僕、魔女になります‼︎ 2巻

くりす

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第8章〜決着〜

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 「認められない、ですか…。随分と子どもじみた事を言いますね。」
 桐崎さんの声が耳に届き、白い世界から僕の意識が覚醒し眼を開くと、相変わらず隙の無い佇まいで僕を見ている桐崎さんの姿が視界に入ってきた。
 (ーーどうやら本当に時間は経過してないのかな?…っ⁉︎)
 周囲や桐崎さんの状況からそんな事を考えていると、突如頭の中にバチっと電気が走ったかの様な激痛を受ける。それはほんの一瞬の出来事だったが、僅かに顔顰めてしまう。
 (ーーつぅ…、これが、さっき聴いた負荷か?)
 僕の様子を見た桐崎さんは少しだけ怪訝そうな表情をする。
 だが僕はそんな桐崎さんの反応に気付かないくらい、自分に起きている変化に驚いていた。
 (ーー凄っ!何これ⁉︎)
 頭に走った激痛が治ると、すぐさま僕の身体に効果が現れた。
 まるで身体中の神経が剥き出しになったかのごとく、周囲の空間に漂う魔素の流れを感じることができる上、意識すれば今までとは比較にならないほど、自分の中にある魔力に動きを把握することもできる。
 さらに極め付けはそれほど大量に増えた情報を僕自身が詳細に理解できるくらいに情報処理能力や演算能力が向上している点である。
 まさに新領域に至ったかのような、経験した事のない感覚である。まるで僕だけ時間の流れが変わってしまったかのように錯覚してしまう。

 「どうしました?子どものような事を言ったと思えば、今度は急に黙り込んで。勝ち目がないのを認めましたか?」
 桐崎さんの声が僕の意識をこの『魔法戦』へと向き直させる。
 (ーーおっと危ない、今は戦闘中だった。確か、次はこの状態を維持するための魔法を使う必要かあるんだよな。…よし!)
 「勝ち目がないのを認めるつもりはありません。ただ、どうすれば貴方に勝てるか考えていただけです。それに…。」
 今の僕の状態を維持する魔法を発動させるための時間稼ぎの意味も含めて、桐崎さんへの質問に答える。
 もちろん魔法の方も桐崎さんやこの『魔法戦』を観ている全員に気付かれないように、術式のイメージを素早く隠密に組み上げる。このイメージを創り上げる早さと精度も今までとは段違いだ。
 「それに…、何ですか?」
 「子どもじみていたって僕は良いと思います。人の願いや想いはそれぞれですから。」
 「願いや想いの内容を否定するつもりはありません。ただ、最初にも言ったとは思いますが…。」
 「『力』が無い者は夢を叶えることはできない…、ですか?」
 「ええ、その通りです。そして今の貴方に勝ち目が無い事は理解できるでしょう?」
 桐崎さんとの会話をしている間に、僕は今僕自身に使っている女性への変化の術式に新たな『状態不変』の術式を書き加えを終えようとしている。
 そして、新たな魔法の起動に合わせて不敵な笑みを見せながら桐崎さんの返答に応じる。
 「だったら、僕は貴方が考えているその結論(シナリオ)を変えてみせます!」
 自分の決意を表明するように、力強く言い放ちながら、魔法を密かに起動する。
 これで少なくとも魔法の効力が続く限りは僕のリミッターは外されたままで闘うことができるはず。
 それを知らずに桐崎さんは右手に持っている剣を僕へと向ける。
 「さっきまでは勝ち目が無いのを自覚しているような表情でしたが…、何か策でも思い付いたのですか?」
 「さぁ、どうでしょう?試してみます?」
 桐崎さんの質問に僕が戯けるように答えたのを受けて、桐崎さんは機嫌を損なうどころか、ほんの少しだけ楽しそうな笑みを浮かべたように見えた。
 「そうですね。では、やってみましょう。」
 そう言い終えると、桐崎さんはさっきと同じように魔力を練り上げる。
 (ーーこの感じは…、さっきの魔法!?)
 「『第一秘剣・朧』」
 桐崎さんが術名を言い終える前に、僕は自分に目掛けて高速で剣が直進して来る未来を感知した。
 (ーーこれが『未来感知』の力か!これなら躱せる!)
