僕、魔女になります‼︎ 2巻

くりす

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第9章〜祭の終わりと新たな約束〜

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 暗い世界から僕の意識が戻り、何とか重い瞼を開くと霞む視界にぼんやりと何処かの天井が映る。
 (ーーここは…?確か、僕は桐崎さんと『魔法戦』をしていたはず…。っ⁉︎)
 微かに痛む頭に左手を当てながら僕は上体を起こす。どうやら学園内にある医務室のベットで寝ていたようだ。
 「あら、眼が覚めたの?おはよう、玲ちゃん。まぁ、朝ではないんだけどね。」
 聞き慣れた落ち着いた雰囲気の声が耳に届いたおかけで、僕も冷静さを取り戻し、声の主の方へ顔を向けて言葉を返す。
 「おはよう、朱莉さん。えっと、僕ってどれくらい寝てたのかな?」
 「んー、だいたい3時間くらい寝てた事になるわね。」
 朱莉さんはベットの隣に置いてある椅子に腰掛けたままで『デバイス』を制服のポケットから取り出し、時間を確認してくれた。
 「なるほど。確認ついでに聴きたいんだけど、僕が寝ている間に何があったのかな?」
 「えっと、簡潔に言うなら、『魔法戦』が終わったにもかかわらず玲ちゃんが眼を覚まさなくって、そこに居たみんなが騒然としたけど直ぐに咲夜ちゃんのお母さんが来てくれた後、学園長と共に冷静にその場をおさめると気絶したままの玲ちゃんをここに運んだって感じかしら?試合後のスピーチとかの事務的な内容はその2人が上手く回してくれたから、余計な混乱は生じてないと思うわよ。」
 「そっか、それは良かった。ところで、」
 姉さんたちは何処にいるのかと尋ねようとしていたら、その答えは別の方向から聞こえてきた。
 「他のパーティメンバーの子たちなら、寮の部屋で待機させていますよ。」
 声の主はセミロングの黒髪に白衣を纏った20代中頃の見た目をした女性で、この医務室の関係者なのが一目で分かる。
 「白崎(しろさき)先生、そうなんですね。」
 僕が名前を呼んだ女性は白崎峰医(しろさき ほうい)と言う人で、この医務室を担当している先生である。身長は150前半くらいで若干小柄だが聖母のような万人に慈悲を与えてくれそうな雰囲気を醸し出している。今までは、あまり接点は無かったが月兎先生から授業の合間に簡単な説明は受けていた。なんでも、医療系の『魔女』の中でもかなりの実力を持っており、『死者でなければ全て治せる魔女』等のちょっと行き過ぎた呼び名があるとか無いとか…。
 そんな白崎先生のその柔らかな様子が苦笑いによってほんの少しだけ崩れる。
 「はぁ…、私が大丈夫って説明したんですけど聞く耳を持たずの状態でしたから。他に誰もいないとはいえ、少し元気過ぎでしたよ。」
 「なんか、申し訳ないです。」
 朱莉さんだけが側に居た理由が不明だったが、白崎先生のおかげで謎は解けた。
 白崎先生は僕の近くまで歩みを進めると、僕の額に右手を添えながら声をかけてくる。
 「じゃあ、念の為にもう1回『診』ておきますから、『レジスト』しないように力を抜いて下さいね。」
 「はい。」
 白崎先生の指示に従い、身体から余分な力を抜き自然体を意識する。
 「『診察』」
 短く術名を白崎先生が唱えると僕の体は淡い青色の光に包まれる。
 そんな時間が数秒続くと、光は白崎先生の右手に集まっていき、その輝きを失っていく。
 完全に光が無くなると白崎先生は僕の額から右手を離す。
 「うん、私が『診』た限りでは問題無さそうですね。」
 「それは良かったわね、玲ちゃん。」
 白崎先生の診断を聴いて朱莉さんは僕に声を掛けてきたが、一方で僕は白崎先生の行動から月兎先生の話を思い出していた。
 (ーーこれが白崎先生の魔法か…。たしか魔法属性が『医療』だったけ?魔法を使うことであらゆる診察や治療等を行うことができるって言ってたな…。)
 僕が白崎先生の能力に思考していると、当の本人が再度声をかけてくる。
 「それじゃあ、あの2人も呼んでから行きましょうか。」
 (ーーあの2人って姉さんと咲夜のことだよね。それよりも…。)
 「行くって、何処にですか?」
 至極当然の質問に白崎先生は端的に答える。
 「もちろん、今回の件についての報告を学園長たちにですよ。」
 「ああ、成る程。」
 僕が納得して、ベットから身を降ろすと白崎先生は更に一言。
 「後、桐崎千華さんもお待ちですから。」
 「っ⁉︎」
 (ーーつまり、これから咲夜の今後についての話も行われる!)
