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2度目の勧誘②
しおりを挟む「無理です!」
「ここでも即答するぅ!?」
あっけらかんと呟かれた重要な言葉にぎょっとなって返せば、身を起こしたルクス殿下が、こらえきれずにぶはっと噴き出した。失礼な。
即答だなんて彼は言うけれど、私はずっとずっと眠れない夜を過ごす中、考え続けていた。
片や田舎の子爵令嬢、片や王弟殿下。これは、壮大で心を甘くときめかせる『物語』とは違う。地味な私の人生の一幕なのだ。
なのに、くつくつと愉快げに喉を鳴らすルクス殿下は、私の一大決心の返答もどこ吹く風。むしろ、予想通りという顔をしているので小憎たらしい。
「いや、ちょっとくらい考えてくれてもさあ、一応僕王弟だよ? 傷つくなあ」
「……王弟殿下だからこそ、ですよ」
「でも、あくまで『無理』であって、『嫌』じゃないんだね」
笑いを止め、嬉しげに愛しいものを見るかのような表情のルクス殿下に、私は声を詰まらせた。一番突っ込まれたくない感情を、的確に突いてくる。真っ直ぐな眼差しに耐え切れず、私はついと視線を逸らした。
「意地が悪いです……」
「もし、身分差を気にしているのであれば、逆に身分の低いほうが僕としては助かるんだ。ただでさえ功績を上げまくっているのに、これ以上大きな後ろ盾など持ってみなよ。マティアスに対する、余計な火種になりかねない」
今回の采配でマティアス殿下の立太子は揺るぎないだろうが、そうそう簡単にいかないのが継承問題だ。未だ、ルクス殿下を王に推す王弟派は根強い。ルクス殿下はあくまでもスペアのつもりで玉座に対して二心を抱いたりしていないし、王家の方々だってルクス殿下を信じているはず。それでも、彼の強大な力は、疑心を生みかねない諸刃の剣だ。
だから、色恋沙汰そっちのけで、魔法研究に携わっていたにせよ、ルクス殿下はあえて今の今まで、ずっと婚約者を作ってこなかったのだろう。
「それに、ユユア嬢は聖女という無二の存在だ。王国側としても、聖女である君を僕に預けておきたいのさ。聖女の力は希少故に、また攫われないとも言えないしね」
「それは……」
気にしているどころではなく、スタンピードで顔を晒してしまったため、聖女イコール私だとすっかり割れてしまった。幻惑魔法のブレスレットを着用したとて、私だとばれる可能性は飛躍的に上がっているだろう。
今回の騒動は、国内で済んだからどうにか丸く収められた。が、国外から魔の手が迫らないとも言い切れない。それほど、浄化能力は稀有なのだ。
「僕が君を守る。身分差に対する大義名分なら、いくらでもあげつらえるよ。それ以上に、僕は君を他の男なんぞにやりたくない」
真っ直ぐな言葉に、ぐらりと心が揺さぶられた。どうしよう。顔に熱が上って、赤くなっている気がする。私は拒んでいる側なのに、これでは説得力がなくなってしまうではないか。
「で、ですが……私は、このまま治癒師の仕事を続けていくものだとばかり思っていて……学園も辞めていますし」
「こちらとしては、君の治癒で救われる人がいるのだから、仕事を続けてもらえるのはありがたいくらいだ。もちろん、勉学はおいおい身に着けてもらう必要はあるけれどね。ちなみに、僕が臣に下ったときには、辺境にすぐ向かえるようにと近隣の王家直轄領をもらう予定でいる。ブルーマロウ子爵領のそばでもあるね」
「なんて用意周到な……」
「最初はターナー公爵領跡地をって話もあったんだけど、僕は研究と破壊専門で、領地の立て直しとかは、ほんっと向いてないんだよねえ……」
「殿下は研究者気質ですしね……」
「そうそう。ブルーマロウ子爵領に埋め込まれている魔法陣の研究もしたいし! アレ、絶対初代聖女の遺物だよ」
ルクス殿下は、うっとりとため息をついた。
聞き捨てならない存在については、とりあえず置いておくとして、確かに辺境伯領近くに、豊かな王家直轄領がぽつんとある。そこにルクス殿下を配置するのは、辺境に出没する魔物対策だけでなく、隣国に対する牽制にも繋がるので悪くない。そもそも、西側にあれだけの魔物が氾濫したのは、完全なるイレギュラー。本来、辺境の方が魔物が跋扈している。
ルクス殿下には好き勝手やってもらって、陛下やマティアス殿下みたいに、大事なところできっちり手綱を取るのが、この人を一番うまく使えるやり方だと私も思う。書類整理を手伝いながらわかったことだが、興味のない分野に対するルクス殿下は結構ぐだぐだだし、いつの間にか勝手に素材を集めにふらりと出かけてしまうこともしばし。側近たちの心労たるや、推して知るべし。
「さて、君の言い分は、もう終わりかな?」
「ぐ、ぐぐ……わ、私は地味ですし、殿下の隣に立つにはあまりにも……」
「地味だなんてとんでもない。聖女姿の君は、多くの騎士や魔法師を魅了して、僕がどれだけやきもきしていたのか知らないのかい。僕は君のありのままの雰囲気が好きだし、一緒にいて凄く落ち着くんだ。地味だというのなら、僕が君を着飾ろう。ほら、楽しみが増えたね?」
既視感のあるやり取りだ。ルクス殿下は、私の言い訳やら躊躇いやらを容赦なく全てぶち壊していく。
「さあ、他には?」
「うぐぐ……」
思考は空回り。着実に追い詰められて、私は涙が出てきそうになるのをぐっと堪える。いや、だって身分差ってかなりのネックじゃないだろうか。しかも、彼は王族だ。それを、あっけらかんと一蹴されてしまい、私は途方に暮れる。
「どうしてそんな簡単なことのように言うんですか……何度も何度も考えて、私では殿下の隣に立つにはふさわしくないって思ったのに……」
「ふさわしいとかふさわしくないとか、そんなの関係ない。僕は王位を継ぐわけでもないし、好き勝手やっていたから逆に今の状況は喜ばれているくらいだし。それに……」
「それに……?」
「無理だって言いながらも、ユユア嬢は僕が大好きでたまらないっていう顔をしてるからさ。諦められるわけ、ないよね?」
「なっ!?」
思わず、ばっと自分の頬に片手を当てる。本人の目の前で、そんなわかりやすい顔していたのか!? いやだ、は、恥ずかしい!