 僕はタイミングを逆算して、可能な限りギリギリで最小限の動きを用いて横方向に回避し始める。
 その結果、桐崎さんが右手に持っている剣を手放す直前に僕は避け始め、高速で飛来して来た剣は虚しくも宙を裂き、僕の横を通り過ぎた。
 その直後、ステージの端まで辿り着いた剣は大きな音を立てながら、壁に突き刺さった。
 その音を聞きながら、僕は桐崎さんへ視線を向け続ける。桐崎さんは僕が再度、剣を避けたのを見たても、感情を乱す事無く法術で剣を創り、それを右手で握りしめる。
 「また避けますか…。では、これならどうですか?」
 三度目の『朧』が来るのを感じ取った僕は集中して剣の軌道とタイミングを感知する。
 (ーー今度は左から迂回して横薙ぎか!)
 『未来感知』の結果を元に後方にステップすることで、さらに『朧』を避け切る。
 (ーーよし!この『未来感知』があれば、『朧』を避ける事はできる!それに『朧』の正体も分かってきた!)
 今まで情報から考えると、『朧』と言う魔法は、予め剣に飛行軌道を決めた上で高速飛行させる法術だと、僕は考えた。
 事前に攻撃ルートを決定することで、本来制御下に置けない距離の剣を動かしているのだろう。
 だからこそ、最初の攻撃で咲夜に剣を突き刺したのは、咲夜の『アンチマナ』で剣の飛行能力が失う可能性を考えたからだと考えられる。そうすれば何の問題無く、僕たち全員を攻撃できる筈。
 (ーーとは言え、それを確認しようにも桐崎さんが素直に応じるか分からないし、何より未だ戦闘中だ!)

 桐崎さんの『朧』についての検討をそこで打ち切り、この『魔法戦』に必要な思考に集中する。
 (ーーとりあえず、現状で考え得る桐崎さんが持ってそうな脅威は……。こんなものかな?そこから僕が次に起こすべき行動は…。)
 素早く僕自身の負け筋をいくつか検討した結果、僕は桐崎さんと更に距離を取るために後方へと下がった。
 一方、桐崎さんはと言うと何かを考えているような仕草を見せたかと思うと、小さく言葉を発した。
 「これは想像以上の感知能力ですが、それ以上にこの状態は…。」
 その後、僕が距離を取ったのを見ると桐崎さんも行動を開始する。
 「あまり時間を掛けるのは得策ではなさそうですし、こうしましょう。」
 桐崎さんは両手を左右に広げると魔法を展開する。
 その魔法は両手にある指輪から剣を創り出すと、今までとは違い桐崎さんの手に収まることは無く、静かに桐崎さんの周囲を漂い始める。
 そして桐崎さんは再度2つの剣を創ると、今度はそれを両手で握り締めた。
 こうして、桐崎さんは自身が持っている剣を含めて4本の剣が周囲にある事になる。
 これが桐崎さんの得意魔法の1つ浮遊剣の『天翼(てんよく)』である。
 宙に浮いている2本の剣は桐崎さんの制御下にある限り、桐崎さんの思うがままに動くらしい。
 これら4本の剣によって近距離戦における攻撃面での手数の増加はもちろん、防御面でもかなりの力を持っている。
 (ーーまさか、この魔法を実施に目の当たりにするとはね。事前のミーティングで確認はしてたけど…。それに相手も僕の『未来感知』のカラクリに多少は気づいたのかな?)
 そう、この『未来感知』は防御の場合に用いれば無敵のような力と思えるかもしれないが、決してそうではない。
 結局のところ、僕自身の対応能力が要になってくる。
 例えば、超広範囲で強力な攻撃魔法を使われてしまえば、幾ら事前に感知しても僕には対応する手段が無い。
 今回の場合で言えば、桐崎さんは得意の近距離戦に持ち込んでから、圧倒的な手数で僕の防御力を上回ろうといった魂胆だろう。
 実際、今の僕でも『天翼』を使っている桐崎さんの攻撃を捌き切れる自信は無い。だからこそ、その前に桐崎さんと距離を取ったのだ。
 (ーー後は桐崎さんの接近を拒否しながら倒せれば理想的かな。そう上手くいかないだろうけど…。)
 そんな僕の考えを体現するかのように桐崎さんは4つの剣と共に僕との距離を詰めるために走り出して来た。
 それに対して僕も直ぐに魔法の準備を開始する。桐崎さんの接近を拒む意味でも牽制をしなければ、距離を取った意味が無くなるからだ。
 (ーー問題は、どんな魔法を使うべきか…。よし!)
