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誘誘
65.元社畜とノーエン伯爵家の双子・2
「正確には、できないわけじゃないんです。ただ、今の私が施術すると、妹さんに激しい痛みを与えることになるので、お勧めできないんです」
「ふ、ふざけるな!!」
「ふざけてなんていませんよ」
希望が空ぶることになったキシュアルア君が激昂するが、怒られたってどうにもならない。
だって、彼らは付与調律師のスキルのデメリットを知らなすぎる。全部が全部便利に、都合よくできているわけじゃないのだ。
4日前。私は王家から打診を受けたご令嬢に、≪調律≫を行った。継続的な治療の一環だ。
この時、魔力を混ぜ合わせている関係で、私にも影響が出て、彼女の魔力に若干だが染まっている。
これは、効率を考えて数人まとめて調律しようとして、発覚した事実なんだよね。
そのため、魔力がフラットに戻るまで約1週間程度、私もご令嬢以外の他の人と、魔力の波長が合わなくなるのだ。
私の調律とて、万能ではないのだとわかったのは、短いながらもこの2ヵ月でできる限りの治験を行った結果である。私が1ヵ月に1人、最高でも2人しか治癒をできないと制限をかけたのはそのためだ。経過観察を含めて、次の安全な調律のために、時間をあける必要がある。
ということを丁寧に説明すると、キシュアルア君はちっと舌を打った。
「フン。ならば、あと3日過ぎれば、お前が再び≪調律≫を使えるということだろう。そのくらい待つさ」
「それは構いませんが……。私がここで妹さんに調律を行うと、今クラリッサにて私が治療を行っているご令嬢がお亡くなりになる可能性があります」
「はあ!?」
「えっ!?」
キシュアルア君から素っ頓狂な声が上がり、アルアリアさんは両手で口元を押さえる。
「それだけ、重篤な患者さんを今診ている真っ最中なんですよ……」
調律と魔石による治癒が始まって、まだ日が浅い。だけど、魔力の瑕疵の影響は待ってくれない。だから、王家の調律対象リストの中で、命を脅かす危険のある者を優先して、処置している。
クラリッサに来てもらっているご令嬢が患っているのは、魔力枯渇のレアケースだ。調律をしたものの、体質なのか相性なのか魔力は漏れ、珍しく一度で治らず、私も対応に手こずっていた。
私は、アルアリアさんをこそっと魔力視してみる。間違いなく、魔力枯渇を起こしている。魔力の器に、わかりやすく針ほどの穴が開いていた。
枯渇症状に陥る最大の要因は、この穴がほとんどである。
ただ、体内の魔力生成量は、ギリギリ最低値を保っているので、悪化しない限りこれが原因で亡くなることはないという見立てだ。
どちらが急ぎかといわれると、圧倒的にクラリッサに滞在しているご令嬢である。
「言いたくはないですけれども、妹さん一人だけが、魔力の瑕疵に苦しんでいるわけじゃないんです。あなた方は、誰かの命を背負う覚悟があって、私を攫ってきたのではないのですか?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「兄様、サーディー、攫ってきたって、一体どういうことなんですか……!?」
私の物言いに、キシュアルア君が動揺を見せる。
反対に、アルアリアさんは、きっときつく彼を見据えた。声が怒りに震えている。
「ア、アリア……」
「わ、私はそんなことをしてまで、治りたくなんてありません!!」
「だが、アリアだって、ずっとずっと苦しんでいたじゃないか。せっかくのチャンスなのに!」
「だからと言って!」
「お嬢様、落ち着いてください。お身体に障ります」
「サーディーも、兄様を何故止めなかったの!!」
アルアリアさんは毅然と男性二人を叱るものの、妹をどうしても治したい兄と、兄に犯罪を犯させたくない妹では、口論は平行線だ。
「お、俺はただ……調律スキルを持つ人間が、ふらふらしていると聞いたから……! 何故力があるのに、使わないのだと……!!」
あ、矛先がこっちに来た。
いや、私だって、仕事もしないで遊び歩いていたわけじゃないんだけどね、決して。むしろ、もっと仕事をさせてもらっても良いくらいだ、切実に。
ただ、無茶はしないって、約束しているからね。
レオニード殿下に調律をした時点で、噂が一人歩きするかもなあとは思っていたけれども、どういう経緯で捻じ曲がったのか気になるところではある。
調律が連続稼働できないから、何もしていない風に見えているのかもなあ。切ない。シリウスさんに、報告上げておかなくちゃ。
「……そうですね。私は、たまたま付与調律師のクラスを授かったというだけの、一般人です。もちろん、困っている人には、できる限り手を差し伸べたいとは思っていますよ。でも、私は≪調律≫のスキルがある限り、自分の意にそぐわない思いや、滅私奉公をしなければいけないということなんでしょうか?」
「……」
多分、私も社畜のままだったら、何も考えず誰にでも彼にでもスキルを使いまくっていたに違いない。自分を省みることなく。
大げさな言い方だろうか?