内心焦りでいっぱいの私とは裏腹に、殿下は重なっていた手を、畳みかけるように強く強く繋いだ。指先同士が絡んで、離さないといわれているみたいだった。
「難しく考えなくていいんだ。何もかもを投げ打って、君の素の想いをぶつけてほしい。全て受け止めるし、僕が絶対にどうにかする。君が好きなんだ、ユユア。僕の可愛いユユ。お願いだから、君個人の感情を聞かせてくれないか? それとも、僕では君の手を取るには足りないだろうか?」
私の頑なさを溶かすような、至極優しい声音が耳に響いて。
気まずくて外していた視線を、おずおずと戻す。ルクス殿下の目は、優しく柔らかく私を見守ってくれていた。不安も心配もない、蹴散らすと、ルクス殿下の碧い瞳は物語る。何ともルクス殿下らしいやり方だ。
ああ、もう。そんなの、白旗をあげるしかないじゃないか。
「~~~~~っ!! 殿下は! ずるいです! 私の不安、全部綺麗に吹き飛ばして!」
「そうだよ、知らなかった? 君と10も年が離れているのだから、外堀全て埋めるくらいはやるさ」
「……殿下は、私の魔法だけが好きなんだとばっかり思っていました」
「引っかかっているのはそこかい? 僕からすると、君そのものも魔法もすべてひっくるめて、ユユアというたった一人の存在なんだよ。僕は、割り切りがはっきりしている方だからね。どちらかが欠けていても、きっと僕は君が欲しいと思わなかっただろう」
「うう……研究室で口説かれるだなんて、不意打ちすぎます……」
「僕に情緒を求めたら駄目だよ。僕は死にかけた直後だの、攫われた貯蔵庫だので君を口説いた男だよ?」
胸を張るところじゃない。改めて言われると、シチュエーションにロマンスの欠片もなくて酷いと、エマ様あたりに罵られそうだ。
最初に子爵領の森でルクス殿下と出会ってから、波乱万丈、色々な出来事があった。それらすべてが脳裏をよぎって、私はとうとうくすくすと笑いを漏らしてしまった。大半が驚きの連続、でもそれが嫌じゃなかったしむしろ楽しかった。
いいのかな。本当に手を取ってもいいのかな。不安も迷いも躊躇いも払拭できたかといわれると、そんなに容易ではない。心は漣のように揺れる。ルクス殿下のせいじゃない、私自身の在り方の問題だ。何のかんの、状況に流されるがまま、ここまできてしまったから。
だけど、そんな感情すらも見通しひっくるめて、殿下は私自身を受け止めてくれているから。
ああ、悔しい。悔しいけれど完敗だ。この人に勝てるわけなんてないと、最初に会った日にわかっていたではないか。
私は、小さく息を吸い込む。
……そうして、ルクス殿下の手に、もう片方の手をそっと重ねた。
「……もう、私ってば、殿下に振り回されてばっかりじゃないですか?」
「ユユこそ、僕を振り回している自覚がなさすぎる。お互い様だ」
「でもね、振り回されるのさえ愛おしく感じられてしまうほどに、私はルクス殿下が好きなんです」
「うん、やっと聞けた。僕をこんなにやきもきさせて、悪い子だ」
ルクス殿下は嬉し気に破顔して、私をぎゅうと抱きしめた。
温かな体温と殿下の匂いに包まれて、とても落ち着く。殿下でも緊張することなんてあるのかなって思っていたけれど、微かに伝わってくる鼓動は早い。ああ、ここが私の居場所なんだなと実感して、私はぴったりと殿下に身を寄せた。
きっと早鐘を打つ私の鼓動も聞こえてしまうだろうが、今は全てが心地よかった。
「知っているかい? 僕はね、一旦気に入ったら、とことん突き詰めたいタイプなんだ。だからね、ユユ、僕のそばにずっといて欲しい」
「……はい」
唇にそっと落ちた誓いは、永遠だ。
長らく互いの温もりを堪能して、私たちはこつんと額を合わせて笑った。
こうして、4時間だけの仮初聖女は、改めてノルンディード王国の聖女として、国の安寧に末永く寄与をした。
その後、聖女は臣に下り公爵を賜った王弟殿下に嫁入りし、そこかしこで仲睦まじくお互いを振り回している様子が散見されたという。
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