 素早く思考を纏めた僕は桐崎さんに向けて両手を掲げ、宙に魔法陣を展開する。
 桐崎さんは魔法陣を見て警戒をするものの僕への脚は止めはしない。
 僕は更に掌から長さ50センチ程度の細長い結晶を魔法で生み出すと桐崎さんへと発射する。
 僕の元から出た結晶は先程展開した魔法陣を通過すると、その数を20近くまで増やして一斉に桐崎さん目掛けて様々な弧を描きながら襲い掛かる。
 これは設置した魔法陣の効力で通過した魔法の数を『変化』させて、今回の場合はその数を増やしたのである。
 念のために言っておくが、魔法属性が対応していればだが、このように数を増やしたりする『法術』は別に珍しくは無い。やる人事態は多くは無いかもしれないけど…。
 「ふっ!」
 多様な角度や位置から迫って来る結晶に対して、桐崎さんは短く息を吐くと4本の剣を巧み操り、舞を踊るかのような流麗な動作で自分に降り掛かる結晶を次々に斬り付けた。斬られた結晶は甲高い音を立てながら砕け散り、魔素に戻ると空気中に霧散していく。
 (ーーやっぱり、これくらいだと足止めが精々か。じゃあ、次!)
 桐崎さんが結晶を斬り落とし終える前に再度、魔法陣を展開した。
 「この程度では幾ら放とうとも私を止めるのは無理ですよ。」
 結晶に対して完璧に対処した桐崎さんは再度加速を開始しようとする。
 その動作を『未来感知』にて先読みした僕は再び結晶を桐崎さんに飛ばす。
 「そうでしょうね。同じだったら…、ですが。」
 「⁉︎」
 さっきの状況を再現するかのように結晶が魔法陣を潜った次の瞬間、桐崎さんの表情に驚きの色が現れる。
 魔法陣の効果を得た結晶は先程のように数を増やすことはなく、今度はそのスピードが大幅に加速した。
 その増幅した速度を破壊力として、結晶は一瞬で桐崎さんの元へと移動する。
 加速しようと若干の前傾姿勢になっていたものの、桐崎さんはギリギリで反応し左手にある剣の腹を自身と結晶の間に滑り込ませる事に成功した。
 しかし体勢が不十分だったために、結晶の持っている運動エネルギーを受け止めきれず後ろに押し下げられた。
 (ーーこれも反応するのか。さて、どうする…。)
 「中々厄介な魔法を使い方ですね。」
 次の作戦を手短に検討していると桐崎さんは僕への警戒を更に一段階上げたようだ。さっきまでと違い僕との距離を直ぐに詰めようとはせず、僕の出方を伺っている。
 (ーーうーん、これほど警戒されると不意打ちの類は効果を発揮しにくい。)
 桐崎さんが動き出さないので、少しだけ余裕を持って考えを巡らせている僕を見た桐崎さんは意を決したかのように行動を再開する。
 先程と同じように僕へと移動するが、そのスピードは明らかに下がっていた。おそらく、僕の攻撃等に対して警戒の度合を高めた為だろう。それでも月兎先生よりも速いので、今の状態でなければ、その差に気付く事はできなかっただろう。
 (ーーこれは好都合かもしれないな。どうせ不意打ちは難しいだろうし、攻撃を起こすタイミングが狙い易くなったはず!)
 とは言え、僕が何もしていないと桐崎さんにその事を勘付かれると判断した僕は有効打にならないのは承知で術式を組み上げ、行動を起こす。

 新たに魔法陣を創り出し、そこに結晶を打ち込み効果を発揮させる。今回は数を変化させる。
 ただ、さっきの反省を込めて結晶を桐崎さんの足元に集中して狙う。その方が桐崎さんの動きに制限を掛けやすいし、『天翼』で動いている剣は制御の関係か、さっきの攻撃の時に足元に飛んできた結晶には一切対処していなかった。
 これはあくまで僕の推薦だが、『天翼』の剣が自身の意図せず地面に接触するのを桐崎さんが回避しているからだと思う。
 「なるほど、そう来ましたか。」
 足元目掛けて飛んで来た複数の結晶に対して、桐崎さんは移動の脚を止めて確実にその手にある剣と見事な脚捌きを織り交ぜて対応する。
 もちろん、次の攻撃に備えて僕への警戒は維持したままでだ。
 (ーーでも脚を止めれたなら充分!)
