僕、魔女になります‼︎ 2巻

くりす

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第7章〜覚醒〜

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 時は巻き戻り、今から1週間前。
 

 「じゃあ、それについて説明するね。説明中に何かアイデアがあったら、遠慮無く発言して欲しい。」
 そこまで言い終えた僕は少しだけ呼吸を整える。
 「先ずこの作戦の要からなんだけど…、この作戦は桐崎さんの意識配分を操ることが重要になるから、そこはしっかりと意理解しといて欲しい。」
 「意識配分、ですか?」
 咲夜が疑問符を浮かべていた。
 見てみると朱莉さんも似たような感じだった。
 「うん。意識的にしろ無意識的にしろ、対多人数と闘う場合には相手の戦闘力や役割、立ち位置等の総合的な脅威度に応じて、どれくらい警戒するかを決めるよね?」
 咲夜と朱莉さんは納得するように頷いているので、僕は発言を続ける。
 「それで桐崎さんから見た僕たちに対する判断を推測してみると、多分だけど…、咲夜が一番脅威度が低いと判断して『魔法戦』に臨んでくると思う。」
 僕の説明を聴いた姉さんは何度か頷きながら補足してくれる。
 「成る程。確かに咲夜ちゃんのお母さんは咲夜ちゃんの魔法属性が攻撃に向いてないって考えているはずだし、その裏を突くために咲夜ちゃんに主導権を掴むための決定的な一撃を任せようって言うことね。」
 「まぁ、そんな感じになるかな。期待してるよ、咲夜。」
 僕の言葉を受けて咲夜は意気揚々と応える。
 「任せてください。玲のおかげで手に出来た新しい力をお母さんに見せてみせます!」
 そこまで話が進むと月兎先生が口を挟んでくる。
 「アレか~。確かにアレは初めて見た時は衝撃的だったよね~♪まさか、咲夜ちゃんの『魔法無効化』は本来の魔法属性の一部にだったなんてね♪玲ちゃんはひょっとしてこうなると予想出来てたのかな?」
 「流石にそこまでは予想出来ませんよ。ただ、前から咲夜の『魔法無効化』の仕組みがどうなってるのか気になってたので調べてみた結果ですよ。」
 「ふ~ん?なるほどね~♪」

 この会話から分かってもらえる通り、僕は咲夜の『魔法無効化』の仕組みに前から関心を持っていて、3週間に渡り行われた特訓の合間に咲夜たちの協力を得て能力開拓も兼ねて調べてみたのである。
 僕の当初の予想では、魔法を使う際に使用する術式か魔法の動力そのものである魔素、あるいはその両方に干渉していると考えていた。
 それを確認するためにも、魔素の変化を感知する精度が一番高い僕が普段から展開している女性に変化している魔術に『仮想世界』で咲夜の『魔法無効化』を何度か繰り返しみると言った実験方法を考えついたため、念のため学園長たちに許可をもらいに行ったら下手に僕の正体がバレそうな事をするな、と言われた。
 このような出来事があったため先に僕が物質を創造する魔術を開発することになり、結果としてクリエイトウェポン等の魔術を修得出来た。
 その後、試行回数を積み重ねていくうちに咲夜の『魔法無効化』は対象に含まれている魔素を消滅させることで魔法の効力を無効化していると言うのが判明した。そこで僕らは咲夜の魔法属性を魔法無効化から『魔力消滅(アンチマナ)』と呼ぶことにした。
 次に僕は咲夜の力が魔術等の魔素を消滅させるということは分かったのだが、使用者である咲夜は兎も角、どうして人体にある魔素には影響を及ぼさないのかと疑問に思った。
 結論から言ってしまうと至ってシンプルで純粋に体内の魔素に影響を与えられる程の出力が無かっただけだった。
 今まで咲夜は自分の魔法属性が『魔法無効化』と信じ込んでいたため魔術を消滅させる以上に出力を上げた経験が無かった。その出力では相手の体内にある魔素へ影響を与えるには力が不十分だったため咲夜を含む周囲の人たちも咲夜の魔法属性を誤解していたのである。
