【完結】元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

綴つづか

文字の大きさ
122 / 126
番外編

121.冒険者は和解する・1

しおりを挟む



「ほんっとうにすまなかった!!!!」

 ごん、と勢いよくテーブルに額をぶつけながら頭を下げる人物の、俺の知るイメージとのギャップに思わず遠い目をした。





 カナメの元を離れ、長らく拠点としていたクラリッサから発った俺は、一路王都へと向かった。
 目指すは、王都のミスティオ侯爵家タウンハウスだ。幼少期に俺が過ごした家。
 複雑な思い出は多々あれど、あれからもう10年ちょっとが経過している。俺も大人になったし、何よりカナメに凝り固まっていた想いを聞いてもらった。冷静に訪れることができるはずだ。

 未だ父は騎士団長を拝命しているため、家族も全員王都にいるだろう。何せ母を溺愛して離したくない人だ。父以外は遠方の領地にいるという状況は考えづらい。

 念のため、クラリッサを出る前に、風魔法≪伝言メッセージ≫を家に飛ばす。話があるので訪いたい旨を連絡してみたところ、母から即座に会いたいとの返事がきたので、俺は胸を撫でおろした。出鼻をくじかれずによかった。
 ノーエン伯爵家のゴタゴタの時に、一度頼ってはいたから、問題はないと思っていたが。あの時は、弟のシグムントが対応してくれた。

 本来なら、きちんと手紙を認めるのが手順としては正式だったが、今更何を書いたものかと躊躇いがあった。
 それは母も同じだったのか、短い伝言の魔法の文章が、やけに乱れていた。
 何の前触れもなく出奔した長男からの突然の連絡だ。動揺させてしまったのなら申し訳ない。
 あとは家族との対面と対話あるのみ。不安は残るものの、大丈夫、カナメから、俺も勇気をもらったから。



 そうして訪れた約束の日。
 身支度を今一度確認してから、俺はすうっと息を吸い込んだ。少しだけ緊張しているのか、鼓動が早く感じられる。柄にもないな。魔物と戦っている時のほうが、よほど気が楽だ。
 貴族街そばまで走る辻馬車から下り、俺は懐かしい風景の街並みを歩く。
 仕事で仕方なく王都を訪れることはあったものの、この辺りに来るのは正直避けていた。
 記憶の中の街並みとは少々変化があって、時の移り変わりを如実に感じさせる。

 上位貴族の豪邸が立ち並ぶ道を進めば、やがてミスティオ侯爵家のタウンハウスが目に入った。多少改装工事などは行っているようだが、自分の記憶の中の屋敷そのままで、俺は少しばかりほっとする。
 上位貴族とはいえ武官の家なので、こうして改めてみると周囲に比べて屋敷は質実剛健かもしれない。外装はクラシカルで、建国から続く家系としての歴史を感じさせる。傾向としては、オルクス公爵家に似ているか。

 とはいえ、やはり貴族家は広い。少し先にある入り口の鉄門扉から軽く見える庭先だけでも圧倒される。庭師が丁寧な仕事をしているのだろう。花が咲き乱れており、はたから覗き見るだけでも美しい。
 うーん、これが俺の実家か。豪華だな。
 すっかり平民暮らしが板についてしまったようで、ふと浮かんだ感想に思わず苦笑してしまう。
 さっきから門番らしき人物が怪訝な顔をしているが、俺も見知った顔ではないし、まあ当然か。不審者然としすぎだな。

 俺が改めて声をかけるべく歩を進めると、門扉の奥から声が届いた。

「ぼっちゃま。ヒースクリフぼっちゃまでいらっしゃいますか」
「……ヨアン、か」

 俺は目を見開いた。
 年を重ねて、以前より白さが増しているが、眼前にいるのは、幼い俺の面倒を甲斐甲斐しく見てくれていた執事のヨアンだった。

「ああ、お帰りをずっとずっと心待ちにしておりました。立派になられて……」
「心配をかけてすまない」
「いいえ、いいえ。ご無事でよかった。さあ、ぼっちゃま中へ」

 ヨアンの合図で開かれた門扉から、促されるままに足を踏み入れる。
 涙の滲む目で、ヨアンに微笑みかけられる。家族ばかりではなく、ヨアンのような俺の面倒をみて可愛がってくれた使用人たちにも、何も言わずに家を出たのだ。さぞかし心配をかけてしまっただろう。今更ながら、己の身勝手な行動の結果に、申し訳なさが胸を苛む。

