くした後、吹き出した。
「……いただきます」
「こんな時でも、しっかり食欲があるのはいいことだ。さて、食べながらでいいから聞いてくれるかな」
提供されたのは、パンと野菜のミルクスープだ。簡素だけど、温かいというだけで嬉しくなる。冷たい食事だと、切なくなっちゃうよね。
スープを一口食べると、懐かしい味が広がった。あれだ、少々お出汁が足りないなーって感じた、『マリステラ』に墜ちて初めて口にしたヒースさんのスープみたいな味。塩コショウがもうちょい欲しいかもなあと思いつつ、牛乳と溶かしたチーズが味を補っていい仕事している。
「既に予測しているかもしれないけれども、ここはノーエン伯爵領にある屋敷。キミの誘拐の首謀者は、嫡男で14歳のキシュアルア・ノーエンと従者のサーディーだ。現在、社交で王都のタウンハウスにいる当主と奥方の目を盗んでの犯行ってことだね」
じゅうよんさい……。少年だなあとは思ったけれども、ティーンだったんだね。
学校とかどうしてるのかと思って尋ねたら、キシュアルア君は妹さんを心配して、入学をギリギリまで遅らせているらしい。貴族の場合、本来なら12歳でいわゆる王立学園の中等部に入学するのが一般的らしい。
「妹さんに、≪調律≫を行えと」
「ああ。キシュアルアの双子の妹に当たる、アルアリアのことだね。彼女は10歳の魔力開花と共に、魔力疾患を併発して以来、4年間ずっと領地に籠っているんだ」
「それで……」
「長らく病床に臥していた妹を、一刻も早く救いたくて、こんな無茶をしでかしたのだろうねぇ」
それが良いやり方なのかは、僕にはわからないけれどと、ディランさんは言う。
魔力疾患には、病気のように苦しさや痛み、倦怠感が伴う。
辛さに喘いでいた妹を見ていられず、助けるために行った誘拐なのだとしたら……。
あれこれ資料や実地で試してみた結果を鑑みるに、魔力疾患を発症した際、危険性が高いのは圧倒的に魔力過多だ。
魔力の器にも、個々人で異なる最大容量がある。多少自然放出されてはいるものの、容量を上回ればいずれ限界が訪れる。そうして、風船が膨らみ切ったら弾けるように暴発が起きた結果、惨憺たる有様になるのがほとんどだ。
部屋一面をすべて氷漬けにし、シリウスさんがいなければ自らの命すらも危ぶまれたユエルさんや、魔力を限界まで溜め込み雷撃を暴走させる寸前だったレオニード殿下など、一歩間違えれば周囲を巻き込んでの悲劇を起こす可能性すらあった。
14歳までどうにか生きられているということは、魔力枯渇かなと予想する。
魔力枯渇とは、生命活動を危うくするまでに魔力が少なくなる状態のことをいう。
魔力の残量が底を尽きれば、当然死に至る。
けれども、身体は魔力を生成し、少なくとも睡眠や食事による回復が見込める。よほど大掛かりな魔力放出を行わない限り、枯渇による死者というのは、あまり類を見ないらしい。
「外には僕の副官や部下が数人控えているから、安心していい」
「ありがとうございます。助かります」
「まあ、向こうとしてもキミのスキルを利用してどうこうっていうより、アルアリアをぱぱーっと治してもらえれば、それでお役御免したいって思惑じゃないかな」
いつでも逃げられるという保険があるのは、心に余裕を生む。
けれども、調律の実情を知らなければ、治療したらそれで終わりという考えに至ってしまうのは、誤解も甚だしい。
従者がついているとはいえ、まだキシュアルア君は若いのだから仕方ないのだけれども。若気の至りというか……。
実際は、そうそう上手くいくもんじゃないのだけれどもね。
やりきれなさを抱えているのが、表情に出ていたのだろう。
「カナメ、凄く複雑な顔しているネ」
ディランさんの愉しげな視線を避けるように、私は肩を落として俯いた。
ああ、いやだ。こういう事態に陥るのを、懸念していたというのに。だから、管理を国に委ねたというのに。
確かに、調律で治せる人なら救いたいし、できる限りの手を差し伸べたいとは思う。
だけど、私は一人しかいなくて、差し伸べられる掌だって限界がある。理想と現実は、乖離している。
「それで、キミはどうするつもり? 今すぐにでも脱出するなら、手を貸すけれど」
「ディランさんって意地悪ですよね」
意味深に瞳を細めたディランさんへ、私は唇を尖らせた。
* * *
翌日。
ふかふかのベッドで睡眠ばっちり。朝風呂も堪能し、朝ご飯もしっかりいただけたので、正直誘拐されたという実感に乏しい。えっ、快適すぎない?
因みに、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのは、ディランさんである。
扱いからして、悪い子たちじゃあないんだよなあ。
だからこそ、どうしたもんだかなあという気持ちが募るのだけれども。
昼前頃、アルアリアさんの調子が良くなったのか、私を迎えに来たキシュアルア君とサーディーさんを見て、ちょっと憂鬱になった。ディランさんの姿は、当然だがない。
アルアリアさんの部屋は客室から少々離れていて、屋敷の奥にある。女の子らしい愛らしく整えられた部屋で、キシュアルア君によく似た、ふわふわした少女がベッドに横たわっていた。
顔は青白く、線も随分とか細く儚い。食事も進まないのだろう。典型的な魔力に瑕疵を持つ子の症状だった。
「アリア、大丈夫そうか? 念願の付与調律師を連れてきたぞ」
「兄様……本当に治るんですか?」
「ああ、治るとも。さあ、付与調律師。妹の魔力を調律してくれ」
不遜気に鼻を鳴らすキシュアリア君、不安げに私と兄を交互に見つめてくるアルアリアさん。サーディーさんは静かに扉の前に立って、行方を見守っている。
三者に見つめられた私は、ため息を落とし首を振った。
「……できません」
「何だと?」
「だから、調律はできないと言ったんです」
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