 そして出力を上げた咲夜の『アンチマナ』で作られた『オーラ』に触れるとどうなるかと言えば、言葉通り相手の『ガーデン』内にある魔素の殆どを消滅する。ただ、『ルーム』には現状だと影響を与えることが出来ない。
 それでも『ガーデン』内の魔素が無くなってしまえば、『ルーム』から魔素を補給するまでの一時的な間は魔法どころか『身体活性化』等の魔力制御も使えなくなる。
 つまり咲夜が高出力での『アンチマナ』を纏って拳等で攻撃した場合、咲夜の攻撃が届く直前に『アンチマナ』が効果を発揮するため咲夜の攻撃を『身体活性化』でダメージを軽減するのも不可能である。
 一方で咲夜自体は『身体活性化』で身体能力を内側からなら高めることが可能だから、その攻撃によるダメージはかなりの威力になるだろう。
 以上が、僕らが咲夜の力を調べて開拓した結果になっている。
 余談だが、月兎先生曰く今回の咲夜みたいに自分の魔法属性を思い込みで勘違いしている人はそこまで珍しい事ではないらしい。

 話を作戦会議に戻そう。
 「それで、玲?咲夜ちゃんの『アンチマナ』をどういう風に咲夜ちゃんのお母さんに当てるの?生半可な不意打ちなんて効果無いでしょ?」
 姉さんが首を傾げながら質問してきたので、僕は作戦の概要を順を追いながら説明する。
 「さっきも言ったけど、作戦の要は桐崎さんの意識配分をコントロールすること。もちろん、桐崎さんに悟られないようにね。そのためにも二段階の準備を試合中に進めようと思う。」
 僕は左手の人差し指と中指を立てる。
 「先ず最初に、桐崎さん自身に咲夜の脅威度が高くないと確信させる事。これ自体は咲夜が『アンチマナ』の出力を制御さえすれば、桐崎さんは咲夜に威力の高い攻撃手段は無いと判断するだろうから難しくは無いと思う。」
 僕は立てていた中指を下げる。
 姉さんたちも特に異論は無いようで静かに話を聴いている。
 「それで残り1つは桐崎さんに咲夜以外の脅威度を更に高いと判断してもらう事。そうすれば、相対的に桐崎さんの咲夜への意識が更に下げるだろうから、咲夜が攻撃出来る距離まで詰めるまで気付くのは難しくなるはず。」
 「でも、具体的にはどうするの?」
 姉さんが至極当然の質問をしてきた。
 「基本的には僕と姉さんへの意識を強くさせて朱莉さんにはそのサポートっていう形かな。桐崎さん程の人なら遠距離攻撃手段を持っている姉さんは自然と警戒してくるだろうから、僕の『魔力感知』での先読みと姉さんの射撃技術を見せることが出来れば違和感無く咲夜への意識を減らすことが出来ると思う。姉さんの射撃技術なら充分可能でしょ?」
 「まっかせなさい!」
 僕が少しだけ挑発するような問い掛けに姉さんは自信満々に胸を張って答えた。
 僕と姉さん以外は若干疑問符を浮かべていた。
 ただ、月兎先生は意味深な笑みで姉さんの方を見ていた。
 (ーーまあ、未だ姉さんの射撃技術のレベルを披露した事が無いから、当然の反応だとは思うけどね。先生たち以外は。)
 「以上が僕の考えた内容だけど…、何か質問とかはあるかな?」


 こんな形で行われた作戦会議のおかげか、咲夜の『アンチマナ』が桐崎さんに見事命中した。
 しかし、直前に桐崎さんが身を引いたため幾らかダメージを減らしているだろう。実際、大きく飛ばされても姿勢を崩しながらだがきっちりと着地をし、両手にはしっかりと剣が握られたままである。
 その上桐崎さんと僕らの距離が開いてしまったため桐崎さんが『ルーム』から魔素を補給する間に攻撃する手段が限られている状況だ。
 そんな中、追撃のため姉さんは事前に再装填しているアサシンバレットを桐崎さん目掛けて発泡する。
 その追撃を警戒していたのか桐崎さんは今までの動きから想像出来ない程、緩慢な動きだったがギリギリの所で姉さんの銃弾を避け切った。
 (ーー流石、桐崎さん。不足の事態が起きても冷静に次の行動を予測している!でも、僕らの追撃は未だ終わってない!)
