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薬の魔女
104.元社畜とビーフシチュー・1
しおりを挟むそんな風に、リオナさんと買い物をしたり、畑仕事をしたりして、のんびりと息をつきスローライフを満喫した後、私はリオナさんからスパルタ講義を受けていた。
そう、マナ・ポーション作成講義である。
やー、これが格段に難しい。リオナさんはぱぱぱって作っちゃうけど、いざ自分で実際にやってみると、凄く作業が繊細なの。
やっぱりリオナさんは薬の魔女といわれるだけあるなあって、改めて感心しちゃった。眼鏡の奥から覗く知的な赤い瞳が、格好いいの!普段、怠惰に身を沈めてる人とは思えないよね。
薬草の取り扱いや、成分抽出の精度、かき混ぜる頻度、タイミング、失敗しながらでいいからひたすら身体で覚えろーって、指導が厳しい。
前時代的だけど、いわゆる暗黙知的なものってあると思うんだよね。≪鑑定≫の補助があっても、手が、技術が、まだまだおぼつかない……!もちろん、オルクス公爵領にいたときも、ダンジョン探索で使うから、調薬の練習はしていたのだけれどもね。
おかげで、恒例の小爆発の頻度も高い。段々爆発慣れしてきて、私も驚かなくなってきた。爆発慣れってなんだろね……自分で言っていて遠い目をしちゃう。
私が大量に失敗するので、ヒースさんも薬草採取に駆り出されて忙しそうだ。申し訳ない……。
合間合間に気分転換っていって、他の薬の作り方も教えてもらって、大変だけどとっても充実した毎日を送っている。
時間を忘れて、あれこれ試行錯誤するのって楽しいよね。集中しているとあっという間に時間が経っちゃって、ご飯を忘れることもしばしでリオナさんに怒られて、社畜……ってリオナさんからじと目で見られたりもしたけど。
そんな感じで、調薬と向き合う日々が続き――。
「……できた」
掲げたビーカーの中には、透き通った黄色の薬品。窓から差し込む陽の光に反射して、きらきらと輝いている。
魔力を視れば、潤沢にたくわえている。
こんなに透明度の高いマナ・ポーション、初めて作れたよ。
なお、こちらは最後にオレンジ水を加えるのでオレンジ味になっている。鑑定結果もばっちり、マナ・ポーション(高品質・オレンジ味)と出た。
やっと作れたという喜び以上に、晴れ晴れした気持ちが強い。ハイ・ポーションより、更に時間がかかったからだなあ。多くの失敗を乗り越えた、ようやくの成功だ。もちろん、飛び跳ねたい気持ちも満々ですけどね。
「んっふふ、やりました、やりましたよ、リオナさん!」
「ええ、おめでとうカナメ。ちゃんとマナ・ポーションが出来上がったわね」
「はー……なんかもう、抽出のコツが掴めませんでしたけれど、ようやく、ようやく何か掴んだ気がします」
「その感覚を大事にしてね」
「はい!」
「……これで、もう私が教えることは何もないわね、免許皆伝ってやつ? 私も、やっと肩の荷が下りたわ」
「やだなあ、まだリオナさんから教わりたいこと、たくさんあるんですから」
そんな、たった1回の成功で、リオナさんは何を言うんだか。そりゃあコツは掴んだけれどもね。まだまだ独り立ちなんて無理ですし、する気もないんですけど。
ずーっと魔法草から抽出するエキスの抽出が課題で、どうもうまくできなかったんだよね。ハイ・ポーションとはまた異なる魔法草だから、扱いが異なっていて。
何が問題って、薬草蒸留時の光量管理だった。これに気が付くのに、凄く時間がかかってしまったのだ。
温度とかならともかく、光の量で魔力の質が変わるとか、誰が気づくんだっていう……。ぐぅぅ、言い訳です、鑑定も魔力視も持っているくせに、ずっと見落として……!
