僕、魔女になります‼︎ 2巻

くりす

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第2章〜魔法戦特訓〜

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 「先ず、最初に確認しておくけど、君たち4人は5月の長期休暇が終わった後に行われる学園祭で『剣の巫』こと桐崎千華さんと闘うことになった訳だけど…、学園祭まではざっと1ヶ月くらいあるね♪」
 「月兎先生から見て、僕らに勝ち目はあると思いますか?」
 僕は月兎先生に僕ら4人と桐崎千華さんとの戦力差について聴いてみた。
 それに月兎先生はいつも通りの笑顔で即答する。
 「まぁ、無理だろうね♪」
 「そこまではっきりと言いますか…。」
 (ーーここまで明確に言われるとは…。月兎先生らしいと言えば月兎先生らしいけど…。)
 月兎先生の返事に僕は驚きつつも納得はできていた。それほど僕らと桐崎さんとの間には実力差があるのだ。
 そんな僕を見た月兎先生は言葉を続ける。
 「おっと、何か勘違いしてるかもしれないけど、あくまで今のキミたちだと勝ち目が無いと言う事だよ?これからどうなるかは、君たちがどう成長するかで大きく変わるだろうから明言は出来ないなぁ。」
 「それだったら、少しでもお母さんに勝てるにはどうすれば良いですか?」
 咲夜の質問に月兎先生は先程より嬉しそうな笑顔を見せながらも興奮気味の咲夜を宥める。
 「まぁまぁ、落ち着いてよ。それを今から話し合おうと言う事だよ♪でも、あの『剣の巫』を相手にそれだけやる気があるのは良い事だと思うけどね♪」
 そう言った月兎先生は言葉を続ける。
 「それじゃあ、早速だけど桐崎千華さんとの『魔法戦』まで凡そ1ヶ月、つまり4週間あるから、それまでのパーティとしての目標を決めておこうか♪」
 「パーティとしての目標、ですか?」
 僕が聴き返すと月兎先生は詳しく説明してくれる。
 「そう!目標!まぁ、正しく言い直すなら、君たちのパーティが桐崎千華さんと闘えるようになるために達成しておきたいハードルと言った感じかなぁ?」
 「なるほど。」
 (ーー確かに、そう言った課題は最初に明確にしておいた方が良いに違いない。目標やゴールの有無はモチベーションに関わってくるし。)
 僕が納得して頷いている横では、咲夜がメモを取る準備をしていた。真面目な彼女らしい。
 「具体的に言うと、最後の1週間は集中して桐崎千華さんの対策を練っていきたいから、残りの3週間で君たちには一定以上の実力を身に付けてもらいたいと思ってるよ♪」
 「どれくらい必要なんですか?」
 僕が4人を代表して質問すると月兎先生は意味深な笑みを浮かべる。
 「最低でも4人で私と稲葉先生の両方に勝てる実力は必要だろうね♪理想を言えば、私たち2人を一緒に相手をして勝てたら良いんだけど…。流石にそれは高望みし過ぎだと思うからね♪」
 「咲夜ちゃんのお母さんって、そこまで強いの?」
 姉さんは咲夜に尋ねてが、咲夜が何か言うよりも早く月兎先生が答えた。
 「もっちろんだよ♪実際に闘った事は無いけど、闘っているのを見た限りでも私たちとあの人だと同じ『魔女』でも強さの次元が明らかに違うからねっ♪」
 (ーー月兎先生から見ても、やっぱり桐崎さんは強い『魔女』なのか…。)
 僕がそんなことを思っていると月兎先生は説明を再開する。
 「それでなんだけど、最初の3週間の目標をもう少し細かく決めていくね♪」
 以下が月兎先生から言われた僕ら4人の目標になる。
 先ず、一番重要なのが僕ら4人がちゃんとパーティとして機能すること。そのために各自のパーティでの役割の決定と、戦闘時におけるお互いの意思疎通を徹底する必要がある。より細かく言うなら、戦闘時の少ない発言や動作で仲間の次に行うアクションを把握して、自分が何もすべきか的確な判断を行うと言った具合だ。