「おかえりなさいませ、ヒースクリフぼっちゃま」
「ただいま……といっていいものか」
「いいのですよ。昔も今も、ここはぼっちゃまのお家です。皆様、ぼっちゃまのことを首を長くしてお待ちですよ」

 執事らしく、改めてヨアンがぴしりと頭を下げて俺を出迎える。
 うーん、でもさすがにもう「ぼっちゃま」呼びは、気恥ずかしいからやめてほしいのだけれども。

 ヨアンに先導されながら、エントランスまでの道のりを行く。
 あの頃は自分の目線と同じくらいだった庭の植栽を、今はこうして見下ろして歩いている。不思議な気分だ。もう、戻らない、戻れないと思っていた家だったのに。
 やがて、たどり着いたエントランスには、使用人たちばかりでなく、家族も勢ぞろいしていた。
 見知らぬ男女がいるが、弟と妹だろうか。ろくすっぽ顔を合わせたことがなかったが、よくよく見れば両親によく似ていた。

「ヒースクリフ……っ!」

 感極まった女性の声が響き、ヒールの音がかつんかつんと床を鳴らす。
 ああ、淑女がそんな風に走ったら危ないのでは。倒れてしまうのでは。ハラハラしてしまう。
 そんな俺の心中などおかまいもなく、自分の中で線が細く、儚くたおやかなイメージそのものの女性が、俺の胸に飛び込んできた。

「母上……申し訳ありません」
「家に帰ってきての第一声が、申し訳ありませんっていうのはどうなの! そこは素直にただいまと言いなさいよ」

 涙声のままに叱られる。自分の母がこういうことをきっぱり言うとは思わず、俺は目をぱちくりと瞬かせた。
 ぎゅうと俺を抱きしめる腕の力はそこそこ強く、幼い頃抱いた折れてしまいそうにか弱かった母の印象が覆されそうだ。
 でも、母上の言い分ももっともだ。まだ俺は、きちんとするべき挨拶をしていない。

「はい。……ただいま戻りました、母上」
「おかえりなさい、ヒースクリフ。私の可愛い息子」
「長らく身勝手に不在にして、本当に言い訳のしようも……」
「そこは謝らなくていいの! 貴方がこうして家に戻ってきてくれる気になった。それだけでいいの。むしろ謝らなければならないのは、こちらのほうなのに」
「……母上は、俺に甘すぎるのでは?」
「母親だもの、甘やかすのは当然でしょう?」

 涙に濡れ少し赤くなった目を細めて、母上が美しく笑う。
 久しく会っていなかった母上は、さすがに記憶よりも歳を食っていたものの、変わらず清涼な人だった。
 カナメに魔力吸収の調整をしてもらったから、俺は、既に母上を害すことはないと知っている。
 だが、それを知らないにも関わらず、果敢に俺を抱きしめてくれる母上に、胸がじんと熱くなった。また体調を崩してしまうかもしれない恐れがあるのに、俺を抱きしめるのに一切躊躇いを感じさせない母上から、俺は確かな愛情を感じ取った。
 ああ、ああ、見捨てられていない。心の中のわだかまりが、ほろほろと少しずつほどけていくようだった。

「……ヒースクリフ、ただいま戻りました。父上、そして俺の兄妹」

 しばらく母からの抱擁を味わった後、身体を離して、じっと俺を見つめてくる視線の先へ向けて、ゆっくり頭を下げた。その瞳の中に、あの時のような苛烈さは全く感じられない。
 俺の挨拶に、父と弟妹はこくりと頷いたり、笑顔を返してくれたりとめいめいな反応だった。

 まだお互いにぎこちなさが残るものの、拒否もなく、ミスティオ侯爵家は俺の存在を受け入れてくれた。



 そうして招かれた応接室で、ぎくしゃくとした父上がかました言動が冒頭のアレである。
 それに追撃するように、母が扇でペチペチと父の頭をどついている。
 さすがの俺も、予想だにせず度肝を抜かれた。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...