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オルクス公爵領ダンジョン調査
89.元社畜と魔女ズとロールキャベツ・1
「よっ、と」
転移魔法特有の浮遊感を感じながら、私は床に着地した。無事地に足がついて、ほっと胸を撫でおろす。
ユエルさんの魔法で何度か転移を経験してはいるものの、フリーフォールみたいな感じは、未だにちょっと慣れない。
ここは、魔女の家の書庫に設置された、魔法陣の上である。
ダンジョン探索を始めてから、早2か月近く。
約束通り、ダンジョン探索休暇中に、こうしてリオナさんのつまみを追加で作りに来ている。これで2回目の帰省だ。
手にした紙の魔法陣からは魔力が失われ、記述してあったインクが消えていく。相変わらず、魔法の不思議現象は面白い。
魔法陣を使えば、一瞬でオルクス公爵領からヴェルガーの森にまで移動できるのだから、本当に転移魔法って便利。転移で身体にかかるグラグラ感は、まだちょっと慣れないけどね。
平衡感覚が落ち着いたのを見計らって、私は脱いだブーツを片手に、2階から1階に下りる。
作業室も私室も覗いてみたけど、リオナさんいなかったんだよね、午前中なのに……。珍しく下で読書でもしているのだろうか。
「ただいま戻りました……」
私はリビングへと視線をやって、おやと目を丸くした。
どっかりと、体重を背もたれに預けてソファに座るのはリオナさん。凄い偉そうで気怠そうだ。
そして、対面に見知らぬお客さんが、いる。
おわー、お客さんがいるのに靴を片手にのこのこ下りてくるとか、不審者極まりない。
てか、よもや、この魔女の家にお客さんが来ているとか、誰も思わないって!何てタイミングだろう。
「あら、お帰り、要」
「わー、すみません。お客さんがいらしてたんですね!」
私の焦りなど知らず、リオナさんはのん気だ。
ばたばたばたっと玄関先にブーツを置いて、私はスリッパに履き替える。
「てか、お客さんにお茶も出していないじゃないですか」
ふと、テーブルの上を見ると、何も乗っかってない。もてなす気もないのだろうか。
いやでも、リオナさんがお茶を淹れてもイマイチなだけだし、対応として正解なのかもしれない……。普通にお茶を淹れているはずなのに、何故かとても苦くなるんだよね、リオナ茶。
「ふふ、お構いなくよ」
「そうそう。気にしなくていいわよ。てか要、アンタ今失礼なこと考えてたでしょ」
「まあ。リオナが言うことじゃないわ」
私とリオナさんのやり取りがおかしかったのか、お客さんはふふと喉を鳴らして、艶やかに微笑んだ。
薄茶色の柔らかそうな髪の毛を、肩口くらいまで伸ばした女性。年の頃は私と同じくらいに見える。
ふんわりとした雰囲気をまとわせているからか、シャープなリオナさんよりも柔らかな印象のある顔。
その瞳は、血の色よりも濃い紅。
世界で唯一、瞳に紅を持つ存在。
――それは、魔女だ。
「初めまして。私の名前はユイ。世間一般では、【流浪の魔女】のほうが通りがいいかもね。お噂はかねがね、要」
てか、魔女同士でやり取りされる私のお噂って、一体全体何ですかね……。
* * *
お構いなくとは言われましたものの、私はキッチンで湯を沸かして紅茶を淹れる。
お土産代わりに、公爵家で焼いたチーズケーキを持ってきてよかった~。パントリー覗いてみたら、作っておいたクッキーが、のきなみ全滅していた。
リオナさんって、簡単に摘めるお菓子が好きなんだよね……料理作れないから。温めるのですら、面倒くさがるのはどうかと思うのだけど。
「あら、それシュシュよね? いいじゃない、似合ってるわね。ヒースにでも買ってもらった?」
「揶揄う人には、ケーキ出してあげませんよ!」
「要は優しいから、そんなことしないわよね」
水仕事の邪魔になるからと、まとめた髪を飾るシュシュを見たリオナさんが、ニヤニヤと表情をやにさげる。てか、何故ヒースさんからだとわかるんだ。
冷やかす気配に気恥ずかしくなって、私もツンと対応したけれども、リオナさんはどこ吹く風だ。ぐぬぬ、悔しい。
そんなわけで、遅ればせながら紅茶とお茶請けのチーズケーキを1ピースずつ出してあげたら、ユイさんは目を輝かせて喜んでいた。リオナさん同様、あんまり魔女らしくなく、可愛い人だ。
「んんー! 美味しい。リオナから散々要の料理が美味しいって自慢されていたから、口にできてラッキーだわ」
「いつの間にチーズケーキなんてものを焼けるように……」
「オルクス公爵家のキッチン直伝です」
「……アンタ、また仕事しまくってるんじゃないでしょうね?」
「趣味です、趣味ですからー!」
じとり、とリオナさんが疑わしげな目で見てくる。