 その一言は僕を驚かせるには充分過ぎた。


 姉さんと咲夜と合流した後、僕らは学長室へと歩みを進めていた。
 意外なことに姉さんも咲夜も僕に声をかけてくることはなかった。
 何度か僕に視線を向けてはいたものの、白崎先生が気になっているようだ。
 僕が寝ていた間に何かがあったのだろう。少しだけ気にはなるが今はそれどころではない。これから僕らの未来が大きく変わる可能性があるのだから。
 そんな感じで僕らは学長室の前へとやって来た。
 「失礼します。」
 もう何度も来ているので、手慣れた動作で学長室に入る。
 入室すると、そこには学園長と桐崎さん、それに月兎先生と稲葉先生の4人が僕らを待っていた。
 「思ったより、早起きじゃないか玲。白崎先生の見立てよりも早いとはね。」
 僕が部屋に入ると若干の皮肉を交えながら学園長が声をかけてきた。そんな学園長の言葉にソファに腰掛けている桐崎さんが僕に視線を向けて続ける。
 「あれだけの事をしておいて、数時間寝込むだけで済むのは流石は『夢の箱庭』ですね。実践訓練がメインだった私たちよりも良い時代なったものです。」
 「えっと、僕ってそんなに危険な状態だったんですか?」
 (ーー正直、桐崎さんに勝つ為に必死だったからなぁ…。)
 桐崎さんの言葉を聴いて、僕は思わず尋ねてしまった。
 それを受けた学園長は白崎先生へと視線を移す。
 「白崎先生、説明をお願いできるかい?」
 「はい。かしこまりました、学園長。」
 学園長にすぐさま返事をした白崎先生が僕らに説明を始めてくれる。
 「玲さんが『魔法戦』終了後直ぐに意識を取り戻さなかったのは戦闘中に発生した脳へと負担が余りにも大き過ぎたため、現実の玲さんへの戦闘経験によるフィードバックに耐え切れなかったからです。所謂、『過負荷』状態に陥ったということですね。」
 白崎先生が大きめの端末を操作して何かを確認しながら、説明を行う。おそらく、僕の状態について記しているカルテのようなものだろう。
 「ただ、本来なら今回の状態は基本的には起こり得ないはずです。『夢の箱庭』によるフィードバックは仮装世界での経験や記憶を残す為にも現実の脳に多少の負荷を起こしますが、意識不明になるほどの出力は発生しません。ご存知の通り、仮装世界で死ぬ事があっても現実では直ぐに行動できますから。」
 「じゃあ、玲が直ぐに眼を覚まさなかった原因は何だったんですか?」
 白崎先生の説明に咲夜が疑問を挟み込む。
 「それは異常なまで持続した『オーバーロード』状態だと思います。ただ、どうしてあれほどの長時間も持続したかは、申し訳ないですが分かりません。」
 「えっと、その『オーバーロード』って一体なんですか?」
 新たに出てきた未知の語句に姉さんは疑問符を浮かべる。
 「『オーバーロード』は本来ならば人間が自己を守るためにあるリミッターが何かしらの出来事や強い感情等によって外されて、普段では出すことの出来ない力を発揮すること。例えば、死が目前に迫った時の火事場の馬鹿力と言えばイメージしやすいでしょう。」
 それに答えたのは白崎先生ではなく、まさかの桐崎さんだった。
 「まぁ、最近は『夢の箱庭』が普及したからか擬似的な臨死体験を経験することがあるせいか、滅多に聴くことはなかったんだがね。」
 桐崎さんの説明に学園長が補足する。
 (ーー要するに仮装世界で死を経験してしまうから、リミッターが外れるほどの衝撃を感じる事が無くなったってことか…。)
 学園長の話を自分の中で纏めていると、学園長が言葉を続ける。
 「更に言えば、『オーバーロード』はそんなに長い時間は続かないのさ。リミッターを外した出力に本人の身体や脳が、その負荷に耐えれないからね。でも、今回はそんなあり得ないはずの自体が起きたから、先ずはアンタが何をして、何を知っているのか教えて貰おうってことだよ、玲。」