 そして次に、様々な状況での陣形や連携攻撃のバリエーションを増やし、その精度を高める。
 他にも幾つかあるが、特に大切なのはこの2つとのこと。
 「もちろん、分かっているとは思うけど、パーティとしての実力を伸ばすためにも個人の実力を上げる事も重要だから、しっかりと励むように!オッケー?」
 「「「「はい!」」」」
 月兎先生は僕らの返事を聴いて満足気に数回頷く。
 「うんうん♪みんな、やる気満々だね♪よし!そんな君たちのために今日は、私が直々に相手をしてあげよう!これから毎日相手をすることは出来ないから、ちゃんと実りのある訓練にしようね♪」
 「えっ?そうなんですか?」
 月兎先生の発言に咲夜が聴き返す。僕自身もこれから毎日先生たちから指導を受けると思っていたので、ちょっと驚きがあった。
 そんな咲夜の質問に今まで沈黙を守っていた稲葉先生が右手で眼鏡の位置を直した後、その問いに答える。
 「申し訳無いですが、その通りです。幾ら貴方たちが特殊な状況だとは言え、私たちも教師である以上、他の生徒たちから指導を頼まれますから、貴方たちだけを贔屓する訳にはいきませんから。」
 「そう言うことなの♪ごめんね?」
 稲葉先生の言葉に同意するように、月兎先生も少しだけ申し訳なさそうに片目を瞑った。
 そんな説明を聴いた咲夜は納得したように応える。
 「そう言う事なんですね。いえ、私も先生方に甘え過ぎていたみたいです。」
 「だから、私たちが指導出来ない時に君たち自身が強くなるように頑張ってね♪」
 「「「「はい!」」」」
 「よし!じゃあ、仮想訓練棟に移動しようか♪」
 僕らの返事を聴いた月兎先生はそう言った後、僕らは仮想世界で戦闘訓練が行える設備である『夢の箱庭』がある仮想訓練棟に向かおうとしたが稲葉先生が待ったをかける。
 「月兎先生、仮想訓練棟に行く前に『腕輪』についての説明をしましょうよ。」
 「あー、あったね。すっかり忘れてた♪」
 「はぁ、月兎先生らしいですね。」
 「いや~、そんな褒められると照れますな~♪」
 「褒めてませんよ。」
 先生たちの会話が良く分からない僕らは疑問符を浮かべていた。
 「あっ、ゴメン♪えっと、『腕輪』って言うのはこれの事だよ♪」
 月兎先生は事務室の置かれていた大きめの段ボールに移動し、そこから4つの『腕輪』を取り出した後、僕らにその『腕輪』を渡してくれた。『腕輪』は全体的に細く白色のデザインになっており、サイズ調整も出来るようになっているようだ。そして、『腕輪』の一部分に黒色の『魔石』が組み込まれているから、何らかの『魔道具』だと言うことが分かる。
 (ーーこれは一体何の『魔道具』なんだろう?)
 「本当は、明日にでも新入生皆に支給する予定だったんだけどね♪」
 そう言って月兎先生は『腕輪』について説明をしてくれた。
 どうやら、この『腕輪』には物を収容して好きな時に取り出すことが出来る機能があるらしい。もちろん、収容出来る質量や体積には限界があるが、予め『魔石』に魔力を入れておく事で収容する時や取り出す時に魔力を使わなくてもいいので魔法の使えない人たちにも値段に眼を瞑れば多くの需要がある。
 そして、『魔法戦』の共通ルールの1つに仮想世界に持っていくことが出来るアイテム量は原則として、身に付けている服等と、この『腕輪』に収容出来る分だけになっているとの事。ただ今の僕にとっては無用の長物も同然だが、今後の事もあるので、きちんと受け取っておく。
 そんな説明を聴き終えた姉さんと朱莉さんは早速、今回の報酬で渡されたアイテムを収容した。ちなみに、咲夜の方はグローブのため日常生活で邪魔にはならないと判断したため、普段から身に付けておくらしい。
 「それじゃあ、改めて仮想訓練棟に行こうか♪」
 僕らはこの月兎先生の言葉に従って、仮想訓練棟に向かった。

 仮想訓練棟に到着した稲葉先生を除く僕ら5人は技術職員の案内に従って、『夢の箱庭』が生み出す仮想空間にダイブした。
