【完結】元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

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薬の魔女

102.元社畜と魔女のお買い物・1

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 怒涛だったオルクス公爵領の日々から戻って、早1か月。

 その間、リオナさんの食生活は相変わらずだったり、いつの間にかユエルさんとシリウスさんに息子さんが産まれていたり、クラリッサのみなさんに久しぶりー!と揉みくちゃにされたりと、色々ありましたけれど。

 少しだけ疲れた体を癒すべく、私はのんびりとスローライフを楽しんでいたわけです。あくまでも、元社畜にしては、という基準で。
 リオナさんにスローライフ……?と怪訝な目で見られたのは置いておくとして。

 そんなわけで、一人朝食を食べ終え(まだ朝早いので、リオナさんは寝ている)、私はせっせと畑に水を撒いている。
 ふふふーん、楽しい。
 土壌に地の魔石を埋め込んだら、薬草の育ちが良いったらない。ぐんぐん大きくなって、青々しい葉を揺らしている。陽に当たって、反射する水滴のキラキラする様がとても綺麗だ。
 うおー、これぞラノベで良く見るスローライフって感じだよね。
 私がオルクス公爵領に行って不在の間は、リオナさんが丁寧に畑を見てくれていた。私に畑仕事を叩き込んでくれたのもリオナさんだ。あの人、自分の生活は滅茶苦茶なくせに、薬草は丁寧に扱うんだから根っからの薬師なんだろうなあ。

「カナメ~」

 不要な葉の間引きをしていると、裏口のドアを開けて顔を覗かせたリオナさんが声をかけた。凄く気だるげな低い声で、眠そうな様子を無理矢理目覚めさせましたーって顔をして。目は半分寝ている。相変わらず低血圧の人みたいだ。そもそも魔女に低血圧なんてあるのかな???

「リオナさんが……起きている……だと!?」

 私は、思わずばっと空を見上げてしまった。当然、まだ陽はてっぺんにまで登っていない。
 そりゃ、たまには仕事絡みで午前中に起きてくることもあったけど、本当に用事がない限りは稀だからね。

「どうしたんですか。これから槍でも降りますか?」
「降らないから……。うおー、陽が目に染みる……。てか、久しぶりに買い物行くわよ」

 リオナさんの言葉に、私はぱちりと目を瞬かせた。

「買い物、ですか」
「そう。でも、まずは、コーヒー淹れて頂戴……駄目だ、頭が働かないわ」
「ふふ、わっかりました!」




* * *



 作業のお供にリオナさんが好むので、コーヒーはユイさん経由で仕入れている。私も、日本にいる時はインスタントコーヒーを常飲していたのでお馴染みだ。
 ゴリゴリと豆を挽き、にっがいコーヒーを淹れてあげて、朝食を食べさせると、リオナさんはどうにか覚醒できたようだった。いや、だいぶ身体ぐらぐらしているけれども。

「ギルドに納品と相談、それと依頼していたものを引き取りに行こうかと思ってね。カナメと出かけるのも久しぶりでしょう?」
「ですねえ」

 時折、納品のついでとかでリオナさんに連れられて、クラリッサや別の領地の街に連れていかれることもあったのだけど、本当に数か月に1回みたいな頻度だった。私も性根が引きこもりだから、特段不便はしていなかったけれども、よくよく考えると私の世界は狭いなあ。
 でもまあ、ちょうど良かった。調味料が終わりそうだったから、そろそろリュウさんのミクラジョーゾーにお邪魔しないとだなって思っていたんだよね。

「ついでに、美味しいお昼ご飯とデザート食べられる店、案内しなさいな。ちょっとしたデートよ、デート」
「んっふふ、何それ楽しそう。そういうことなら任せてください! リオナさん、何が食べたいです? リクエストありますか?」
「そうねえ、朝食がオーソドックスだったから……」

 なんて会話をしつつ、だらだらと身支度を整えるリオナさんを急かして、私とリオナさんはエア・スケーターに乗り込んだ。今くらいに出れば、昼前にはクラリッサには到着できるだろう。
 てか、タンデムとか初めてかも。なんか、ドライブみたいで楽しいね。
 普段、クラリッサに行く時、リオナさんは転移の魔法陣を使っているのに、やはりエア・スケーターは楽しいみたい。風を切って走るの、気持ちいいよね。
 そういえば、オルクス領から帰ってきた後、リオナさん宛にオルクス公爵名義でエア・スケーターの発注依頼が来たって言っていたし、その辺の話もしたいのかも。どんだけ気に入ったんだって言うね。