 「これならどうです?」
 何度目かの事前に魔法陣を展開して結晶の弾を潜らせる。
 今度の効果による変化は結晶のサイズを大幅に大きくさせるものだ。
 掌に収まるくらいの大きさだった結晶の礫は魔法陣を通った瞬間、直径3メートル程の巨大な柱へと変貌した。
 もちろん大きさに応じて質量も増加しているが飛んでいく速度はそのままだ。
 これほどの破壊力を力技で凌ぐのが容易では無いので、桐崎さんは何かしらの回避行動を行うと考えるべきだ。
 (ーーその回避先を感知すれば、効果的な追撃を行えるはず!)
 そこまで思考を終えた僕は『未来感知』に意識を集中させ、ほんの先の未来を読み解く。
 (ーーうっわ、マジか…。)
 結果を先に知り驚くと共に半ば呆れた、次の瞬間にはそれが現実に起こる。
 普通の人なら大怪我で済めば御の字と言っても過言では無いエネルギーを持った結晶の柱に対して桐崎さんは冷静に行動を起こす。
 「はあぁ!」
 振り上げられた4本の剣が青色の魔力を纏ったかと思うと、桐崎さんは掛け声と共に迫り来る結晶の柱に一斉に剣で斬り付けた。
 すると結晶の柱は剣が当たった所を中心にヒビが走ったかと思うと次の瞬間には轟音をあげながら、その姿を大小様々な形に別れた後、魔素へと戻る事でその姿を消してしまった。

 桐崎さんがこれほどの破壊力を出せたのには2つ理由がある。
 1つ目が剣に纏わせた魔力のエネルギー量だ。魔力、つまり魔素は大気中に分散している時は無色透明で肉眼では視認することはできない。
 しかし、一定以上の密度になるにつれて魔素は薄い水色から段々と青色へと濃さを増していく。つまり、今回の桐崎さんの剣が纏った魔力はそれほどの高密度な状態な為、そのエネルギーも尋常では無い。
 もちろん、高密度にすればするほど使用者には高い魔力制御の力が要求される。
 そして2つ目は桐崎さんが剣を振り下ろす直前に使った魔術だ。
 魔法名は事前に聴いた話によると『剣撃(けんげき)』とよばれており、効果は魔力量に応じて剣の攻撃力を増加させるシンプルな魔術だ。だがシンプル故に使用者の実力が如実に現れ、桐崎さんクラスの実力者が使えば、その効果は他の『魔女』の同じような魔法との差はは圧倒的である。
 また一口に攻撃力アップと言っても、今回のように斬撃のエネルギーで対象を粉砕する力に用いたり、純粋に斬れ味を増やすといった使い分けもできるらしい。
 この魔術と並々ならぬ魔力量を合わせる事で僕の結晶を打ち砕いたようだ。

 (ーーでも逆に言えば、桐崎さん自身が4本の剣を使わなければ砕けないと判断したと言えるはず!)
 「この状況で考えごとは余裕ですね。」
 「⁉︎」
 そんな判断をしている間に、桐崎さんが更に僕との距離を縮めて来たため、お互いの距離は15メートル程になっている。
 そろそろお互いの駆け引きが本格的に加速する。
 「『クリスタルランス』!」
 左手を桐崎さんへ突き出しながら魔術を起動させる。
 呼び掛けに応じて、僕の頭上に左右3本ずつ、計6本の結晶でできた槍が出現した。
 それらを桐崎さん目掛けて放つものの、桐崎さんは臆するどころか今まで抑えていた速さを加速させて、上から飛んでくる槍たちを低姿勢のまま駆け抜けることで避け切った。これでお互いの距離は更に縮まる。
 (ーーよし!想定通り!)