 今回の仮想空間は半径25メートルくらいの障害物は無く、床は強度の高そうな素材でシンプルな円形のフィールドだ。これは、『魔法戦』の練習等で良く使用されるステージらしい。
 「準備が出来たら合図してもらってもいいかな?」
 月兎先生と僕ら4人はフィールドの中心から約15メートル離れて、お互いに向き合っている。
 僕らは月兎先生から見て右から朱莉さん、僕、姉さん、咲夜の順に並んでおり、それぞれの横の間隔は1メートル程で、遠距離が主体の姉さんだけ更に後方3メートルくらい下がっている。このフォーメーションは、魔素を感知する技術である『魔力感知』が得意な僕が主に月兎先生の攻撃に対処し、左右にいる咲夜と朱莉さんが僕のフォローを担当、そして姉さんに攻撃を任せる布陣になっている。
 そして、姉さんと朱莉さんは早速『腕輪』からアイテムを取り出し、その使い心地を試すように軽く動かしている。
 姉さんは右手にハンドガンを、朱莉さんは右手に細剣、左手に短剣を構えている。
 「使えそう?」
 「うん、特に問題無いわね。」
 「私の方も大丈夫だと思うわ。」
 最後に僕が咲夜に視線を向けると、彼女も準備万端ようで軽く頷いてくる。
 それらを確認した僕は月兎先生の方を向き直り、意識をこれから起こる戦闘に備えさせる。
 「いつでも大丈夫です。」
 「オッケー♪取り敢えず私の攻撃を耐え切る事を今回の目標にしてみようか♪それじゃあ、カウントダウン開始!」
 仮想世界中に機械音声による戦闘開始のカウントダウンが始まると、僕らは一斉に魔力による身体能力や反射神経を強化する技術の『身体活性化』を発動し、各々が自分の強化を行う。
 『身体活性化』による強化方法は、魔力を身体の内側に留めながら行う方法と、魔力を身体の外側に纏って強化する2つの方法がある。
 どちらの方法でも長所と短所があるため、その人の戦闘スタイルや状況に応じて使い分ける必要がある。
 ただ、咲夜の場合は外側に魔力を纏ってしまうと、本人の意思とは関係無く魔法属性である『魔法無効化』の『オーラ』状態になるため、強化する際は内側からしか出来ない。ただ『オーラ』を体に纏うと『魔力感知』に感知されることが無くなる。
 そうこうしている間に、機械音声によるカウントダウンが終わる。
 いよいよ、月兎先生との戦闘訓練が始まる。

 (ーー僕と咲夜は前に月兎先生と試験のために戦闘した事がある。その時に、先生の魔法属性が『音』だと言う事は判明しているけど…、先生は今回、どう動いて来るのか…。)
 僕は月兎先生の動き出しを見逃さないように集中する。
 それに対して、月兎先生はリラックスした雰囲気で僕の方を見ていたが、戦闘が始まると同時に『腕輪』から刃渡りが1メートルを優に超える騎士剣を具現化し、その騎士剣の柄を両手で握り締めると共に凄まじい精度の『身体活性化』によって強化された身体能力で、僕らとの距離を一気に縮めて来た。
 およそ30メートルの間合いが一瞬で消え去る。
 (ーーっ⁉︎)
 『魔力感知』による月兎先生の体内にある魔素の流れを感じ取った僕は咄嗟に姉さんと月兎先生の間に入り込むと同時に、魔力を使った防御技術である『魔力障壁』を展開する。
 その次の瞬間、大上段から振り下ろされた騎士剣を僕の『魔力障壁』が正面から受け止め、大きな音が周囲に響き渡る。
 「おや?これを防いじゃうか。やるね、玲ちゃん♪」
 (ーーなんだよ!この威力!)
 月兎先生は自身の魔力を騎士剣にも纏う事で、その攻撃力を引き上げていた。
 とても剣を振り下ろしただけではない威力に僕の『魔力障壁』が徐々に斬り裂かれそうになる。
 僕の『魔力障壁』が悲鳴を上げながらも防いでいる間に左右から朱莉さんと咲夜が月兎先生に接近して来る。
 月兎先生はその魔法属性である『音』の恩恵で2人が迫って来ているのを感じ取り、行動に起こす。振り下ろしている騎士剣を引き下げながら右手だけに持ち替えて、左脚を軽く上げて地面に落とすと同時に魔法を発動しようとする。
 (ーーヤバッ!)