 門前で番をしているエリックさんに手を振り(私とリオナさんが一緒にいるのが久しぶりすぎて、おや、と目を丸くしていた)、私たちはまず冒険者ギルドを目指した。リオナさんがブランチしたばっかりだったし、私もまだお腹が空いてなかったしね。

「こんにちは~。ポーションを納品に来ました」
「おや、カナメさん、こんにちは。そして、これまた珍しい方が。こちらにお越しになるのは久しぶりではないですか、魔女様」
「どうも。といっても、1年ちょいぶりくらいで大げさじゃない?」
「1年は、充分久しぶりの範疇ですよ」

 受付窓口にでていたゼルさんに挨拶をすると、一瞬リオナさんの存在に目を見開いた彼は、すぐに温和な笑顔を浮かべた。
 最近、ポーションの納品は私1人か、もしくは魔法陣を使った転送技術を利用していたからね。
 リオナさんがギルドに顔を出すのは、私が墜ちてきた当初に魔石絡みの契約だ何だとお世話になって以来、実に久方ぶりになる。
 周囲も魔女様だ、魔女様だって凄いざわついている。いや、好奇の視線は、クラリッサの街を歩いているときから注がれていたけれども。やっぱりリオナさんは有名人だ。

 ゼルさんに促され、通された会議室に待っていると、グランツさんがどたどたと慌ただしくドアを開けた。

「おう、魔女殿、カナメ、ポーションの納品、いつもありがとうな! 助かるぜ」
「久々にグランツの声が頭に響くわ……」
「はっはっは。元冒険者なんて、こんなもんだろ。魔女殿はご無沙汰だからな」

 リオナさんとグランツさんがやり合っている間に、私は収納鞄アイテムボックスからポーションの入った箱を取り出して次々机に置いていく。
 何だかんだ、冒険者ギルドはお得意様で、一般の冒険者への販売分だけでなく、ギルド経由でユノ子爵お抱えの騎士団にも納品されているから、毎回結構な量を収めているのだ。
 喧々諤々としている2人だが、手を動かし納品書のサインをやり取りしているのだから無駄がない。

「それで、以前にちょっと話したけれども、この子の開発したエア・スケーターをオルクス公爵閣下が欲している件についてなんだけど」
「それなあ。全く、馬がいるのに、お貴族様の酔狂にも困ったもんだよな。で、カナメ的には、販売には問題ないのか?」
「はい。公爵様にはお世話になりましたし、あまり大っぴらにしないのであれば。ただ、オルクス公爵家は地属性の方々ばかりなので、多少付与魔法エンチャントのチューニングが必要になるかとは思いますが……」
「そうか。なら、工房には俺の方から話を通しておくとして、費用計算と契約と納品スケジュールと……」
「あと公爵とのやりとりも、ギルドが引き継いで。いちいち私がやるの、面倒」
「うげぇ……また無茶ぶりを」
「やだ、グランツならできるでしょう? 元男爵令息なんだし」
「だんしゃくれいそく」
「おいおい、何十年前の話をしてんだよ、魔女殿……。礼儀やマナーなんて、とっくの昔に忘れちまったぜ?」
「えっ、グランツさんって、元貴族なんですか!?」
「つーても、男爵家の3男だけどな。うちは元々、武官の血筋なんだよ」

 おお、意外な情報。元特級冒険者のギルド長が、元貴族だったなんて。ちょっとそこに至るまでのお話を、いつかぜひお聞きしたいね。
 なるほどー、だからリオナさんは「面倒なことは、グランツに任せておけば大丈夫よ」なんて言ってたのか。グランツさんの書類仕事が増えて、ゼルさんにどやされている未来が見えるな。

 そんな感じで、ギルドの取り分やら、契約書の必須事項やらなにやらを取りまとめて、私たちはゼルさんの持ってきてくれた紅茶で一息ついた。
 ギルド仲介の手数料を乗っけるので、結構ふっかける形になってしまい、ごめんディランさんって気持ちなんだけど、グランツさん曰く、オルクス公爵はうなるほど金持ってるから、このくらい端金程度にしか思っていないだろうし気にするなだとか。確かに、邸宅もの凄かったもんね。貴族恐い。

「あと魔女殿、依頼されていた品がこれだ。職人曰く、渾身の作ができた、だとよ」
「まあ、ありがとう。依頼料は口座から引き落としておいて。かなり我儘言った自覚はあるから、少し上乗せしておこうかしらね」
「おっ、それはアイツも喜ぶな」

 リオナさんが納品書にサインをしている間に、グランツさんがことりと机の上に置いたのは、繊細なビロード作りのアクセサリケース。
 それを見て、満足げにリオナさんがにっこりと笑った。







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連載始めて1年が経過しました。いつもご覧いただきありがとうございます!



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