 学園長が言い終えると、部屋に居る皆の視線が僕に集まる。
 不幸中の幸いと言うべきなのか分からないが、『オーバーロード』中を含め、『魔法戦』の記憶ははっきりしているので説明自体は可能ではある。
 (ーー唯一つ、問題なのが…、)
 「別に説明自体はできるとは思いますけど…、えっと…。」
 言葉を濁しながら、僕は桐崎さんへと視線を移す。
 (ーー桐崎さんが居るのに僕の本当の魔法属性の話をする必要があるって事なんだよな。『変化』を用いての状態不変を説明はできないし…、どうしたものか…。)
 そんな風に困っていると、理由に気付いた学園長が助け船を出してくれる。
 「あぁ、アンタの事なら桐崎には以前来た時には伝えてあるよ。」
 「あっ、だったら問題ないですね。実は…。」
 思い掛けず簡単に問題が解決したので、僕は体験した事をありのままに説明した。
 だが、ここで僕はある疑問を持つべきだったのかもしれない。
 一体、何故桐崎さんに僕の事を説明したのか、そして何処まで説明したのかを。

 「……と言う訳です。」
 僕の説明が終わる頃には周囲の反応は様々だった。
 月兎先生は興味深そうに、稲葉先生や咲夜、朱莉さんは少し痛い人を見るような冷めた視線が薄っすらと混ざりながらも、学園長や桐崎さん、白崎先生、そして何か心当たりがあるのか姉さんも考え込むような仕草をしていた。
 (ーーまぁ、頭の中に突如女の人の声でアドバイスが聞こえたとか言ったら咲夜たちの反応は当然だよね。)
 とは言え、実際僕が経験した事なので言わない訳にはいかないし、本人たちの反応も理解できるので気にしていない。……本当はちょっと辛い。
 「成る程ね。白崎先生、こういった話は他で聞いたことは?」
 「私もちょっと聞いたことは無いですね。」
 学園長と白崎先生が僕の話についてやり取りをしている。
 「ですが、これで『オーバードライブ』が長続きした理由ははっきりしました。」
 (ーーどう考えても、状態不変の魔術だよね。)
 「そうだね。玲、アンタには今後、その『オーバーロード』下での状態不変の魔術の使用は禁止にさせてもらうよ。今回は兎も角、現実世界でやったら、それこそ取り返しのつかない事になるだろうからね。」
 「まぁ、そうなりますよね。」
 普通に考えれば、現実世界だと『オーバーロード』の反動でおそらく命を落とす事になると結論付けれるし、仮装世界で使用しても現実で後遺症が出ないとは言い切れないからだ。
 (ーーと言うか…、)
 「とは言え、アンタが次に『オーバーロード』になる事は無いとは思うけどね。」
 学園長の言う通り、今回経験した以上、僕が『オーバーロード』になるほどの負荷を受ける事は考えにくい。あくまで保険としての意味合いだろう。
 「それに良いことも分かっただろう?」
 「良いこと、ですか?」
 学園長の言葉に思い当たる事がなく、思わず鸚鵡返しになってしまった。
 「ああ、幾ら『オーバーロード』とは言え、本人の潜在能力(ポテンシャル)以上は出せないからね。アンタがこれから訓練を重ねていけば、少なくとも今回と同レベルまでは確実に成長できるはずさ。それにオーバースペックの状態を一度でも体験したのは魔法の術式や魔力制御のイメージのサポートにもなるだろう?」
 「それは、たしかに。」
 学園長の言う通り、実際に一度体験したのはかなり大きい。
 手探りで上を目指すのではなく、何となくでもやり方があると言うのは大きな糧と言えるだろう。
 「じゃあ、今回の玲についての話はここまでにしようか。白崎先生は下がってもらっても大丈夫だよ。」