いや、このレシピを作ったヴェルガー男爵は、気づいていたのだろうなあ。リオナさんが、私に黙っていただけで。
「何はともあれ、今日は私的にお祭りですよ~嬉しい。お夕飯豪華にしちゃおうっと。あ、リオナさん、食べたいもののリクエストとかありますか?」
浮かれポンチになっている私は、うきうきを隠しもせずにリオナさんに尋ねる。
「……そうね、じゃあ、カナメのビーフシチューが食べたいわ」
そういったリオナさんの顔は、どこか寂しそうな顔で笑ったのだけれども。
ちょっとばかしシチューの時期には早いのに、珍しい料理をねだるものだなーと、テンションが上がっていた私はリオナさんの些細な変化に気づかなかった。
* * *
ビーフシチューは面倒くさい。
というか、フォンドボーが面倒くさい。そこからデミグラスソースが作られる、いわばキモである。いわゆるだしだね。仔牛の肉や骨と、香味野菜、ハーブを煮詰めて作ったもの。
コンソメやブイヨンと用途は似ているけれども、フォンドボーはスープよりもソースに使われるのが多いかも。
でもまあ、時魔法の付与が使える私には、時間のかかる煮込みの工程をある程度省略できてしまうので楽だ。もーこれが何より一番のチートだよね!!
日々ブイヨンとかコンソメも作っているし、かつて日本にいた頃は企業の叡智の結晶たる出汁の素を使っていたのに、今となっては出汁取りもすっかり慣れたもんだ。
ハンバーグや、パスタ、オムライスなどなど、デミグラスソースは結構使用頻度が高い。ちょこちょこフォンドボーは作ってあるので、ビーフシチューを作るのにかなり時短できる。
でも、リオナさんもいいチョイスだなー。まだちょっと時期には早いけど、お祝いって感じのメニューだし。てっきり酒のつまみを要求されるかと思いきや。
野菜を大きめに切って、庭から取ってきた各種ハーブをぐるぐると糸でまとめて作ったブーケガルニも準備。にんじん、玉ねぎ、じゃがいもと定番の具。あとコクを出すためのトマトね。
メインの牛肉は、ヒースさんが依頼で潜ったダンジョンのお土産でもってきてくれた、ミノタウロスのお肉だ。ドラゴン肉までとはいわないが、上級の魔物なだけあって、サシと赤身のバランスがいい感じ。んふふ、高級お肉最高だね。こちらも大きめにカットして塩コショウで下味をつける。
フライパンで牛肉に焼き色を付けて、旨味を閉じ込めるのは大事な工程です。
その後、鍋で塩を振って野菜をしっかり炒めて、甘みを引き出す。
牛肉を焼いたフライパンに流したワインを加えて煮込んで、全体が馴染むまで煮込む。牛肉の旨味とか油をこれであますことなく利用できるからね!
作業の合間合間に小麦粉とバターを炒め、いつものブイヨンを加えて伸ばしつつ作ったブラウンソースにフォンドボーを加え、中火で煮立たせる。ここでちょっぴし味をみるけど、いい感じにできてて私も思わずにっこり笑ってしまった。
ここにとうとう牛肉とブーケガルニをイン。時々灰汁を取りつつ、弱火でじっくり煮込む。水分が少なくなったら、フォンドボーやコンソメなんかで継ぎ足し。
煮ている間に、ヒースさんが依頼品の薬草を届けにきてくれた。「カナメ、おめでとう。すっかり一人前だ」と喜びのお言葉をいただいて照れ臭い。
「ここに墜ちてきたばかりで、右も左もわからずに、心細そうにしていた頃が懐かしいな」
「あはは。私もばっちりマリステラに慣れましたよね」
折角なので一緒にお夕飯を誘ってみたら1も2もなく頷いてくれた。ヒースさんもビーフシチュー好きだものね。作るの大変だって言って、滅多に食卓に上がらないメニューだから。
「じゃあ、俺はサラダでも作ろうか」
「ありがとうございます、助かります」
私がエビときのこのアヒージョを作っている傍らで、ヒースさんが手伝いを買って出てくれた。腕まくりをしてエプロンをする姿も、堂に入って格好いい。
ヒースさんも、すっかりうちのキッチンに慣れたものだ。
私が作り方を教えたドレッシングにもどんどんアレンジがきいて、今や私が作るよりも美味しいのを出してくるから侮れない。
「カナメ、ビネガー取ってくれる?」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
お酢を渡すと、にこっと笑ってくれるヒースさんに、照れ臭くなる。
……なんかこう、改めてヒースさんのことを好きだって意識しちゃうと、こうして台所に一緒に立って些細な作業しているだけでも、幸せだよね。嬉しくなっちゃう。
その結果、自然と鼻歌が出て、ビーフシチューに魔法が付与されちゃうんだけどさあ!無意識恐いな!
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