 次の手を出すために僕は合図を兼ねてある人物の名を呼ぶ。
 「朱莉さん!」
 「クイックブースト!」
 僕の呼びかけに返事をする代わりに朱莉さんは魔術を発動させる。
 そのまま、地面を力強く蹴りつけた朱莉さんは電光石火を体現するような速さで桐崎さんとの距離を詰め出す。
 朱莉さんが使用した魔術は文字通り、対象の移動速度を増幅させる効果があり『身体活性化』で強化された脚力と併用すると凄まじいほどの速度を出すことが可能になる。
 ただ、この手の速さ強化の弱点として使用者の反応速度が増加したスピードに対応するのが困難になるため攻撃が単調になりやすく、相手に攻撃を読まれると防御等が比較的容易になってしまう。それでもこの強化は使い所を選べれば強力な攻撃手段には変わりない。
 しかし、僕は朱莉さんが動き出すのとほぼ同じタイミングで桐崎さんが右手に持っている剣の位置を僅かだったが動かしたのを目撃した。
 (ーーっ⁉︎まさか!)
 「ふっ!」
 僕がその狙いに気付いた時には朱莉さんが『身体活性化』と『魔力障壁』を二重に纏った右の拳を桐崎さんへと打ち込んでいた。ちなみにだが、この『身体活性化』と『魔力障壁』による2つの防護が無いとあまりの威力で朱莉さんの腕にも多大なダメージを受けてしまう。
 ただ、その拳は直接桐崎さんの身体に届く事は無く、朱莉さんの拳と桐崎さんの間に先程動かした剣の腹が割り込んでいたのである。
 圧倒的な移動速度を破壊力に変えた繰り出された朱莉さんの拳は間に滑り込んで来た剣を砕いて桐崎さんに届くが、その威力は大きく減ってしまったものの桐崎さんをステージ端の壁まで吹き飛ばした。
 桐崎さんが壁に激突すると大きな破砕音と共に壁が崩れ、舞い散った粉塵が桐崎さんの姿を覆い隠す。
 (ーー嘘だろ?)
 だが、僕は桐崎さんが行った直前の行動に驚きを隠せないまま、朱莉さんと合流するために脚を動き出した。
 姉さんと咲夜も僕が動き出したのを見て、2人も朱莉さんと合流するために移動し始める。
 一方、朱莉さんは僕と同じ事に気付いたのか、桐崎さんの方を警戒したまま追撃に行くようなことはせず、僕らが移動してくるのを待っていた。
 「やっぱり、凄いわね。咲夜ちゃんのお母さんって…。」
 「流石に凄過ぎる気はする…。」
 朱莉さんが自然と口にした感想に僕は苦笑いを浮かべながら返事をした。
 そうなってしまうほど、先程の桐崎さんが行った一連の動きは凄かったのである。
 先ず桐崎さんは魔力を一切使えない状態で姉さんの攻撃を避けた後、朱莉さんの追撃がある可能性を予測し、朱莉さんが移動速度を増幅して攻撃をする直前に朱莉さんの攻撃場所を読み切り、そこに剣を滑り込ませることで威力を軽減しただけで飽き足らず、吹き飛ばされている間に『ルーム』から『ガーデン』へと魔力を取り出すと『身体活性化』で肉体を保護すると壁に激突した時のダメージを押さえ込んだのである。
 つまり、桐崎さんは咲夜の『アンチマナ』によって魔力が使えないという経験した事の無い状況の中、姉さんと朱莉さんの攻撃に最善と言っていい対処をしながら魔力を取り出す作業を行なっていたという訳だ。
 朱莉さんが桐崎さんに単独で更に追撃をせずに僕らの合流を待っていたのは桐崎さんが既に魔力を使えることに気付いたからである。
 そうこうしていると、姉さんと咲夜も僕らと合流を終えた。
 「やれやれ、人を見る目には自信があったつもりだったんですが…。私もまだまだ未熟なようです。」
 立ち込めていた粉塵から桐崎さんが姿を見えてくる。
 僕らはいつでも動けるように意識を再度集中する。
 しかし、桐崎さんはそんな僕らを気にするような素振りをせず服に付いた汚れを右腕でサッサと軽く払い落としながら言葉を続ける。
 「まさか学生相手にこれほどの攻撃を許してしまうとは…。」
 その後、桐崎さんが左手に持っていた剣を右手に持ち替えている間、普通に見れば敵を目の前にして隙を晒しているようにしか見えないだろうが、僕らが攻撃を仕掛ける事は無かった。
 いや、より正確に言い直すならば、攻撃する事が出来なかったのだ。
 その理由は桐崎さんが放っていたプレッシャーがこの戦闘が始まった時とは比べ物にならないほど研ぎ澄まされていたからである。桐崎さんが放つプレッシャーはまるで僕らにこの間合いに立ち入るのを一切許しはしない、と語りかけているようだった。
 (ーー別に、桐崎さんが今まで手を抜いて闘っていた訳ではないだろうけど、ここからの闘いはもっと厳しくなる。でも、桐崎さんが咲夜と朱莉さんの攻撃で多少なりのダメージを負っているのは事実!それにこの『魔法戦』、負ける訳にはいかない!)