 この攻撃で桐崎さんが加速するのを僕は予想していたので『未来感知』を用いて結果を確認した後、すぐさま次の行動に移る。
 桐崎さんに向けたままの左手を中心に再度魔力を集めて新たな魔術を発動させる。
 こんな感じに僕の攻撃に対して相手がどういった行動に移るのかをいち早く知れるのも『未来感知』の大きな強みだ。
 次の魔術は先程まで使っていたサイズの結晶を創ると同時に桐崎さんへと放たれる。  
 ただ、先程とは違い魔法陣の力無しに高い速度を出している。もちろん、魔法陣を使った時程では無いが、今までの速さとは比較にならない。
 このカラクリは至ってシンプルで僕が最初から最高速で結晶を放っていないだけだ。
そうする事で魔法陣を使わなければ速いのは来ないと桐崎さんに思い込ませる事ができる可能性がある。仮に気付かれていても最高速を隠す事で初見の対応が難しいのは変わらない。
 今の桐崎さんは僕へとかなりの速さで向かっているから、僕自身の最高速での攻撃を避けるのは相当困難なのは明らかだ。
 しかし、桐崎さんは最初からその攻撃が来る事を知っていたかのように身を捻って向かって来ていた結晶を避け切る。
 これから言えるのは唯一つ。
 (ーー読まれたっ!)
 僕の攻撃を読み切った桐崎さんは回避運動で僅かに崩れた体勢を立て直しながら脚部へと魔力を更に集め、更なる加速を試みようとしている。
 この距離感とタイミングなら僕が後ろに下がるより早く桐崎さんが剣の間合いに入れるだろう。そもそも、魔法を使用する前後は術式や魔力の制御にリソースを割かなければならないため、多かれ少なかれ身体行動に影響が出るのが普通だ。それが使用者にとって負担の大きい魔法ならば、その影響は如実に現れる。
 もちろん、その影響を最小限にするための手段も幾つかはある。例えば身体を動かしながら魔法を使うことで身体的硬直を減らしたり、魔法の威力を抑えたり等。
 そして今、僕が起こす行動はと言うと…。
 (ーーでも桐崎さんならこれくらい避けてくるのも織り込み済だ!)
 身体制御などせず、更に魔法を使うと言う大胆な一手だ。
 「はぁっ!」
 気迫を込めながら桐崎さんとの戦闘が再開してから密かに編み続けていた大掛かりな魔術を発動させる。
 「『結晶乱撃(けっしょうらんげき)』!」
 「っ⁉︎」
 突如として桐崎を中心に半径10メートル弱、ギリギリ僕が入らないサイズの大規模な魔法陣が足元に現れた事で桐崎さんは驚きつつも脚に溜めていた魔力で強化された脚力を用いて上空へと跳躍する。
 桐崎さんが飛び出した直後、魔法陣の至るところから次々とクリスタルランスが出現し、上空へと駆け出す。
 それを見た桐崎さんは『魔力障壁』と『身体活性化』を同時に使いつつ防御体勢を取る事で襲い来る槍の群に備える。
 大半の槍は虚しくも何も無い宙を駆けるだけだが、桐崎さんの元へ向かった槍たちは即席の為に強度が不十分な『魔力障壁』を一気に削り切り、桐崎さんへと辿り着いた。
 「くっ!」
 『身体活性化』のおかげで、結晶でできた槍が桐崎さんに致命的な一撃を与える事は無かったが、確実にダメージが入り続けた結果、桐崎さんの左手にあった剣がその手元から溢れた。更に『天翼』によって制御されていた剣たちも槍に当たった事で制御下から外れたせいか、静かに地面へと落ち出していた。
 (ーーこれで桐崎さんの防御は充分に削れた!)
 この結果も『未来感知』で把握し、攻め時と判断した僕は魔術の効果が終わると共に左手を宙に居る桐崎さんに向き直し、新たな結晶と魔法陣を用意する。
 「これで終わらせる!」
 最速で放たれた結晶は魔法陣の力で巨大な結晶へと姿を変える。もちろん、速さはそのままでだ。
 圧倒的な大きさ、質量、速さを兼ね備えた結晶は桐崎さんへと襲い掛かる。
 空中に居るため咄嗟の移動は難しく、巨大な結晶を打ち砕く方法も考え難い以上、この状況を理解できている人たちの多くは桐崎さんが不利だと判断するはずだ。幾ら『剣の巫』でもこの状況は打破できないと。きっと月兎先生たちも同じように考えるだろう。
 しかし、僕は桐崎さん以外の誰よりもその予想が裏切られる事を『未来感知』で理解する。
 結晶が魔法陣を通過した直後、桐崎さんが唯一持っている剣へと魔力が集まり、静かに桐崎さんが魔法を唱えると僕が見たシーンが現実に現れる。
 「『第一秘剣・朧』」
 魔力を帯びた剣は持ち主である桐崎さんと共に結晶を避けるために真下に超高速移動すると、地面に当たる直前にその勢いを落とすことなく僕目掛け向かって来る。今の僕の状態では回避行動は間に合わず、咄嗟に目の前に出した『魔力障壁』だけでは防ぐことは不可能だ。
 (ーーここまでは桐崎さんも読んでいたのかな?)