 「分かりました。それでは失礼致しました。」
 丁寧なお辞儀をして、白崎先生は学長室を後にした。
 (ーー次はいよいよ咲夜の話か…。)
 僕の身体に改めて緊張が走った。

 「それじゃあ早速、今回の件の結論を聴かせて貰おうか?」
 白崎先生が退出したのを確認すると学園長が桐崎さんへと話を振る。
 「そうですね。では結論から言わせて貰います。」
 (ーー僕らは桐崎さんに勝つ事ができなかった以上、何かしらの説得が必要になるはず。)
 どうやって桐崎さんに納得してもらおうか僕らは必死に頭を働かせる。
 だが、桐崎さんの口から放たれた言葉は余りに予想外なものだった。
 「咲夜の在学を認め、婚約の予定も破棄にしてあげます。」
 「えっ?」
 (ーー聞き間違いじゃないよね?)
 思いがけない言葉で僕は呆気に取られる。姉さんや咲夜、朱莉さんも似たような表情を見せていた。
 そんな中、なんとか僕は桐崎さんに尋ねる。
 「えっと、いいんですか?僕らは桐崎さんに勝つ事ができていないのに?」
 それを聴いた桐崎さんは少しだけ不思議そうな表情を見せながら口を開く。
 「何を勘違いしたのかは、わかりませんが私は『力があるのを証明しなさい』としか言っていませんよ?」
 「そう言えば、そうですね…。」
 「そもそも、学生相手にそんな無茶な内容だったら、私は最初から提案しませんよ。」
 言われてみれば、その通りである。
 桐崎さん自身が僕たちに勝つように明言は一回もしていない。
 (ーーじゃあ、どうして僕らは4人ともそんな勘違いをしたんだろう?)
 これまでのやり取りを順に思い返していくと1つの言葉を思い出す。
 (「でも負けるつもりは、ないんでしょ?」)
 僕らは挑発的にその言葉を言った人物…、月兎先生へと自然と視線を向ける。
 そんな僕らの視線に気が付いた月兎先生は悪気も無さそうにウインクを返してきた。
 (ーー確信犯っ!)
 月兎先生の掌の上で踊らされていた事に驚きはしたが、怒りなどの感情は湧いてこなかった。
 実際、月兎先生が僕らのモチベーション維持に貢献してくれた事で今回の結果を出せたのだから。
 僕らの様子を見ていた桐崎さんは事情を察したのか、納得したように軽く頷いた。
 「なるほど。随分と良くできた先生がいたのが一因ですか…。」
 若干の感心を混ぜながら感想を述べた後、言葉を続ける。
 「どうやら環境にも恵まれているようですね。ただし、咲夜の在学を認めるにあたって1つ条件があります。」
 「条件、ですか?」
 (ーータダで認めてくれる程甘くはないか…。)
 少しだけ警戒心を露わにしながら、その内容を問う。
 もちろん、どんな条件でも咲夜が在学できるなら受け入れるつもりではいる。
 そんな僕の様子を見ながらも桐崎さんはその中身を明かす。
 「別に難しい話ではありませんよ。もし、咲夜が卒業までに『魔女』に成れなければ玲さん、貴方にそれなりの責任を取って貰う『約束』をして欲しいだけです。」
 「責任を取るとは、どう言う事ですか?」
 僕の当たり前な疑問に桐崎さんは即答する。
 「今回の話で入る筈だったメリット分を私の管理下に入って提供して欲しい、と言うことです。詳しい内容については、その時の貴方自身の能力で判断するので今伝えることはできません。」
 (ーー本来手に入る利益を棄てることになるから、それの保険を付けると言う事か…。)
 至極当然とも言えそうな要求のため、僕も納得をする。
 「わかりました。その『約束』、結ばさせていただきます。」
 僕の返答に桐崎さんは淡々と言葉を述べる。
 「では、『約束』です。それと、今回貴方たちの功績を評価して、私から餞別を渡します。結月さん、武器を貸してください。」