 桐崎さんのプレッシャーに屈しないように自分自身と姉さんたちを鼓舞するため、僕は無理矢理強気な表情を作りがら言葉を紡ぐ。
 「そうですね。貴女は咲夜や僕らの事を甘く見ていた、その慢心でそれほどの手傷を受け、そしてその慢心が貴女の敗因です。」
 「慢心…、ですか…。確かに私は貴方たちを軽んじていました。私自身も修練が足りなかったのは認めます。」
 桐崎さんは僕の言葉を肯定するように僕らにだけ聞こえる声で呟いた。
 次に桐崎さんは先程と違い、僕らや会場に居る観客たちにも聞こえるほどはっきりとした声量で語り出す。
 「貴方たちのおかげでそれに気付く事が出来ました。その御礼に私も1つ貴方の間違いを訂正してあげます!」
 「間違い…?」
 「ええ。確かに私は心の何処かで貴方たちを過小評価し慢心をしていたのでしょう。ですが、それだけでは敗因にはなりませんよ。」
 「ッ⁉︎」
 桐崎さんがそこまで言い終えた瞬間、桐崎さんのプレッシャーが更に一段階深く研ぎ澄まされると共に、僕は桐崎さんの体内にある魔素の流れの変化を目撃する。
 (ーーなんだ、これは⁉︎今までよりも高いレベルで『魔力制御』をしている?これが、この人の本気なのか!)
 僕がこれまで見たことのない『魔力制御』による魔素の統率に恐れ慄いている間に、桐崎さんの行動は素早く次のフェーズへと移行していく。
 掌握された魔素が桐崎さんの意に沿って、桐崎さんの剣へと収束していくと同時に剣を中心に新たな術式が淀みなくスムーズに展開されていく。
 「この魔法は最近修得したばかりで、『魔法戦』で使うのは初めてですが貴方たちに敬意を表して見せてあげます。」
 (ーー桐崎さんは一体何をする気だ?)
 僕の疑問を他所に桐崎さんは巫女が神へと捧げる祝詞を読むように言葉を紡ぐ。
 「『剣の巫』の力、その身に受け、刻み込みなさい。『第一秘剣・朧』。」
 (ーーっ!ヤバい‼︎)
 桐崎さんが静かに術名を唱える直前、僕の直感が今まで経験した事無いほどの警告を飛ばしてきていた。
 僕はその直感に従い、受け身の事も考えずに前方に全力で身体を投げ出した。
 次の瞬間には僕の視界には地面しか映っておらず、何が起きたか理解する事は出来なかったが、地面に倒れた身体を起こして桐崎さんの方を見てみると、さっきまで桐崎さんが持っていたはずの剣が姿を消しており、そこには少しだけ驚いた表情をした桐崎さんしか居なかった。
 (ーー何をしたんだ?桐崎さんの剣は何処に行った?)
 そんな僕の疑問に答えるように後ろから声が聞こえてくる。
 「えっ?何ですか、これ?」
 咲夜の吐き出すような声に僕が振り返ると眼を疑う場面が視界に映り込んだ。
 姉さんと朱莉さんは胴を横一閃に斬られた後があり、極め付けに咲夜の胸には桐崎さんが持っていた剣が深々と突き刺さっていたのである。
 (ーーはっ?)
