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しおりを挟む「起きろ」
ベッドで寝転がっている男の脇腹に軽く蹴りを入れれば、目を開けるのも面倒くさそうに「なんだよ」という可愛げのない返事が返ってくる。
「三回くらいで寝てんじゃねぇよ」
「いや、三回ヤッたらもう十分だろ」
男の身体は、俺が与えた快楽の残滓を、ありありと残したままだ。
互いに放った濃厚な熱は男の腹に飛び散っている。胸元をサラッと撫でてみると、汗で湿っているのに不快感がなく、手のひらに吸い付いてくる。
その滑らかな曲線美を楽しむべく、胸元から脇腹、太ももからふくらはぎに手を這わせ、脚の甲を舐めれば「変態」という言葉が返ってきた。
この男は女狐のようだ、と思う。
今、手を這わせているふくらはぎも、つやつやとしていて、美しい狐の体毛を撫でているような錯覚に陥る。
「お前、滅多に捕まらねぇんだから、俺といる時は俺だけを見ろ」
女狐はククッと笑う。
「何か勘違いしてないか? それじゃあまるで俺が遊び人みたいじゃないか」
「笑えねぇよ。他に言うことは?」
女狐のように男を誘い、その色香で喰い散らかしている男の口から飛び出した言葉に、俺は吐息を落とす。
「言いたいことは特にないな。続行したいならそのままどうぞ。絶倫くん」
「なら、続行」
持ち上げていた片脚を大きく開いてやれば、まだひくひくと収斂を繰り返す小さな口からは、俺が吐き出した粘液がまとわりついている。
締まりきっていない口は、言葉とは裏腹。
すぐにでも男を受け入れる準備が出来ていて、覆いかぶされば俺の背にそっと腕を回される。まるで誘い込むように。試すように。
女狐は常に男を誘惑する。
そして、その手管を熟知している。
どうすれば、より自分を美しく見せられるか。どうすれば、より相手を昂らせられるか。
持って生まれた綺麗な顔と、ほどよく筋肉がつき、白磁のように白い、しなやかな身体を最大限に活用する術を熟知している。
(ぶっ壊してぇ)
その余裕も、クールな態度も、そのくせ誘いかけるような言葉も、妖艶に眇められた瞳も、何か高尚な楽器のように優雅に奏でられる声音も。
そのすべて、俺だけのものにしたい。
戯れに、先の荒淫でまだ柔らかな襞の中に指を差し込めば、きゅっと締め付けられる。その反応がどれだけ俺を愉しませているか。それを女狐は揶揄うように意図してやっているから性質が悪い。
「締め付けんなよ。煽ってんのか?」
「別に。お前煽って俺に得することあるか?」
女狐は口が達者だから困る。
こうして一体何人の男を陥落させたのだろうか。
(優しくしてやったら付けあがらせる一方だな)
だから俺は本能のままに、コイツに翻弄されるままに欲をぶつける。深く、深く、俺だけに馴染むように。
肉を穿ちながらするキスは嫌いじゃない。
身体の空洞という空洞を、俺ひとりが堪能する。
互いの口腔から響く音。
互いの下肢から響く音。
口接けは深く甘い。濡れた吐息に更に水分を含ませるべく唾液を送り込むと、男はケホッと噎せた。嚥下しきれなかった口端から垂れる雫を顎下から舌で掬いあげてやれば――。
女狐は慣れたもの。
俺の舌を綺麗に揃った前歯で挟み、ぺろりと紅い舌を覗かせながら、反撃とばかりに唾液を注ぎ込んでくる。その蜜があまりにも甘美で喉の奥が歓喜に震えてしまう。
(俺がリードしているようで、結局はコイツにリードされちまうんだよな)
自然、下肢をぶつける速度が上がってしまうのは、俺の理性が足りないのか。はたまた男が余裕なことが悔しいのか。
(どっちも、か)
既に互いの境い目はなくなり、唇も淫らな孔も、全てが固着している。毛穴のひとつひとつすらも俺で埋めつくしてやれたら、どんなに満たされるだろう。
女狐は俺の欲望を絞り尽くそうと、ぎゅうぎゅうと体内を締め付けて頂きへ導こうとする。俺が責め立てているようで、主導権はコイツにある。それが酷く悔しいが、もう止められない。