 『魔力感知』で月兎先生の魔法の発動を感知した僕は少しでもダメージを減らすために『身体活性化』による強化を防御方向に移しながら、身体の方も攻撃に備える。
 その僕の行動に気付いた咲夜と朱莉さんも接近を中止して、防御の構えを取る。
 「月兎(げっと)の威圧!」
 月兎先生が放った魔法の効果は地面とぶつかった月兎先生の左脚から生まれた音の威力を大きく増幅させると共に、指向性を持たせる事で更に威力を集中させて相手に攻撃する『法術』だった。
 その指向性を持った音と言う衝撃波が僕と咲夜、朱莉さんに襲い掛かる。
 「ぐっ!」
 高威力を至近距離で食らってしまった僕は姉さんの方に大きく吹き飛ばされる。そんな吹き飛んで来た僕を姉さんが『無詠唱』で魔法を使い、風のクッションを創り出して受け止めてくれる。だが、衝撃波の所為で三半規管にもダメージを受けたため平衡感覚に影響が出て、僕の視界がグラグラと揺れている。
 一方、咲夜も朱莉さんも攻撃を浴びたが距離もあった上、防御もしていたおかげでダメージは小さいようだ。
 歪む僕の視界の中で月兎先生は僕と姉さんのいる場所に視線を向け、騎士剣を両手に持ち直し後方に構えようとする。
 (ーー不味い!追撃が来る!)
 それに気付いた僕は何とか体を動かそうするが、想像以上のダメージの所為でフラついてしまう。
 そんな僕を姉さんは左腕で支えながら、右手にあるハンドガンを月兎先生に向けて動きを牽制するために魔法を放つ。
 「エアリアル・バレット!」
 姉さんの持っているハンドガンの銃口付近から弾丸状に圧縮された風属性の魔素が月兎先生目掛けて放たれる。
 「フィジカル・ブースト!」
 姉さんの攻撃とほぼ同じタイミングで朱莉さんも魔法を発動させる。
 彼女の魔法属性である『増幅』を使って瞬間的に身体能力を増幅させる。
 朱莉さんは自身の『身体活性化』と魔法による二重の強化をした状態で左手に持っている短剣を月兎先生に向けて投擲する。爆発的に強化された身体能力から放たれた短剣は凄まじい速度で空間を引き裂く勢いで月兎先生に迫る。
 この2人の攻撃に月兎先生は追撃の構えを解除し、左手を騎士剣から離した後、人差し指と中指を立てて魔法を展開する。
 「月兎の咆哮!」
 月兎先生を中心に地面から上空に向かって、強烈な衝撃波が駆け上がる。その衝撃波で姉さんと朱莉さんの攻撃は両方とも巻き上げられて無効化される。
 月兎先生は片腕に騎士剣を持ってまま、僕と姉さんのいる場所を目掛けて距離を詰めて来る。
 「くっ!」
 姉さんは咄嗟に僕らと月兎先生の間に『魔力障壁』を展開する。
 しかし月兎先生は姉さんの行動を読んでいたのか、『魔力障壁』の手前で上に高く跳躍しながら前転し体を天地逆転させて『魔力障壁』を飛び越えると、両手で騎士剣を握りながら足元に小さく『魔力障壁』を展開させて、それを蹴りつける事で僕と姉さんの頭上から一気に襲い掛かって来る。
 「先ずは2人、おっしま~い♪」
 「しまっ!」
 「させません!」
 僕と姉さんに襲い掛かって来ていた月兎先生に咲夜が横から回転しながら蹴りを放つ。
 その直前に月兎先生は咲夜の接近に気が付き、器用にも空中で体制を変えて咲夜の回し蹴りを騎士剣で受け止めたが、流石に踏ん張りが効かない空中のため大きく吹き飛ぶが、吹き飛ぶ力を上手く利用して地面に着地する。
 「やるね、咲夜ちゃん♪」
 「ありがとうございます、月兎先生!」
 咲夜がギリギリ間に合ったカラクリは、『身体活性化』による強化を脚力に集中させる事で移動速度を大きく上げたからのようだ。
 そうやっている間に、僕ら3人の所に朱莉さんも合流する事が出来て、僕も『身体活性化』で自己治癒能力を高め、ダメージから何とか立ち上がる。
 一応、仕切り直しの状態になったわけだ。
 「よし!キリもいい所だし、今日の訓練はこれくらいにしておこうか♪4人とも中々良かったと思うよ♪」
 月兎先生が騎士剣を『腕輪』に収納しながら戦闘終了の言葉を告げたのを聴いて、僕らに走っていた緊張が一気に緩み、その場にへたり込みそうになった。
 (ーーそんなに長時間の戦闘じゃ無かったのに、かなり疲労感があるなぁ。)
 僕以外の3人も似たような感じで疲労の色が顔に表れている。終始、月兎先生の一方的な攻撃の展開だったために精神的にも苦しい状況が続いたからだろう。