 僕が言葉を失っているとシステムに戦闘不能認定された姉さんと朱莉さんは戦闘不能を告げる機械音声が聞こえると共に粒子になって姿を消した。おそらく、咲夜も時間の問題だろう。
 「ごめん…なさ…い、…あき…ら。」
 ゆっくりと口から言葉を溢した咲夜は姉さんたちと同様、粒子になってこの『魔法戦』の舞台から降りた。
 僕が呆然としていると後ろから桐崎さんが声を掛けてくる。
 「驚きました。まさか、これを初見で避けるなんて。偶然だとしても素晴らしいですね。」
 僕は桐崎さんの方に向き直ると直ぐに戦闘へと意識を集中して思考を加速させる。
 (ーーさっきは運良く躱すことが出来たけど、今のままで次を避けるのは不可能に近い!このままじゃこの『魔法戦』に勝てない!なんとか打開策を考えろ!早く、早く!)
 僕の打開策が浮かばないまま思考を続けている間、桐崎さんは何か理由があるのか攻撃を仕掛けては来なかった。
 そんな風に桐崎さんの挙動と思考に意識を向け過ぎていたのが失敗だった。
 (ーーっ!しまった!)
 半ば無意識で握りしめていた魔術で創ったトンファーへの魔力供給を怠ってしまった所為で、その姿を維持する事が出来なくなり残った魔素も大気中へと霧散する。それを桐崎さんが見逃してくれるわけなく、静かに口を開く。
 「なるほど。どうやら、さっき避ける事が出来たのは本当に偶然のようですね。」
 初心者みたいなミスを見た桐崎さんは法術で新たに剣を創り出し、それを構える。
 どうやら、直ぐに攻撃して来なかったのは僕が桐崎さんの攻撃を見切った可能性があると判断していた上で、警戒していたのだろう。
 (ーーでも、その幸運ももう終わった!どうする!どうすれば良い?)
 必死に思考を巡らす僕を他所に桐崎さんはより一層無感情な言葉を吐き出す。
 「さて、今度はどうなるんでしょう。もう一度、偶然が起こるのか、それとも此処で貴方たちの敗北が決定するのか…。」
 客観的に見ても桐崎さんの勝利が揺らがないのが確定的な中、僕の心と感情はそんな状況を受け入れはしない。
 (ーーこのままだと負ける!そんなの認めたくない…。)
 「いや、認められない!」
 そんな癇癪を起こした子どものワガママと変わらない純粋な欲の叫びを上げた瞬間、僕の世界に大きな変化が起こる。
 それはまるで前の世界が今の世界へと変革をした時のような感覚が僕を襲い、僕の意識は一度途切れた…。


 『どうして、そこまで負けを認めたくないんですか?』
 何処からか聞こえてきた懐かしさを感じる女性の声で僕の意識が目覚めてくる。
 (ーーここは?)
 ボンヤリとした意識で周囲の状況を認識しようとするが、何処を見ても真っ白な上、身体の感覚も曖昧ではっきりと理解することが出来ないのに不安等を感じない。
 それどころか、何故か心地良さに似た気持ちになっている。
 『お久しぶりです、紲名玲さん。と、言っても私の姿は見えてないと思いますけど…。』
 (ーー誰なの、君は?)
 どこか聞き覚えがあるような気がする声の主に僕は尋ねる。ただ、口を動かしている感覚が殆ど無いので、ちゃんと声が出ているかは分からない。
 『んー、それは内緒です。その内、分かることですから。』
 随分と親しい感じで声の主は僕の質問に答えてくれた。
 『その代わりに、貴方の最初の疑問にお答えしますね。此処は分かりやすく言えば、貴方の精神世界になります。正直に言えば、私としてもこんなに早く再開出来るとは流石に予想外でした。貴方たちが頑張ってくれたおかげですね。』
 嬉しそうな声色で喋っているためか、僕も嬉しくなっていき、だんだんと意識もはっきりしてくる。それでも、身体の感覚は曖昧なままだか…。
 『それと気になると思いますから先に説明しておきますね。外の世界の時間についてですが殆ど静止している状態ですから安心して下さいね。』
 (ーー外の世界…?……!そうだ!僕は咲夜のお母さんと闘っていた最中だった!)