 突然、指名された結月さんは若干の戸惑いを見せながらも言われた通り細剣と短剣を手渡す。
 おそらく、学園長から事前に僕らの武器についての話を聴いていたため、桐崎さんの魔法属性と相性の良い武器を持つ結月さんが選ばれたのだろう。
 桐崎さんは結月さんから2つの武器を受け取り、少しの時間だけ剣を眺めると、やがてそれらを学長室にあるテーブルに置き、自身もソファへと腰を落とした。
 その後、武器に向けて両手を翳すと静かに瞼を閉じて魔法へと意識を集中させる。
 すると2本の剣をなぞるようにに青色の光を放つ魔力で作られた幾何学文字の羅列が徐々に出現する。術者の想いを現実に反映させるその光景は目撃している僕らに幻想的な雰囲気すら感じさせていた。
 (ーー『魔法戦』の時とは比べ物にならないほど精密で精確に術式と魔力が丁寧に編まれてる…。)
 そんな時間が10秒程度だろうか、それくらい経つと文字の羅列は出てきた時とは打って変わり、一瞬で弾けて大気へと霧散した。
 「ふぅ、終わりましたよ。」
 軽く息を吐き出した後、桐崎さんは結月さんへと武器を返しながら先程の魔法を説明する。
 「充分な業物でしたが、これで更に強度等を上げれたと思います。それに使用者の意を汲み取ってくれやすくなった筈です。」
 「あ、ありがとうございます。」
 先程の施術の印象が強かったためか、珍しく若干の戸惑いを見せながら結月さんは剣を受け取った。
 (ーー使用者の意を汲むって、どう言う事だろう?まさか無機物の武器に意識があるとは思えないけど?)
 僕が説明に違和感を感じている中、桐崎さんは話を続ける。
 「それと折角ですから、ある『機能』を付与しておきました。まぁ、お守り程度ですが…。最後に玲さん、1つアドバイスをしておきます。」
 「なんでしょうか?」
 「もしもの時に躊躇なく貴方本来の魔法を使えるよう、日頃から心掛けておくことです。世界は貴方の事情など関係無いですから後悔しないためにも、ね。」
 「わかりました。覚えておきます。」
 (ーーでも、僕が本来の魔法属性を発揮しなければいけない場面なんて、そうそう無いと思うんだけど…。桐崎さんは何を考えて言ったんだろう?)
 そんな気になる発言を幾つか残すが、それを尋ねる前に学園長が口を出してきた。
 「じゃあ、今回の話はここまでだね。月兎先生、稲葉先生、生徒たちを連れていってもらえるかい?アタシは未だ話したい事があるんでね。」
 「わっかりました♪」
 「承知しました。」
 月兎先生と稲葉先生はそれぞれ返事をすると僕らを率いて学長室を後にすることとなり、僕らが詳細を聴く機会は無かった。
 だが、これで今回の騒動で僕らは自分たちの『想い』を結果的に実現して終わりを迎えることができた筈だ。それが最善の結果かどうかはこの時の僕らが知る由は無い。
 
 

 6人が去り、一気に2人だけになった学長室に暫くの間、沈黙が流れる。
 「……、それで話とは何ですか。紲名学園長?」
 「単刀直入に聴こうか、闘ってみてどうだった?」
 その言葉を受けた桐崎千華は適切な言葉を探るかのように少しだけ考える素振りを見せる。
 「私としては、あの2人は相当が良い事ですかね。」
 「玲と明日花の事かい?」
 「ええ、特に玲さんについては異質なほど…。おそらく私よりも良く視えているでしょうね。」
 紲名桐葉は可笑しそうに笑い声を零す。
 「くくっ、まさかアンタがそこまで評価するとはね。確かに2人とも入学した時ぐらいから下手な『魔女』よりも視えているだろうとは思っていたが…。直接闘ったアンタがそう言うなら、ほぼ確定なんだろうね。」
 「その2人に引っ張られる形で咲夜たちの能力も著しい早さで開花したのでしょう。」
 「まぁ、そう考えるのが妥当だろうね。」