 そんなこんなで『魔法戦』の訓練は終わりを迎えた。
 
 そして僕らの意識が仮想世界から現実世界に帰還した後、反省会をする流れになり多少の精神的な疲労を感じながらも、仮想訓練棟にある一室に移動していた。
 「いや~、4人共凄かったね~♪あそこまで私の攻撃に耐え続ける事が出来たのは流石に予想外だったよ♪」
 部屋に入って全員が席に座って開口一番に月兎先生は戦闘の疲労をした直後とは思えないほどの普段通りの高いテンションだった。
 (ーー本当に疲れて無い可能性もあるかもしれないけど…。それより、さっきの戦闘では気になったのは…。)
 「ところで、月兎先生。ちょっと聴いても良いですか?」
 「うん?何かな、玲ちゃん♪」
 「月兎先生の戦闘での動きが前回の試験の時と今回とでは全く違っていましたけど、何か理由があるんですか?」
 「それについては私も気になってました。前回の試験の時より明らかに強かったです。」
 前回の試験で僕と一緒に月兎先生と闘った咲夜も同じ意見のようだ。
 確かに前回の試験では月兎先生は騎士剣を使っていなかったが、それ以前に『魔力制御』のレベルだけを見ても格段に精度が高くなっていた。『魔力制御』は魔素を用いる技術の基礎になるので、この『魔力制御』の精度が上がれば必然的に魔法の威力も『身体活性化』等の質も高まる事になる。
 そんな僕と咲夜の疑問に月兎先生はその理由を教えてくれる。
 「ああ、それはね♪前回の試験をしてた時、私が懐中時計を持ってたのは覚えてるよね?」
 「はい、覚えてます。」
 僕は前回の試験での内容を思い出していた。
 「あの時計は実は『魔道具』でね、持っている人の『魔力制御』を阻害する能力があるんだよ♪そうしないと試験にならないでしょ?」
 (ーー確かに、一方的な展開どころか下手したら一瞬で勝負が決まってしまう気がする…。)
 僕はそんな事を考え、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
 咲夜も同じ考えなのか、僕と同じような表情をしていた。
 そんな僕と咲夜の様子を見た月兎先生は何時も通りのテンションで言葉を続ける。
 「でも、今回の闘いで『魔力制御』の重要性は良く理解出来たんじゃない?」
 「それは身を持って理解出来ましたよ。」
 (ーー実際、月兎先生の『身体活性化』による身体能力や魔法の威力は前回の試験の時より明らかに強くなっていたし…。)
 姉さんたちも僕と同じ意見らしくコクコクと頷いている。
 「玲たちから聴いて話と違って驚かない方が無理ですよ。」
 姉さんの言葉を聴いた月兎先生は普段の講義中のように説明をする。
 「まぁ、今回の闘いでは『魔力制御』の重要性をちゃんと理解してもらうのが目的だったしね♪確かに、魔法のバリエーションを増やしたりする事も大事だと先生も思うけど、魔法の威力や発動スピード、エネルギー効率の点から考えると『魔力制御』と言う基礎をしっかりと固めておくのは大切な事だからね♪それにイメージさえ出来れば一応は使える魔法と違って、『魔力制御』は毎日繰り返して練習しないと基本的に上達しないから、早い内に日々のトレーニングに組み込んだ方が良いよねって話♪まぁ、たま~に実戦をしてる時に急激に強くなる人もいるらしいけど、これは例外的な事だから一応知識として頭の片隅にでも置いておけば良いよ♪」
 そこまで言い終えると、月兎先生は一旦間を置いてくれる。
 僕の横では咲夜が必死にメモを書き留めていた。
 (ーー『魔力制御』のレベルの高さが戦闘での勝敗に重要なのは良く分かったけど…。それはつまり、月兎先生より強い桐崎さんと闘いが厳しいと言う事に他ならないと言う事だよな。)
 そんな僕の考えが顔に出ていたのか月兎先生は説明を続けてくれる。
 「改めて言うまでも無いとは思うけど、『剣の巫』の強さは私や稲葉先生より明らかに高いよ♪何って言っても、あの人は戦闘に関しては疑う余地も無いプロだから♪人数差があるとは言え厳しい決まってる。でも…。」
 そこまで言い終えた月兎先生は僕らに挑発的な笑みを見せながら言葉を続ける。
 「負けるつもりは、ないんでしょ?」
 そんな月兎先生の言葉を受けて、僕らは瞳に強い意志を宿す。
 (ーーそれはそうだ。これくらいの難題で諦めたらゲーマーが廃る!)