 説明を聞いてようやく僕は自分の事について思い出した。
 そのおかげで僕の意識も大分目覚めてくれた。
 『はい。貴方の言う通り、貴方は桐崎千華さんと『魔法戦』をしていた最中で、そして貴方も理解していると思いますが、このままだと確実に貴方は桐崎千華さんに敗れます。』
 (ーーじゃあ、この世界は僕の走馬灯みたいなものなの?)
 先に声の主が外の時間が静止しているという説明をしてくれたため大きく取り乱すこと無く話に意識を向けることが出来ている。
 『んー、当たらずとも遠からずと言った感じですかね?私が貴方にその未来を回避する可能性がある方法を伝えるために少し無茶をしてでも声を掛けたわけですし…。』
 (ーーえっ⁉︎僕が桐崎さんに勝つ事が出来る方法があるの⁉︎)
 どうやっても勝ち目の無さそうな状況だったのて、僕は驚きを隠し切れなかった。
 『それより先に私の最初の質問に答えてくれますか?』
 (ーーえっと…、どんな質問だったけ?)
 『どうして、そこまで負けたくないんですか?って言う質問ですよ。』
 (ーーあー、そんな事、言ってたような…。)
 意識がはっきりしてなかったが、言われるとそんな気になっていた。
 (ーーでも何でそんな事を聴くの?何か理由があるの?)
 『純粋に私が興味あるだけですよ。』
 (ーーへっ?)
 予想していなかった解答に素っ頓狂な声?が出てしまった。
 そんな僕を気にすることなく声の主は言葉を続ける。
 『確かに桐崎咲夜さんは貴方のパーティメンバーですけど、だからと言って貴方がそこまでしてあげる必要があるのかな、と私は思います。そもそも誰もが貴方たちが桐崎千華さんに勝利するのは困難だと考えていた中、充分過ぎるほどの善戦をしたはずです。それなのにどうして貴方はそれに満足せず頑なに勝利を望むのですか?』
 (ーー僕が勝利を望む理由、か…。)
 『桐崎咲夜さんとの約束ですか?』
 この人は一体僕の事をどれだけ知っているのだろう。
 (ーーそれも理由の1つには違いないとは思う。)
 『他にも何かあるんですか?』
 (ーーうーん、上手く言葉に出来るかわかんないんだけど…。)
 僕は手探りで言葉を選びながら自分の思いを吐露していく。
 (ーー多分、咲夜との約束をした時から咲夜の願いは少しずつ僕の夢にも成っていったんだと思う。)
 『はい。』
 (ーーそれで僕は夢を簡単に諦める気は無いし、何人たりとも邪魔はさせないつもりだから…、かな?)
 自分で言っている内に我ながら子どもっぽい事を言っている気がしていた。
 それを聞いた声の主は何を考えているのか少しの間だけ沈黙していた。
 『なるほど、良く分かりました。』
 (ーー笑ったりしないの?)
 正直、言っていた自分でも他人に笑われてもおかしくないと思っていたので、この返事は意外だった。
 声の主は心外そうな声色で喋りだす。
 『笑うはずありませんよ。夢というものは共感されることはあっても、笑われるものではありませんから。』
 聖母のような事を言い終えた後、声の主は軽く咳払いをする。
 『コホン。では、貴方の理由を聴かせてもらいましたので桐崎千華さんと戦う方法について説明しますね。』
 僕は声を一言一句聴き逃さないように話に集中する。
 『先ず、今の貴方が桐崎千華さんと闘えるようになる為に必要なのは2つあります。それは『思考解放』と『未来感知』です。』
 (ーー思考強化と未来感知?一体それはなんなの?)