 未だ嬉しそうな雰囲気が消えていない紲名桐葉に桐崎千華は鋭くした視線を飛ばす。
 「私からも1つ聴いても?」
 「なんだい?」
 少し間を置いた後、桐崎千華は言葉を出す。
 「玲さんの事、どうお考えで?」
 「『オーバーロード』の方かい?それとも…。」
 「最後の『藍色の魔力』との両方です。」
 「『オーバーロード』は兎も角、藍色の方は偶発だとアタシは思っている。『魔力制御』を本格的に始めて数ヶ月で狙って出せる程簡単ではないからね。おっとアンタには言うまでも無いか?」
 紲名桐葉の意味深な視線を受けつつも桐崎千華は淡々と応える。
 「もちろん存じてますよ。ちなみに『オーバーロード』については?」
 頭の後ろで手を組みながら体重を椅子の背もたれに預けつつ紲名桐葉は言葉を発露する。
 「そっちについてはアタシもさっぱりだね。そもそも本当に『オーバーロード』だったのかも判断が付かないからね。」
 「と、言うと?」
 「玲の話には『オーバーロード』のような現象が起きる前に声が聞こえたって言っていただろう?」
 「たしかに、言っていました。」
 「その現象についてアタシの中には2つの可能性があると思っている。」
 「それは一体?」
 興味深そうに桐崎千華は次の言葉を促した。
 「1つは走馬灯の1種。これなら普通に『オーバーロード』と判断していいと思う。もう1つは本当に第三者が介入した可能性だね。」
 桐崎千華は驚き隠せず発言する。
 「そんな事が可能なんですか?」
 『魔法戦』に使われている『夢の箱庭』は造られてから今までの間、物理的はおろか魔法的にも改竄等を許してはいない。それほどまで、この装置の製作における中心人物の『魔女』は異常なレベルの実力者として有名である。
 あの桐崎千華が驚くのも納得できる可能性である。
 「普通に考えれば製作者本人以外は不可能と言っていい、だが逆にその状況下で玲に干渉する事ができる存在がいれば…。」
 「擬似的に玲さんを『オーバーロード』にできてもおかしくはないと?」
 「あくまで可能性の話だがね…。」
 溜息と共に言葉を溢した紲名桐葉を見て、桐崎千華は話題を変える。
 「どちらにせよ今回の件であの子たちは今後大変かもしれませんよ?」
 「『力を持つ者は様々な者を惹き寄せる。それが善であれ、悪であれ』だろ?もちろん、わかってるさ。だからこそ、今のタイミングで世界にアイツらの存在を見せるべきだと思ったんだよ。」
 「それは、どうしてですか?」
 紲名桐葉はリラックスするためか姿勢を若干崩しながら口を開く。
 「あの4人は遅かれ早かれ、きっとこの世界に大きな影響を与えれるくらいの力を持つ可能性がある。だったらアタシたちの目が届く間に面倒事が起きた方が対処しやすいだろう?」
 その説明を受け納得したように桐崎千華は首を縦に振る。
 「なるほど。だから今回の『魔法戦』を開催したと…、流石です。」
 「まぁ、他にも幾つか理由はあるが…、主な理由はそう言う事だよ。」
 「ちなみにお伺いしても?」
 紲名桐葉は不敵な笑みを見せる。
 「ん?例えば…、『剣の巫』様なら今回の件を知れば協力してくれそう、とかかね。」
 「はぁ、なるほど。全部貴方の掌の上でしたか…。咲夜もですが、らには同情します。」
 桐崎千華は力が抜けたのか嘆息した。
 そんな桐崎千華に紲名桐葉は聞こえるか分からない程度の大きさで呟く。
 「……全部が全部では無かったけどね。」

 その後も幾つかのやり取りを経て桐崎千華は学園を後にした。

 だが今回の件が与えた影響は果たして彼女たちの想定の内だったかは分からない…。
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