 「もちろんですよ!」
 姉さんたちも言葉にしないが似たような気持ちだろう。
 僕の言葉を聴いた月兎先生は普段通りの笑顔に戻す。
 「良い返事だね♪取り敢えず『魔力制御』について、もうちょっと説明させてもらうけど…、『魔力制御』のコツと言うか使用する際に心掛けて欲しいのは、何と無くで制御するんじゃなくて、しっかりと意識的に使った方が良いかな♪例えば『身体活性化』だと、何処をどれくらい強化するかを明確にするって感じね♪」
 「今回の訓練だと、咲夜ちゃんが最後にやってた脚力強化みたいな事ですか?」
 姉さんの言葉に月兎先生は右手の人差し指で自身の顎に軽く触れながら首を傾げる。
 「うーん、間違っては無いけど…、もう少し細かく使い分けた方が良いかなぁ。具体的に言うと、普段は視力や反射神経、機動力を強化して、攻撃や防御の時は必要な部分に集中する感じ。ここら辺を徹底出来ると使える魔素量に余裕を持てるから結果として戦闘を有利にしやすいよね♪もちろん、ケースバイケースだけど。」
 「なるほど。シチュエーションに応じて細かく使い分けようと言う事ですね?確かに今迄は感覚的に『魔力制御』をしてましたから、それを意識しようと…。」
 「そう言う事♪まぁ、言うは易し、行うは難し、だけどね。」
 朱莉さんの確認に肯定する月兎先生。
 姉さんも納得したように頷いている。
 「後、『魔力制御』が上達すれば必然的に『ルーム』から『ガーデン』に一度に移動出来る魔素量とか『ガーデン』に保有出来る魔素量も増えるからね♪」
 月兎先生の言う『ルーム』と『ガーデン』とは魔素の保有する名称の事でイメージ言うなら魔素を現金とした時に『ルーム』が銀行等の口座で、『ガーデン』は財布と言った具合である。財布の中の現金じゃないと好きな時に現金を使用出来ないと言った感じで、一度『ガーデン』を経由しないと『ルーム』内の魔素を利用出来ないと言う事だ。
 ちなみに、ちょっと余談だが『ルーム』は魔法使いしか持っておらず、『ルーム』内の魔素量を観測する方法は現在では存在しない。また、平常時の『ガーデン』にある魔素保有量は魔法使いも一般の人も殆ど差はないらしい。
 「それと今後の戦闘では相手を観察する事を意識した方が良いでしょうね。」
 稲葉先生からもアドバイスを貰える。
 「それは相手の癖とかを見抜いたら闘いやすいからですか?」
 僕が聴き返すと稲葉先生は首を縦に振った後、眼鏡の位置を整える。
 「それもありますが、一般的に魔法を使う際には術式、つまり魔法のイメージを明確にするために詠唱や身体で特定の動きを使う場合が多いですよね。ですから…。」
 「その動きを注目しておけば、相手の魔法に対処出来る可能性が増えると言う事ですか?」
 「はい、その通りです。」
 僕の答えを稲葉先生は満足気に肯定した。
 「他にも、もうちょっとだけアドバイスしておこうか♪」
 その後、月兎先生と稲葉先生から『魔力障壁』を使う時に面積や形を意識して最小限の力で最大限の効果を出すように等の改善点を指摘してもらった。
 

 「それにしても、月兎先生は随分と彼女たちの事を気に入っているようですね。何か理由でもあるんですか?」
 紲名玲たちへの指導を終えて、彼女らと別れた後、稲葉睡蓮は職員室に向かう道中にて一緒に移動している月兎リトにふと気になった為に疑問を投げ掛けた。
 そんな質問に月兎リトは両手を頭の後ろで組みながら、自分自身に確認するように言葉を出していく。
 「うーん?特別に明確な理由は無いとは思うけど…、ただ、何て言うか、期待?しているのかなぁ?」
 「そうなんですか?」
 普段の月兎リトならば、こんな風に言葉に迷いがある事など滅多に無いため稲葉睡蓮は珍しいと思っていた。
 「うん、あの子たちは強い『魔女』になれる素質があると思うよ♪特に興味深いのは玲ちゃんかなぁ?」