ふたりの唇から漏れ出る吐息は、湿度を上げるようだ。余裕など、どこにもない。あるのは身体が求める正直な反応だけ。
俺の背に爪を立てる力が強くなってきた。狐の鋭い爪が食い込まれるだけで、簡単に熱を飛ばせそうだ。
(俺のプライドが許さねぇけどな)
女狐は、明日は違う男に美しい毛並みを見せつけ、尾を振るんだろう。だったら――有限な時間の中だけでも俺という存在で埋めつくしてやりたい。
ひくひくっと、臍下が痙攣しだすのを俺は見逃さない。快楽で屈服させてやれば、この男はまた俺のところへ来るだろう。
付かず離れず、女狐の捕食者となっているのは癪に触るが、この男を抱けるならそれでもいい。
――今は、まだ。
やがて男は両脚を戦慄かせながら、自らの腹に快楽の証を吐き出した。やや遅れて、俺も迸りを注ぎ込む。
「はっ……お前、何回出すんだよ」
「そのセリフ、そのままお前に返してやんよ。お前も素質あるんじゃねぇの? ――絶倫の」
ククッと笑いながら、俺は男の腹に飛んだ粘液をゆるゆると指で回しながら考える。
(さぁて、次のアポどうすっかな……)
女狐は気まぐれだ。
興が乗った時しか俺の前に姿を現さない。
たまに道端で見かけては、こちらを一瞥してさっさと去っていくような、自由気ままでありながら警戒心の強い生き物だ。
だから俺は焦らない。
時間を掛けて、ゆっくりゆっくり手懐ける方法を探し続けている。
「なぁ、次だけど――」
男が気怠げに視線だけをこちらに寄越す。
「次……か。しばらく予定いっぱいだから、お前は何番目かな。順番が周ってきたら連絡する」
女狐はどこか一箇所に留まらない。
『俺を住処にしろよ』という言葉はいつもグッと腹ん中へ抑え込む。
今はまだ何番目でもいい。
いずれ俺だけに美しい毛艶を見せ、凛々しい尾を振ってもらえるように攻めていけばいい。
女狐はたまに姿を現すからこそ貴重であることを俺は知っている。他のどんな雄にも心の底からは懐かない。ただ、たまに見せる翳りを帯びた表情は、満たされない何かがあるのだろうか。
(もしかして、コイツも満たされてねぇのか?)
だが、今は――。
〝俺の番〟とやらをじっくり待って、他の雄たちの中で自分が一番になっていけばいい。最後に帰ってくるのは、俺の腕の中にすればいい。
(じっくり待ってやろうじゃねぇの)
賭けはスリルだ。だが、俺はそんなスリルが嫌いじゃない。失敗すればすべてを失うことになるが、成功すれば――。
いつか女狐は俺の従順な支配下になるだろう。
失敗したら、また初めからやりなおせばいい。ベットする金――身体はコイツが求めてくるだろう。
〝俺の番〟とやらが、どうやら何度でも周ってきそうだというだけで今は十分だ。
現時点で、俺は候補者のひとりに入っているということなのだから。
(可愛い女狐ちゃん)
そんなことを思いながら、俺はまた微睡みかけている男の脇腹に蹴りを入れる。今度は少しだけ、力を加減して。
(さすがにやり過ぎだかんな)
〝俺の番〟の夜がどんなに濃厚で濃密なのかを刻みつけてやる。そのためなら何度だって欲望を注ぎ込む。
「また?」
うっとおしそうに前髪を掻きあげ、何だかんだと反抗するが、女狐は俺が汚した孔から滴る白い欲望を指で掬いあげた。かと思えばそのまま口元へ運び、ぺろりと舐めてニヤリと笑う。朱い舌と鋭い犬歯がやけに扇情的で参る。
どうやらこの女狐。
今はまだ無自覚のようだが、俺のもとへ堕ちる日もそう遠くないのかもしれない。本当なら今すぐ銃で仕留めてやりたいが、生きていなければ意味がない。
その肌も、瞳も、声も、身体も、生きたまま手に入れるのが俺の望みなのだから。剥製ではつまらない。
俺だけに媚びて啼け。
END
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