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もう一人の聖女②

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 そもそもの話、王弟殿下が打ち立てた策は、実のところ消極的なものだ。私は自ら聖女を名乗ってはいないし、やっていることだって基本的に光魔法による治癒のみ。しかも、たった1日4時間の期間限定ときている。
 ただ、伝承の『聖女』らしさをアピールすることで、あたかも聖女が誕生したかのように自然に仕向けただけ。偶像として民衆の心に拠り所を作り、スタンピードの脅威に対抗するための時間を稼ぐというのが、本来の目的であるからだ。そうやって、混乱を招かぬよう慎重に情報を開示していった。
 だが、それを逆手に取られたわけだ。
 とはいえ、現状相手方の情報が少なすぎて、こちらとしても身動きのとりようがない。何食わぬ顔をして、日常業務を続けるだけである。

(とんでもないことになってきたなあ……)

 私はルクス殿下から託された手紙を持って、騎士団までお使いにやってきた。側近の皆様方がにわかに忙しくなったので、私が配達を買って出たのだ。
 護衛の心配をされたものの、侍女服に眼鏡、髪の色を変えただけの三つ編み三点セットで、途端に誰も私のことを聖女だなんて言わなくなる。ヴェールの視認性が低いおかげか、はたまたそれだけ素の私が地味すぎるのか……哀しくなるから追求はやめておこう。
 騎士団長に手紙を託し、いざ執務室に戻ろうと踵を返したところで、併設の治療院周りがざわついているのに気が付いた。

「……何かしら? もしかして、急患でもいるのかな」

 だとしても、今は聖女姿ではないから、すぐに患者の対応ができないのがもどかしいのだけれど。
 様子を見るだけでもと思い、騎士様方が作り上げる厚い壁の合間を縫って、私は院内をひょっこりと覗き込む。が、目を瞠り後悔した。

(うわぁ……)

「さあ、騎士団の諸君。俺の連れてきた『真の聖女』が、お前たちをまとめて癒してくれるぞ。せいぜい感謝するがいい!」

 ばっと片手を突き出し、入院中でベッドに寝ている怪我人たちへと盛大なアピールをかましているのは、第二王子オルヴィス殿下。そして、その隣でミレディ様が微笑を浮かべている。先ほど、まさに話題に上っていた二人だ。

「うふふ……。光の女神ジュスティーヌの大いなる慈愛を、すべての者に分け与えたまえ。《範囲治癒エリアヒール》」

 胸元で手を組んだミレディ様が祈りを捧げると、ゆっくりと光が生まれる。その光を分け与えるようにそっと両手を目の前に広げる姿は、華麗な外見も相まってそれこそ光の女神の降臨を思わせた。
 まるで銀色の雨が院内に降り注いだみたいに、虚空に舞った淡く輝く雫は、怪我人たちを包み込み、すうっと吸い込まれていく。
 それは、ほんの束の間の出来事。しん……と院内に沈黙が降りる。幻惑的な光景に、誰もが圧倒され声すらも呑まれていたからだ。
 だが、しばらくしてその静寂は、方々から上がる野太い声によって破られた。

「おおお……! ずっと残っていた痛みが消えた……!」
「嘘だろ、ちゃんと動くぞ!? すぐに癒すのは無理だって言われていたのに……!」
「聖女様! まさしく聖女様の奇跡だ!」
「第二王子殿下万歳! 聖女様万歳!」

 わあわあと歓声が上がり、オルヴィス様とミレディ様への賞賛が響き渡る。当たり前だろう。私が少しずつ治癒を重ねていた人たちが、一斉に回復したのだ。まさしく奇跡の御業。
 なのに、何故だろう。みんなが元気になったことに喜んでいる自分がいる反面、砂を噛むような、酷くもどかしい気持ちにも苛まれて。
 あれほど、聖女という立場に気後れしていたというのに。
 いたたまれなくなって、私はその場からふらりと逃げ出した。どくどくと、心臓がうるさいくらい音を立てている。
 凄かった。本当に凄かった。私のポンコツな治癒よりも、遥かに力が漲っていて、綺麗で、暖かな光を抱くミレディ様は、まさしく聖女と呼ぶにふさわしいと誰しもが思うだろう。ルクス殿下は裏があると踏んでいたけれど、あれは紛れもなく光魔法だった。

「おい、邪魔だ。こんなところでちんたらしているな!」

 不意に、どんと衝撃が身体に走り、よろけた私はそのまま傍の壁にぶつかった。眼鏡がかつんと廊下に落ちる。

「聖女の道行きを塞ぐだなんて、不出来な侍女がいたものですわね」

 はっと顔を上げると、キラキラしい一団が目に入った。どうやら、治療院を出てきたオルヴィス殿下一行に追いつかれたらしい。ぼんやりしていたせいで全く気づいておらず、私は慌てて頭を下げ道を譲った。

「申し訳……ありません……」

 フンと鼻を鳴らし肩をそびやかして、王子たちはさっさと先を行ってしまった。不敬を問われなかったのは、軍部治癒院のそばで、未だ人目が多かったから目溢しをされたにすぎないのだろう。ある意味助かったのだが。
 ほら、聖女の姿をしていなければ、私はオルヴィス殿下にすら認識されない。

「……なんだかなあ」

 廊下にぺたりとしゃがみ込んだまま、モヤモヤする気持ちを抱えた私は深くため息をついた。

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