 要するに桐崎さんは『未来感知』の対策として、追い込まれているように見せながら僕の攻撃札全てを誘い出し、たった1枚のカードによる返しで覆したのだ。
 そんな桐崎さんが作り上げた絶望的に状況下で、僕は勝利を確信していた。
 (ーーでも僕のシナリオは未だ終わりじゃない!)
 「なっ⁉︎」
 僕の確信は桐崎さんの驚愕と共にその姿を見せる。
 なんと僕の張った『魔力障壁』が桐崎さんの突撃を受け止めたのである。
 ただ正確に言うなら、僕が『魔力障壁』に使った魔術の力のおかげだ。
 「『封印結晶』」
 使った魔術はこの『魔法戦』が開始した直後の桐崎さんの一撃を防いだものだ。
 きっと桐崎さんの意識にはあったかもしれないが、この攻撃を防ぐとは思わなかったのだろう。
 そんな桐崎さんを他所に僕はこの『魔法戦』の始まりをなぞるかのように桐崎さんの足下から結晶を創り出し拘束する。ただし、生成速度は1回目の比ではない。
 「⁉︎しまっ!」
 呆気に取られていた事もあり、桐崎さんの下半身を中心に身体の半分以上が結晶に覆われた。
 「この勝負、僕の…、僕たちの勝ちです。」
 念の為、桐崎さんの間合いから後退しながら桐崎さんへ声をかける。
 実際、ここまで身動き封じる事ができたら煮るのも焼くのも自由だ。
 もし桐崎さんが拘束を外そうとしたり、僕への攻撃を実行しようとすれば、『未来感知』で先読みすることで先手を取って防御が手薄なタイミングに攻撃を確実に打ち込める。
 幾ら桐崎さんでも負けを認めてもおかしくない状況だが、当の本人は冷静さを取り戻して僕に答える。
 「ここまで追い込まれるとは思いもしませんでした。ですが、勝負は終わっていませんよ?」
 (ーーこの状況で何ができる?)
 「そうですか…。」
 桐崎さんに短く返事をすると、僕は意識を集中させて渾身の魔術をイメージし、練り上げていく。
 桐崎さんは実際に魔術が発動するまでどんな攻撃なのか知ることはできず、的確な防御を行うのも難しい。
 そんな桐崎さんへ左手を向けると、術式を組み建てなつつ『魔力制御』を存分に発揮して魔力を左手に集めていく。集まった魔力は次第に力強いエネルギーを表していく。
 薄い青色がみるみる濃くなり、桐崎さんが『朧』に使っていた時と同じくらいの濃度になるだけでなく、更にその色を深めていく…。
 「まさか⁉︎只の学生がここまで⁉︎」
 桐崎さんの声を聞き流しながらも、更に魔力を流し集め束ねる。
 すると魔力はやがて藍色の光を放ち出す。
 それと同時に時間をかけてイメージした精密な術式を組み終える。
 術式を魔法陣として顕現させ安定させると、そこに集めた魔力を流し込もうとした時に、僕も予想しいなかった『それ』が起きる。
 「ぐっ⁉︎っああぁ⁉︎」
 この状態になる為の負荷ですら可愛く思える程の耐え難い激痛が僕の頭を駆け巡りだし、思わず頭を抱えながら膝から崩れ落ちる。今まで経験した事の無い『それ』は僕に大きな混乱を与えるには充分過ぎる。
 (ーーあぁ、なんだ…、コレは⁉︎一体…、何が⁉︎)
 その痛みの所為で集めた魔力は空気中に霧散し、魔法陣は崩壊を始めたが、僕がそれに意識を配る余裕はなかった。そんな中、いつのまにか拘束から抜け出していた桐崎さんの静かに囁いた声が不思議とこんな状態でも自然に入ってくる。
 「やっぱり、こうなりましたか…。まぁ、長過ぎた方ですが…。」
 (ーー桐崎さんは、何か、知ってるのか?)
 そんな思考も直ぐに痛みに掻き消される。
 「では、早々に終わらせましょう。『雷光』」
 桐崎さんの剣に眩い電撃が纏った次の瞬間、僕の朦朧とした視界はその光に満たされ、意識は暗い世界へと落ちた。
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