でも、私はもう、そうは思わなくなった。何事にも、線引きは大事だ。
魔力疾患は、流行病などとは違い、撲滅できる病ではないのだから。
「例えば、私じゃなく妹さんが付与調律師のスキルを持っていて、そのせいで妹さんが頼られ酷使されたとして、≪調律≫が使えるのだから仕方ないと笑顔で許せるんですか、貴方は」
「そんなことあるはずが!!」
「貴方がやろうとしていたのは、そういう身勝手なんですよ」
「……」
私が窘めるように言うと、キシュアルア君はぐっと黙り込んだ。
こういう問題は、本当に難しい。特に命がかかわってくるし、闘病を見守るしかできない家族だって、気が気じゃないだろうからね。
助けてほしい、縋りたい、救って欲しい、誰か。大切な人だからよりいっそう希望を求めてしまう。
ただ、申し訳ないけれども、私は何らかの使命や志を持って、調律を与えられたわけじゃないし、調律をしているわけでもない。貴族でもなければ、権力もない、上に立つような人間でもない。『界渡人』という立場で、ある程度尊重されてはいるものの、異世界転移は私が望んだ形ではないのだ。
聖女様とやらも、似たような立ち位置じゃないかなとお察しする。
特殊で、問題解決のできる能力を持ちえた者は、それを世に幅広く使えという気持ちはわからないでもないけれども、度が過ぎれば傲慢にも搾取にもなってしまう。
もちろん、ノブリス・オブリージュ……というよりも相互互助って大切だと、この世界の人たちに触れて身に染みた。
リオナさんやヒースさん、クラリッサの人たちに助けられ、優しくしてもらったからこそ、私も自分のできる範囲で恩返しをしたくて、手を貸している。
強制される謂れは、本来ならばないのだ。
天魔石についてもそうなんだけど、後世への影響も考えて、技術は世に出さねばならない。
付与調律師が何人もいるならともかく、安直にすぐ治せるものに飛びついて、一過性の効果だけを得て、私が死んだあとは元の木阿弥という状況は、避けるべきなのだ。
特に、魔法が普遍的なこの世界では、治療や治癒に対して、人々の感覚が鈍化している気がする。
≪調律≫がなくとも、魔力疾患の影響が最小限になっていけるよう、どうやって国として体制を整えていくのかを、協力して検討しなければならない。
だから、こういった無理を通されるのを回避するために、私はアイオン王国とスキル利用について交渉したのだ。落としどころや配慮は、大事だからね。
まあ、今回の場合、まだその辺の情報が遠方にまで浸透しなかったせいで、事案にまで発展しちゃったわけだけど。
「それに、無理やり攫われた人間が、どうして素直に治療に応じるとお思いで?」
「どういう……」
「考えなかったのですか? 付与調律師が、魔力操作のエキスパートなのは、ご存じでしょう? 妹さんの魔力を完全に枯渇させて、殺してしまうことだって、できなくはないんですよ」
魔力を治せるということは、逆に魔力を壊せるということでもある。
まあ、私だってそんな真似やりたくはないし、絶対に破壊のためにスキルを使用しないと誓っているけれどもね。
私が目を細めくすりと笑って雰囲気を出すと、双子は顔を青ざめさせてひっと息を呑んだ。サーディーさんが二人を守るように、私の前に立ちふさがる。眼光が鋭い。
……ちょっと脅しが効きすぎただろうか。
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