お菓子作りは趣味ですとも、ええ。ディランさんにも休日返上では?って怪しまれているけれども、趣味です。
まだまだお菓子作り初心者な私が作るケーキは、どうしたって見栄えがイマイチなので、仕事と胸を張れるレベルの物を作れていない。パティシエさんって、本当に凄いよ。
私たちの口喧嘩など気にもせず、ユイさんは一口一口噛み締めるようにケーキを食べては、頬に手を当て、目を細めてうーんと唸っている。
こんな風に幸せそうにチーズケーキを食べてもらえるんだから、作った者冥利に尽きるというものだ。心をくすぐられてしまう。
だから、サービス精神が出てしまうのも否めない。
「ええと、これからランチも作ろうと思っていたのですけど、ユイさんもご一緒にいかがです?」
「是非」
「遠慮の欠片もないわね、ユイ」
「あはは。食べたいもののリクエストとかあります?」
「ロールキャベツが食べたいわ!」
おー。いいですね。時期的にもキャベツが美味しいよね。春先のキャベツは甘いんだ。柔らかいから煮込み料理には、あんまり向かないんだけどね。要は使いようだ。
でも、キャベツの在庫、冷蔵の鞄にあったかなあ。
思案していると、ユイさんがごそごそと自らの収納鞄を漁る。
「キャベツならここにあるし!」
ユイさんはすっごくいい笑顔で、鞄からつやつやのキャベツを取り出した。
どうしてキャベツを持っているんだ、この人。
私の疑問が顔に出ていたのだろう。【流浪の魔女】って、あちこちの国をふらふら彷徨って、気まぐれに行商をするからついた通り名なのだと、ユイさんが教えてくれた。どんな魔女ですかね。
なお、パントリーにいつの間にか増えてる食材は、ユイさん提供のものだったらしい。
ユイさんからありがたくキャベツを頂戴して、私は早速キッチンに籠ることにした。
他のお野菜は、ここに来る前にオルクス公爵領の市場で買ってきた。魔女の家のパントリーや冷蔵箱に野菜を置いても、萎びるだけだと思ったので、出立前に綺麗にしてあるから在庫は綺麗なものである。
お肉は、ダンジョン産のがたっぷりある。もちろん、ヒースさんとシラギさんに手伝ってもらって、一部必要な分はきっちりミンチ済みだ。
食べ切れない残りのお肉は、公爵家で使ってもらったり、ギルドに卸したりして消費。
オルクス公爵領が北方商業ギルド本家らしくて、たまたま居合わせたフラガリアさんが大喜びしてた。
玉ねぎをみじん切りにしてバターで炒め、粗熱を取る。その間に、キャベツの表側の大きいところをはがして、厚い芯を削いでからさっと下茹でする。
玉ねぎが冷めたら、ブラックオックスとオークの合い挽き肉、パン粉、解き卵と一緒に練混ぜ、塩コショウで味を整える。
下茹でしたキャベツの葉を二重に重ね、肉ダネを載せて、くるくるっと巻き上げる。2枚の葉で包むのは、春先のキャベツが柔らかくて破れやすいから。
左右の葉っぱを内側に織り畳むように包むと、煮崩れたり肉ダネが飛び出したりしにくくなるのでしっかりと。
私がキッチンでパタパタしている間に、リオナさんとユイさんは、どこかしんみりとした様子で話をしている。声ははっきりとは届かない。が、時折、ユイさんから見守る系の視線が飛んでくる気がする。
「何だか、思い出しちゃうわ。あの子も、あんな感じで一生懸命料理を作っていたわね」
「ま、味は要のほうが、断然美味しいけれども」
「ふふ……。残さずちゃぁんと食べていたくせに」
「……」
「こんな人に近いところに居を構えている酔狂な魔女なんて、貴女くらいだから、寂しくなるわ」
「……」
ロールキャベツも、ケチャップ味だったり、スープ仕立てじゃないご家庭があるみたいだけど、うちは断然基本のコンソメ。
よくよく考えたら、おでんとかに入っていたりもするし、汎用性高い一品だよね。
ロールキャベツを鍋にみっちりと並べて、水とコンソメ粉を入れてじっくりコトコト煮込む。
あと、私はここで薄切りのベーコンやきのこも入れちゃう。スープも美味しくいただいて欲しいもの。
灰汁を取って煮込んでいる間に、副菜や、リオナさんのお酒のつまみと常備菜を、ちょこちょこ作っていく。
時間も多少あることだし、長く煮込めばよりキャベツがしんなりと柔らかくなって、味が染みて美味しいからね。
買ってきたバゲットは、切ってバスケットに。
崩れないようロールキャベツをお皿によそって、スープをかけ、軽くコショウを振る。
あとはトマトと卵の炒め物と、常備菜のキャロットラペを出せば、色どり鮮やかな昼食の出来上がりだ。
ダイニングテーブルに並んだ皿を見て、きゃーとユイさんが歓喜の声を上げた。
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