 「それには理由があるんですか?」
 月兎リトは少しだけ興奮した様子で軽やか足取りで稲葉睡蓮の前を塞ぐように移動すると、それに合わせて稲葉睡蓮も今まで動かしていた歩みを止める。
 「もちろん♪今までは何と無くだったんだけどね、今日の訓練で玲ちゃんには私たちには見えてないモノを知覚してると確信したよ♪多分、本人はそれが当たり前だから無意識の内に感じ取ってるんじゃないかなぁ?」
 「…?どう言う事ですか?」
 稲葉睡蓮は自身のパートナーである月兎リトの言葉に理解が出来ず、詳しい説明を求めた。
 それに対して、未だに高揚した雰囲気の月兎リトは手振りを加える。
 「今日の訓練で一番最初に私が明日花ちゃんに目掛けて攻撃しに行った時に、玲ちゃんが割り込んで私の斬撃を『魔力障壁』で受け止めたでしょ?」
 「はい、確かにありましたね。それがどうしたんですか?」
 稲葉睡蓮は先程行われていた訓練の様子を思い出していたが、特に変わった所は無かったように考えていた。
 しかし、月兎リトの発する言葉に稲葉睡蓮は驚きを覚える。
 「私のあの時の強化された身体能力はあの子たちにとっては初見だったはずだよね?そして私はあの一撃は一切、手を抜いて無かったんだよね♪言葉通り一撃必殺のつもりで打ち込みに行ったから、あの子たちが初見で反応出来るとは思えなかったし、仮に反応出来ても対処が間に合うはずが無いと考えてたんだよ♪」
 事実、『魔女』である月兎リトの全力で放つ一撃に訓練学校に入学したばかりの学生が初見で反応して、そして防ぐ事は普通に考えれば不可能に等しいはずである。
 それこそ、何か特殊な術でも用い無い限りは…。
 「それは確かに異質かもしれません…。でも、偶々玲さんが月兎先生の行動を予測していた可能性もあるのではないですか?」
 「うん、私もその可能性も確かにあるとは思う。でもね、スイちゃん。あの子は私が動き出すとほぼ同じタイミングで行動を開始したんだよね♪そんなにタイミングが揃う事なんて滅多に無いと思うんだけど?」
 月兎リトの言葉を受けて、稲葉睡蓮は驚きのあまり月兎リトが自分の呼び方が学生時代の頃に戻っている事に意識が向ける事が出来なかった。
 「そうだとすれば…、一体どうやって…?」
 稲葉睡蓮が小さな声で疑問を言葉にすると、月兎先生は降参するかのように両手を上げる。
 「それについては全然分かんないね♪多分だけど、本人も無意識だと思うし…。あの超反応?って一応呼ぶけど、それが出来るのは、戦闘において凄く強力な武器になるのは確実だもんね♪」
 「だから、貴方は玲さんに期待しているんですね?」
 「まぁ、それだけじゃないけどね♪一番の理由はそれかなぁ。後、期待しているのは玲ちゃんだけじゃなくて、明日花ちゃんたち3人もだけどね♪」
 月兎リトの言葉を聴いて稲葉睡蓮は自然と小さな笑みを浮かべる。
 「うん?どうしたの、スイちゃん?」
 それに気が付いた月兎リトが稲葉睡蓮に言葉をかける。稲葉睡蓮は右手で眼鏡の位置を直しながら、一呼吸置く。
 「いえ、あの戦闘狂で強い人と闘う事にしか興味が無い月兎先生が随分と教師らしい言葉を言うんだなと思いましてね。」
 月兎リトは少しの間だけ眼を大きく開いた後、いつも通りの明るい雰囲気に戻る。
 「いや~、そんなに褒められると照れますね♪」
 「えぇ、今回はちゃんと褒めていますよ。後…。」
 稲葉睡蓮は穏やかな笑顔で言葉を出すと、普段の真面目な様子になる。
 「スイちゃん、ではなく稲葉先生と呼ぶようにして下さい。月兎先生。」
 月兎リトは再び大きく眼を開くが、何とかいつもの調子に戻す。
 「あはは、以後気を付けま~す♪」
 月兎リトは耳が少しだけ朱いまま、稲葉睡蓮と職員室へと歩みを再開した。
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