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元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい
117.元社畜と夜会・2
(そういえば、マリーはまだ来ていないのかしら)
徐々に増えてきた参加者をきょろきょろと見回すものの、もうすぐ夜会が開会されるというのに、マリーらしき人は見当たらない。シノノメ公爵家本家の令嬢だし、参加しないってこともないと思うんだよね、ディランさんもくるって言ってたし。
≪調律≫でお世話になった貴族家の方なんかは、既に軽く挨拶を交わしたんだけど、高位貴族の人は来るのが遅いってやつかな?
高位貴族といえば、先に王城に向かったユエルさん、シリウスさんと無事合流したらしく、登場した美形ご夫婦の正装艶姿は、たいそう眼福で圧巻でございました。
2人のいる場所だけ、空気が違うんだよ~。アイドルとかへの感覚、よくわからなかったけど、この2人なら推せるよね。私みたいなハリボテ養女貴族とは、全然違った。麗しすぎる私の義兄、義姉と比べてはいけない。
あっ、あとシラギさんと、その婚約者さんにも会えたよ!
シラギさんが婚約者さんの前ではめちゃくちゃ格好つけているから、ディランさんと後で可愛いねってくすくす笑っちゃった。
「今回陞爵した、ユベール伯爵とは……」
「子爵が短期で駆け上がったとか……なにやら竜を…………」
「今年の我が領の小麦は、品質よく仕上がりそうで是非…………」
「受勲した平民の作り上げた魔道具が、かなり画期的だそうで……」
「オルクスの刻印魔石も、また新たな……」
「リヒト魔法省長官が、新規魔法陣の開発に尽力を……」
「…………シノノメ一門のタオルの新作が、更に手触り良く…………」
「まあ、大通りに出店した新たなカフェのケーキをご存知? 何やら……」
「……伯爵がとても素敵な殿方らしくて…………侯爵にご縁のある方らしくて」
耳を澄ませば、方々から様々な会話が聞こえてくる。
こういう噂とか情報交換とか、貴族も庶民も関係ないよねえ。
きらびやかなシャンデリアの下、輝かしい功績も色めいた話題も腹黒いやり取りも、ひとくくりで交わされる。
うーん、私とはとんと縁のない世界だなあ。あっ、美味しいスイーツの情報は、是非詳しく聞きたいです。
なんて、物見遊山気分で夜会前のひと時を味わっていたら、ひときわざわっと周囲がざわめいた。
何事かと思って発端の方向を眺めると、ホールの入り口に数人、人がいて注目を浴びている。
周囲の囁きを耳にする限り、どうやら今回の受勲者の方がやってきたらしい。
でも、遠目からだけど、よくよく見ればそこの一角にいるのはマリーじゃないか?
私は、びっくりして目を見開いた。
マリーのお隣にいてエスコートしている人は、婚約者の男性だろうか。揃いの衣装でドレスアップし、公爵家の令嬢らしい笑みを浮かべている。似合いの二人といった感じ。
冒険者の装備を身にまとったマリーも凛々しく可愛かったけれども、貴族然として背を伸ばしたマリーも、また一段と麗しい。
てか、マリーが受勲者?それとも、マリーじゃなくて、婚約者の方が受勲したのかな?一体全体どういうこと?
しばらく連絡がないうちに、マリーは何をしていたんだろう。首を傾げるばかりだ。
マリーたちが入場すると、人混みの中から入り口を眺めていた私に気づいて、手を振ってくれる。
私も嬉しくて、小さく手を振り返した。
彼女らの後に続くのは、王国騎士団の制服を身に着けた騎士の男性だ。
胸元には勲章が輝いて、まだ若いのに実力者だとうかがえる。
隣にはやはり綺麗に着飾ったご令嬢がいて、婚約者かな、親密そうに会話を交わしていた。
そうして、最後。
単独で入場したその男性に、私は目を奪われた。
「え……?」
――その人は、ヒースさんだった。
私が見間違えるわけがない。ヒースさんが、王国騎士団の軍服をまとって、騎士さんの後を悠然と歩いている。
その胸元には、先だって入場した騎士さんと同じ勲章が輝いていた。
ミルクティー色をした柔らかな髪を上げ、翡翠色の瞳は強い意志に溢れ、整った麗しいかんばせには色気が載り、ただでさえ精悍だった肢体は軍服に包まれ、ますます男らしさを体現している。
有体に言って格好いい。
「まあ、あの方がユベール伯爵よ! つい先日まで子爵だったのに、あっという間に功績をあげたそうよ」
「領地でずっと療養していた、ミスティオ侯爵家のご子息様なんですって」
「きゃっ、こちらにいらっしゃるわ。なんて素敵な方!」
周辺にいたご令嬢が、頬をバラ色に染めて、ヒースさんの美貌にうっとりとため息を漏らしている。
てか、今、聞き捨てならない発言が。
ユベール伯爵ですと!?
ミスティオ侯爵子息ではなく!?
一体どういうこと!?
もしかして私、今幻覚か夢でも見ている!?
混乱に私がおろおろと隣のディランさんを見上げると、ディランさんがにんまりと愉悦を含んだ様子で、口角を上げているではないか。いかにも悪戯が成功しましたっていう顔だ。
あっ、こ、これは、この人知っていて黙っていたな!?
私は、まんまと度肝を抜かれた。
周辺を見回したヒースさんは、私とディランさんを視界に収めると、一歩一歩踏み占めるようにこちらに向かってきた。
かつん、かつんと、ヒースさんの立てるヒールの音が、嫌に大きく響いている気がする。
ちょっと威圧感さえ感じる真顔のヒースさんに、近寄りたそうにしていた令嬢たちが、こぞって道を開ける。モーセかってくらい。
やがて、靴音は止まった。私たちの目の前で。
「ディランダル君、カナメの虫よけ、どうもありがとう。自分が虫になったりしなかったかい?」
「ヒースさんってば、開口一番ひっどいなあ。こんなに親身になって、虫よけの任務に徹していたというのに~。誰もカナメに近よせていないよお、僕以外はね」
いや、貴方いけしゃあしゃあと。めっちゃ馬車で告白してきましたよね?あの告白は何だったのかと!?
私が胡乱な瞳を向けると、ディランさんはてへっと笑ってウィンクを一つ。軽い。
そんなディランさんの様子に深々とため息を落とした後、ヒースさんはおもむろに私へと視線を寄せた。
ごくんと、無駄に息を呑んでしまう。
「カナメ」
ああ、ずっとずっと待っていた、ヒースさんの声が耳を打つ。
ヒースさんが、目を細めて柔らかく笑う。
王子様みたいに貴公子っぽくなっていて、立ち居振る舞いも洗練されていて、でも私が知る、変わらないヒースさんの笑顔だった。
泣きそうになるのを、私は必死にこらえた。
「待たせてごめん。待っていてくれてありがとう。ようやく胸を張って、君を迎えに来られたよ」
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