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  ”もうすぐ離ればなれ” って、感傷に流されるよう
  結構衝動的に体の関係を持ってしまって。

  あれ以来ほとんど連日のように、何かしらの
  口実を作っては2人で逢い ――、


『―― 小遣い貰ったばっかだから、今日はホテル
 入れるけど……どうする?』

『ホテルなんてもったいないから、ネカフェとかに
 しない?』

『いやぁ……それは、無理でしょ』


  と、裕が後方の朋也・西島を振り返り見た。


  あの無断外泊が発覚した日から、私に対しての
  警備は厳重さを増し、護衛の朋也・西島に知られず
  裕と密会なんて100%不可能になった。

  『我々はなるべくお嬢のプライベートには関知
   しないようにしますんで、お嬢も協力願います』

  外でデートなんて事になると、護衛に要する人員が
  朋也・西島だけでは足りなくなるので、必然的に
  裕と私のデートは裕の家でする事が多くなり。


 ***  ***  ***


『―― ね、絢。今日はコレ、やって欲しいんだけど』

『え ――っ、こんなの、ここでやるの……』

『あ、どうしても嫌ならいい。俺、我慢する』

『……私、あんまし上手くできんよ』

『え ――っ、じゃあ……』


  この日、私は初めて裕の男性自身を口で愛した。


  一緒にいられるだけで満足、とか何とか言いつつも
  毎回しっかりエッチして。


  そんな私達の平凡な日常をぶち壊す重大事件が
  勃発した。

  裕の父が特別背任罪の疑いで京都地検特捜部から
  任意取り調べの申し出を受けたのだ。

  他人のたてる噂というのは、そこに悪意の
  ある・なしに関わらず尾びれ背びれをつけ
  初めの話しとは大幅に様相を変え音速で
  広まっていくもので ――。

  裕のお父さん関連の噂も、
  ”任意取り調べの申し出を受けた”という話しから
  ”既に取り調べ中だ”に変わり、それはすぐに
  ”逮捕も時間の問題”と囁かれるようになって。


 ***  ***  ***


  一番始め噂が出た日から大体2週間後の事 ――、


  薄暗がりの中、ベッドサイドテーブルに置いた
  絢音の携帯のスクリーンが光って、
  着メロ+ヴァイブレーションで着信を知らせる。

 
  ”ん ―― んン……だぁれぇ?
   こんな時間に……”


  寝ぼけ眼を瞬かせて携帯の発信者表示を
  見れば”裕”と出ていた。

  絢音はふらふらとベッドから抜け出て、
  LDKへ出てからその電話に出た。


「もしもし? 裕、どうしたの?」

『あ、ごめん、もう、寝てたよな』

「ううん、ちょうど喉乾いて起きたとこ」


  と、話しを続けながらキッチンの冷蔵庫から
  牛乳パックを取り出して、コップへ注いで飲む。


「―― で、どうしたの?」

『あ、別に、どうもしねぇけど ――ホラ、
 しばらく会ってねぇから急にあやの声が聞きたく
 なっちゃってさ ―― ハハ、おかしいな……』


  気のせいか、裕の声は涙で掠れている
  ように聞こえた。


「ねぇ、裕? あなた、大丈夫?」

『う、うん、もちろん――』


  ―― 『 裕 』
  裕の声の向こうで、別の男の声がした。


『あ、じゃあ、兄ちゃん呼んでるからもう行くわ。
 声聞けて良かった。おやすみ絢音』

 
  って、その電話は切れたけど、
  絢音は何だか物凄く嫌な胸騒ぎがして、
  リビングのソファーで座ったままうたた寝をして
  朝を迎えた。
  
  
「――おはよー、おや、昨夜はやっぱりここで
 お休みになったんですねー」


  と、自室から起き出してきた朋也が言った。
  
  
「アハハハ、部屋に帰りそびれちゃって」

「おはよー、ん? なんだ、絢。今日は珍しく早いな」


  祖父・小鳥遊も起きてきた。
  
  
「おはよ、お祖父ちゃん ――」


  絢音は昨夜の裕からの電話の事を祖父に
  話してみようと思ったが、電話のベルに遮られた。
  
  
「はい、小鳥遊です ―― あぁ、松浪さん。
 お早うございます。えぇ、起きてますよ。
 今代わります」
 
 
  小鳥遊は朋也と代わってその通話に出た。
  
  
「おぉ、どうした? ん? テレビ? あぁ、
 ちょっと待て今点ける」
 
 
  テーブル上のリモコンでテレビのスイッチを
  入れた ―― その途端、見慣れた建物の映像が
  飛び込んできて、3人の視線はテレビの画面へ
  引きつけられる。
  
  今、そのテレビで放送されているのは、
  朝のニュース。
  
  株式会社”嵯峨野フーズ”特別背任事件の
  主犯として、**日未明 ”嵯峨野フーズ”
  営業部長の笙野隆三(56才)が逮捕された、
  というニュースが報じられている。
  
  現場から生中継のレポーターの背後に映っている
  会社も府営団地も薄いモザイクがかけられているが
  良く見知った人間には一目瞭然だった。
  
  それを見た瞬間、何かを悟った絢音は玄関へ
  小走りに向かった。
  
  
「お嬢っ!!」


  朋也も車のキーを引っ掴んで絢音の後を追う。  



***  ***  ***


 
  今日は土曜日なので学校は休み。

  朋也が運転する車で裕の団地へ行ってみたが、
  マスコミの記者やカメラマンがうろうろしていて、
  とてもじゃないが笙野家へ近づける余地などなく。

  一応、学校へも行ってみたが、休みの日にわざわざ
  裕が来ているはずもなく、それにこちらにも
  マスコミの連中がいて絢音と朋也は何の収穫も
  得る事なく、自宅へ帰った。

  
  翌々日の学校は思った通り、
  裕のお父さんが特別背任の罪で逮捕された話題で
  もちきりだった。

  逮捕の公式発表以来、裕と兄の隆史の行方が
  分からなくなっている事を茶化したように ――

  『父親の犯した罪を恥じるあまり、
   兄弟手に手を取って無理心中とかぁー??』

  『どっちにしろこれで、交換留学の件はご破算
   だなぁー』

  『気の毒ではあるけど、ちょっといい気味』


  なんて、常識外れの中傷まで飛び交い。

  絢音は聞くに耐えず、屋上へ逃げた。


「絢」「絢ちゃん」


  あきと八恵子がすぐ後を追って来てくれた。


「元気出してよ」

「笙野くんからはきっとそのうち連絡がくるよ」

「う、うん、けど……もし、彼の身に……」

「変な事は一切考えちゃあかん! 今は笙野くんを
 信じるの」

「……ありがと、あきちゃん、やえちゃん」
  

 ***  ***  ***




           
 
  
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