 『順に説明しますね。先ず、『思考解放』についてですが、これは文字通りで貴方自身の思考能力を引き伸ばすことです。思考能力が強化されれば、より精密な身体コントロールや情報処理能力、判断速度等の向上だけではなく、緻密な術式の作製や今まで以上の魔力制御も十分可能になります。』
 (ーーなるほど。確かに、それができれば身体面と魔法面の両方が強化されるってことか…。)
 現状の僕自身の能力だけで桐崎さんを相手に闘うためには力不足なのは明確なので、この『思考解放』は必須と言っても過言ではない。
 しかし、逆に身体能力や魔法能力を強化しただけで桐崎さんとの魔法戦を渡り合えるかと言うと、それだけでは不十分だろう。なんて言っても、相手の桐崎さんのスペックは凄まじいの一言に尽きる。能力が強化されて、ようやく同じ土俵に立てるかどうかと言う感じだと思われる。
 そんな僕の疑問に先回りして答えるかのように声の主は説明を続ける。
 『そして『未来感知』ですが、この能力があることで初めて貴方が桐崎さんを相手にすることができます。』
 (ーーやっぱり、そうなんだね?)
 『はい。今の貴方では幾ら強化しても桐崎千華さんを相手に闘うのは難しいでしょう。』
 (ーー了解。それで、その『未来感知』ってなんなの?未来予知とかと同じなのかな?)
 『厳密には異なりますが、概ねにはその認識で問題ありませんよ。もちろん、未来感知をした後、貴方自身が何かしらの行動を起こすことで、その結果が変わってしまいますけど。』
 (ーーまぁ、そうだろうね。)
 この説明に僕は容易に受け入れる。
 実際、僕が行動を起こしても結果が変わらないのは不自然だし、結果が変えれなけば未来を知る意味も無いからだ。
 (ーーつまり、僕の行動するタイミングが重要ってことか…。)
 声の主が言っているように、僕の思考能力が強化された上、少し先の未来を知ることができれば、桐崎さんに勝つのも不可能ではないだろう。
 しかし、僕は自分が一番疑問に感じている事を口にする。
 (ーー確かにその『思考解放』と『未来感知』ができれば、かなり心強いけど…。でも、どうやって僕がそれを使えるようになるの?)
 そんなことを尋ねつつも僕は正解を予想していた。このような魔法のあるファンタジー世界での展開はそんな多くはないはずだからである。
 しかし、実際の答えは僕が期待していたものではなかった。
 『先に言っておきますが、貴方の考えているように私が力を授けるということはありませんよ?』
 (ーーえっ⁉︎そうなの?)
 考えを見透かされていたことより、僕の予想通りではなかったことに驚いてしまう。それくらい、自信があったからだ。
 そんな僕の驚きに対して、声の主は一通り明るい笑声をあげた後、その雰囲気のまま説明を再開する。
 『残念ですが、そうですよ。もし、貴方に力を与えることができるなら、このような声だけでなく、姿を見せることもできますから。』
 (ーーなるほど。でも、それだったらどうするの?)
 『力を与えることはできませんが、貴方自身の力を引き出すための切っ掛けを与えることはできます。』
 (ーー僕自身の力?〕
 声の主が出した言葉の意味がイマイチ分からなかったため、思わず鸚鵡返しをしてしまった。
 『人間は100%の力をそう簡単に発揮できない様になっているのはご存知ですか?』
 (ーー自分の力で自分自身を壊さないように無意識的にリミッターを掛けているからだよね?)
 一般的に言われる『全力を出す』と言うのは、あくまでも気持ち的な問題であって、本当に100%を出せるのは生命が危機的状況に陥った時ぐらいである。
 『そうです。所謂、火事場の馬鹿力など言われるのが100%の状態ですね。今回は私が貴方の脳に一瞬だけ強い負荷を与えることで無理矢理にその状態にさせます。』
 確かにそれができれば、本当の意味で僕の思考能力を全力で発揮できるはず。
 『ただ擬似的な手段でリミッターを外すため、少し時間が経ってしまうと元の状態に戻ろうとするでしょう。』
 本来、リミッターが外れるのは本当に最後の手段だからという説明も付け加えてくれた。
 (ーーでも、それだと殆ど意味が無いんじゃないの?)
 幾らリミッターを外しても、桐崎さん相手に短時間で勝負を決めるのは不可能に近いだろうし、リミッターが元に戻れば、その時点で僕に勝ち目は無い。
 『だからこそ、貴方にはリミッターが外れた直後にある魔術を使う必要があります。』
 (ーー何をすれば良いの?)
 『貴方自身の変化魔法でリミッターが外れた状態から元に戻らない、つまり変化しないように魔術を自身に施すと言うことです。リミッターが外れた貴方ならば、充分用いることができるはずです。』
 (ーー僕自身の変化の魔法属性を使って、自分の状態が変化しない魔法を使うってことか…。)
 『はい。そうです。』
 声の主の説明を聴いて、その発想に驚いたと同時に納得することができた。
 実際、他の魔法属性、例えば火の魔法属性を持っている人の中には炎を発生させたり、意のままに操ったりする他に炎自体を消したり、他の人に炎への耐性を付与することができる人もいるし、中には炎のエネルギーを魔素として取り込むことができる人もいる。
 その理屈から考えれば、声の主が言ったことは十分可能かもしれない。結局、リミッターが外れた僕自身の能力次第だろうが…。
 (ーーそれで、もうひとつの『未来感知』はどうすれば良いの?)
 『そのことに関して説明する前に、確認しておきたいのですが…、貴方は魔法属性による恩恵について、どの程度ご存知ですか?』
 予想できなかった返答に戸惑いながらも、僕は自分の知っていることを話す。
 (ーーえっと…、魔法属性を持っている人が先天的に持っていることがある、その魔法属性に応じた耐性や感知能力で、訓練等をしても伸ばせない才能の一種だったはず…。たしか『ギフト』って呼ばれているんだよね?)
 月兎先生が授業で説明していたのを、何とか思い出しながら答えた。
 『概ねその認識で大丈夫です。ですが、世の常として例外はあります。』
 (ーー例外?)
 『先程、言ってもらった通り『ギフト』は伸びしろが殆ど無い能力です。ですが、一部の人はそもそも『ギフト』の力を十全に発揮できていない場合もあります。』
 (ーーどう言うこと?)
 『強すぎる『ギフト』の力を身体等を守る為に無意識的に制限せざるを得ない人もいると言うことです。もちろん、貴方も此れに該当しています。自覚は無いと思いますが…。』
 当然、僕にはそんな自覚なんて無い。
 (ーーじゃあ、僕の『ギフト』の力が…?)
 『はい、先程説明した『未来感知』を有しています。リミッターを外した状態なら、この『ギフト』の力を使いこなす事ができるはずです。』
 これまでの話を簡単に纏めると、この声の主が僕のリミッターを外し、その後僕がその状態を維持する魔法を使うことで、一時的に『思考解放』と『未来感知』を使える状態になると言うことらしい。
 ただ一つ、気になる事があるので最後に声の主へ確認する。
 (ーー『思考解放』と『未来感知』については良く分かった。でも、どうして君は僕にそこまで力を貸してくれるの?)
 そう、何故この声の主は僕に協力してくれるのかが、はっきりしていない。もちろん正体も気にはなるが、もし聴いてもどうせ有耶無耶に誤魔化されるだろう。何故か、確信に近い予感がある。
 そんな僕の疑問に対して、少しだけ考えるかのような時間が経つ。
 『それは純粋に私が貴方の願いに力添えをしたいと思っているからですよ。』
 (ーーなるほどね。)
 どうやら、この質問でも具体的な説明をするつもりは無さそうだ。でも、声の雰囲気から嘘を吐いてはいなさそうなので、僕に協力したい気持ち自体は本心なのかもしれない。
 『他に聴いておきたい事はありますか?答えられる範囲では答えますよ。』
 (ーーもう特には、ないかな。)
 本当は聞きたい事だらけだが、おそらく僕が求めているような答えを出してくれないだろうし、それ以上に今は桐崎さんとの闘いに集中しなければならない。
 『わかりました。では、最後に1つアドバイスを。』
 (ーーアドバイス?)
 『魔法は魔力と術式によって生み出されます。そして術式とは使用者のイメージ…。つまり心が負けてしまえば、どんな闘いにも勝ち目はないと言う事です。ご存知だったとは思いますが、非常に重要な事ですからね。』
 (ーー了解、覚えておく。)
 『わかりました。名残り惜しいですが、そろそろお別れですね。』
 彼女がそう言い終えると僕の意識が少しずつ遠のき始めた。
 『また会えることを願っていますよ、紲名玲さん。』
 (ーー僕もだよ。)
 僕がそう思うとほぼ同時に意識を失ってしまったので、声の主に届いたかは分からない。
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